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外伝
上陸
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「――説明は、これで終わりだ。もうすぐ着くぞ」
サルサの声と同時に、船は穏やかな波を割って進んだ。
海の色がじわじわと明るさを増し、夜明けの気配が濃くなる。
「こんなに近かったんだ……」
ノルドが思わず声を漏らす。視線の先、朝靄の向こうに浮かび上がったのは、岩場と深い緑が入り混じる島だった。港へ通じるわずかな平地には、木造の簡素な家々が肩を寄せ合って建っている。典型的な漁村――のはずなのに、
不自然なほど、静かだった。
早朝とはいえ、人影はひとつも見えない。
そのとき、不意に空が騒ぎ出す。
「カァ! カァカァカァッ!」
烏の大群が、どこからともなく現れ、まるで取り囲むように船の周囲に殺到してきた。
鋭く尖った鳴き声と、羽ばたきの轟音。黒い影が乱れ飛び、低空をかすめるように滑空する。
ノルドが思わず身を縮めた。背中では、ヴァルが帆先に立ち、喉奥で低く唸っている。
ふと振り返ると、彼らの乗るチャーター船の後方には、二艘の軍用支援船が控えていた。シシルナ島の所属で、乗っているのは全員、獣人の歴戦兵たち。支援船は命令があるまで洋上待機――それが今回の作戦だった。
サルサが肩越しに振り返り、目を細めて笑う。
「ふっ……手荒い歓迎だな」
その直後、支援船の甲板から空砲が放たれた。
――ドカァンッ! ドカン!
取り除けの爆音が空に響く。驚いた烏たちは羽ばたきを乱し、獲物を諦めたように島の上空へと戻っていった。
「魔烏がここまで飛んでくるとは。やっぱり、様子が変だ」
マルカスが警戒をにじませる。魔烏の習性では魔烏の領域は、広くても魔物の森の周りだ。
「支援船は俺たちの指示があるまで上陸しない。全員、獣人のベテランだが、ここでは待機だ。俺たちだけで先に上がる」
サルサの冷静な声に、ノルドたちは黙って島を見据えた。
港の桟橋には、すべての舟が停泊している。
まるで、誰ひとり出航する気配がない。
船を操るのは、チャーター船の船頭――泣き虫漁師の犬人だった。子供たちをヴァレンシア孤児院にあずけて戻ってきた。
淡々と、手慣れた手つきで船を桟橋へ寄せていく。
船が接岸し、足元の板がわずかにきしむ。
その音が、やけに大きく感じられた。
一行はついに、マルティリア島へと足を踏み入れる。
差し込む朝の光が、彼らの背中を静かに照らしていた。
※
「どこに行きましょうか?」
「まずはこの島の管轄官の家に行きましょう」サルサの指示に漁師が先導するが、近道とばかり狭い路地のような場所を通って登っていく。
漁師が気軽に歩くのと対照的に、サルサたちは深い魔物の森の中にいるような警戒感を出して歩いている。
「ここだ!」
猫の額ほどの狭い土地の頂上に建つ、立派な屋敷。島を覆う深い森を背に、港と村を一望できる絶好の場所にある。
この管轄官の屋敷は、賓客の宿泊施設、政務の拠点、さらには災害時の避難所としての役割も果たしてきた。
その屋根や塀、木の枝には、黒い魔鳥がたくさん止まっていた。海上の烏と同じに見える。
サルサ一行を一瞥した瞬間、それらは一斉に羽ばたき、森の奥へと消えていく。そのあとに残ったのは、不穏な沈黙だけだった。
ががが、と錆びた音を立てて門が開く。一行は前庭に足を踏み入れた。芝生はところどころ黒ずみ、生気を失っている。
「こんばんはー!」
リコが元気よく声を張るが、返事はない。
「おかしいな。この時間なら、誰かいるはずなんだけど」
「いますよ」
ヴァルとノルドには、屋敷の中から微かに人の気配と、「ごほん、ごほん」と咳き込む音が聞こえていた。
「入りましょう」
サルサが玄関の扉に手をかける。だが、鍵がかかっていた。
「仕方ないな」
マルカスが重厚な扉に体当たりするが、びくともしない。代わりに、雨戸の閉まった窓を叩き割った。
「待ってろ、開けてくる」
彼が窓から中へと消えると、ヴァルも軽やかに続いた。
しばらくして玄関の扉が内側から開かれ、一行は館の広間に入った。
ヴァルは、鼻をひくつかせながら、音も立てずに一部屋、また一部屋と中をのぞいて回る。
「マルティリア管轄官、どこにいますか?」
サルサが呼びかけるが、返答はない。
「これは……眠り草と魔物避けなどを混ぜた匂いだ」
匂いに敏感なノルドが呟いた。
リコは扉という扉を開け放ち、空気の入れ替えを始めた。館の中は長らく閉ざされていたのか、薬草とすすけた油が混じったような、こもった匂いが漂っている。
二階からマルカスの声が響いた。
「ここだ! 来てくれ!」
ノルドたちが駆け上がると、そこにはベッドに横たわる女性の姿があった。
顔は青白く、浅く息をしている。長い髪が枕に流れ、柔らかな寝衣に包まれた体は華奢で、どこか儚い印象を与えた。
「私とノルドで対応する。マルカスとリコは他の部屋を確認して!」
サルサは迷いなく指示を出し、魔力吸収布を女性の額に乗せた。布は瞬く間に黒く染まる。
「やはり……同じだ。吸収布の数は限られてる。ノルド、吸収薬を作るぞ」
館の中には十人ほどがいた。全員が、ベッドに横たわり、同じように深い眠りに沈んでいた。ノルドのリカバリーポーションを一口に含ませて、状態異常も治す。
「ここは私が診る。マルカス、村民の症状を確認し、支援船に連絡を」
マルカスはリコと漁師を伴い、サルサの指示に従って館を後にした。
「この島はどうなってるんだ!」
サルサの声と同時に、船は穏やかな波を割って進んだ。
海の色がじわじわと明るさを増し、夜明けの気配が濃くなる。
「こんなに近かったんだ……」
ノルドが思わず声を漏らす。視線の先、朝靄の向こうに浮かび上がったのは、岩場と深い緑が入り混じる島だった。港へ通じるわずかな平地には、木造の簡素な家々が肩を寄せ合って建っている。典型的な漁村――のはずなのに、
不自然なほど、静かだった。
早朝とはいえ、人影はひとつも見えない。
そのとき、不意に空が騒ぎ出す。
「カァ! カァカァカァッ!」
烏の大群が、どこからともなく現れ、まるで取り囲むように船の周囲に殺到してきた。
鋭く尖った鳴き声と、羽ばたきの轟音。黒い影が乱れ飛び、低空をかすめるように滑空する。
ノルドが思わず身を縮めた。背中では、ヴァルが帆先に立ち、喉奥で低く唸っている。
ふと振り返ると、彼らの乗るチャーター船の後方には、二艘の軍用支援船が控えていた。シシルナ島の所属で、乗っているのは全員、獣人の歴戦兵たち。支援船は命令があるまで洋上待機――それが今回の作戦だった。
サルサが肩越しに振り返り、目を細めて笑う。
「ふっ……手荒い歓迎だな」
その直後、支援船の甲板から空砲が放たれた。
――ドカァンッ! ドカン!
取り除けの爆音が空に響く。驚いた烏たちは羽ばたきを乱し、獲物を諦めたように島の上空へと戻っていった。
「魔烏がここまで飛んでくるとは。やっぱり、様子が変だ」
マルカスが警戒をにじませる。魔烏の習性では魔烏の領域は、広くても魔物の森の周りだ。
「支援船は俺たちの指示があるまで上陸しない。全員、獣人のベテランだが、ここでは待機だ。俺たちだけで先に上がる」
サルサの冷静な声に、ノルドたちは黙って島を見据えた。
港の桟橋には、すべての舟が停泊している。
まるで、誰ひとり出航する気配がない。
船を操るのは、チャーター船の船頭――泣き虫漁師の犬人だった。子供たちをヴァレンシア孤児院にあずけて戻ってきた。
淡々と、手慣れた手つきで船を桟橋へ寄せていく。
船が接岸し、足元の板がわずかにきしむ。
その音が、やけに大きく感じられた。
一行はついに、マルティリア島へと足を踏み入れる。
差し込む朝の光が、彼らの背中を静かに照らしていた。
※
「どこに行きましょうか?」
「まずはこの島の管轄官の家に行きましょう」サルサの指示に漁師が先導するが、近道とばかり狭い路地のような場所を通って登っていく。
漁師が気軽に歩くのと対照的に、サルサたちは深い魔物の森の中にいるような警戒感を出して歩いている。
「ここだ!」
猫の額ほどの狭い土地の頂上に建つ、立派な屋敷。島を覆う深い森を背に、港と村を一望できる絶好の場所にある。
この管轄官の屋敷は、賓客の宿泊施設、政務の拠点、さらには災害時の避難所としての役割も果たしてきた。
その屋根や塀、木の枝には、黒い魔鳥がたくさん止まっていた。海上の烏と同じに見える。
サルサ一行を一瞥した瞬間、それらは一斉に羽ばたき、森の奥へと消えていく。そのあとに残ったのは、不穏な沈黙だけだった。
ががが、と錆びた音を立てて門が開く。一行は前庭に足を踏み入れた。芝生はところどころ黒ずみ、生気を失っている。
「こんばんはー!」
リコが元気よく声を張るが、返事はない。
「おかしいな。この時間なら、誰かいるはずなんだけど」
「いますよ」
ヴァルとノルドには、屋敷の中から微かに人の気配と、「ごほん、ごほん」と咳き込む音が聞こえていた。
「入りましょう」
サルサが玄関の扉に手をかける。だが、鍵がかかっていた。
「仕方ないな」
マルカスが重厚な扉に体当たりするが、びくともしない。代わりに、雨戸の閉まった窓を叩き割った。
「待ってろ、開けてくる」
彼が窓から中へと消えると、ヴァルも軽やかに続いた。
しばらくして玄関の扉が内側から開かれ、一行は館の広間に入った。
ヴァルは、鼻をひくつかせながら、音も立てずに一部屋、また一部屋と中をのぞいて回る。
「マルティリア管轄官、どこにいますか?」
サルサが呼びかけるが、返答はない。
「これは……眠り草と魔物避けなどを混ぜた匂いだ」
匂いに敏感なノルドが呟いた。
リコは扉という扉を開け放ち、空気の入れ替えを始めた。館の中は長らく閉ざされていたのか、薬草とすすけた油が混じったような、こもった匂いが漂っている。
二階からマルカスの声が響いた。
「ここだ! 来てくれ!」
ノルドたちが駆け上がると、そこにはベッドに横たわる女性の姿があった。
顔は青白く、浅く息をしている。長い髪が枕に流れ、柔らかな寝衣に包まれた体は華奢で、どこか儚い印象を与えた。
「私とノルドで対応する。マルカスとリコは他の部屋を確認して!」
サルサは迷いなく指示を出し、魔力吸収布を女性の額に乗せた。布は瞬く間に黒く染まる。
「やはり……同じだ。吸収布の数は限られてる。ノルド、吸収薬を作るぞ」
館の中には十人ほどがいた。全員が、ベッドに横たわり、同じように深い眠りに沈んでいた。ノルドのリカバリーポーションを一口に含ませて、状態異常も治す。
「ここは私が診る。マルカス、村民の症状を確認し、支援船に連絡を」
マルカスはリコと漁師を伴い、サルサの指示に従って館を後にした。
「この島はどうなってるんだ!」
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