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外伝
マルティリア島
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「セラ、ノルドを貸してくれないか?」
サナトリウムの医師サルサが、わざわざ家までやって来た。
製薬や雑用で呼ばれることは何度もあったが、玄関先に立つのは何か違った。
セラはノルドの前に一出て、目を細めた。
「どういったご用件ですか?」
「シシルナ島の南に、マルティリア島という小さな島がある。知っているか?」
「ええ、シシルナの管轄にある島ですよね」
「その通りだ。そこに疫病が広がっている。マルカスとわしで調査と治療に向かう。そこで、ノルドに手伝ってほしい」
その言葉が落ちた瞬間、セラの顔が静かにこわばった。
「――それは、お断りします」
凛とした声だった。即答。迷いのない拒絶。
ノルドが思わずセラを見上げる。彼女の瞳の奥には強い恐れがあった。
「はは……セラは相変わらず心配性だな」
サルサが笑いながら肩をすくめる。
「だが安心しろ。この病は人族にしかかからない。獣人族も、わしらも無事だ」
「本当ですか?」セラの声がわずかに揺れた。
「ああ。発症のメカニズムも、ある程度は掴んでいる」
長い沈黙ののち、セラはノルドに視線を向けた。
子を想う母の顔。けれどその奥には、どこか覚悟の光がにじんでいる。
「……ノルド。あなたが決めなさい」
ノルドはじっとセラの目を見つめてから、小さく頷いた。
「見てみたいんだ。この島の外を」
※
翌日の早朝。灯台の光しかない、まだ暗い港。
波止場には、チャーターされた小舟がひっそりと浮かんでいた。
ノルド、セラ、そしてヴァルが到着すると、すでにヴィスコンティ姉弟の姿があった。
「えっ、リコも来るの?」
ノルドが目を丸くする。
「へへっ、人手が足りないって聞いてさ」
リコは尻尾をぱたぱた振りながら、得意げに胸を張った。
「ワオーン!」ヴァルが勢いよく吠える。
その声に、ふと港の端に視線を向けると――
灯台の光に照らされた馬車の中に人影が見えた。セラだった。
(……こっそり見送りに来たんだ)
けれど、ヴァルが吠えたことで、あっさりバレてしまった。
セラは恥ずかしそうに窓を開け、ゆっくりと手を振る。
「セラ母さーん!」
リコが元気いっぱいに手を振り返し、ノルドも小さく手を上げた。
※
出港の笛が鳴った。初めての海の向こう。
ノルドにとっては、記憶にある限り――これが初めて、シシルナ島を離れる旅だった。船はゆっくりと岸を離れていく。きしむ舳先、陽を受けてきらめく波。
視界の端で、島の影が少しずつ遠ざかっていく。潮風が頬をなでた。
それだけのはずなのに、目が熱い。
理由もわからないまま、涙がひとすじ、ぽろりとこぼれ落ちた。
「すぐに帰ってくるんだよ、ノルド」
「……うん、わかってる。でも……」
「土産話、いっぱい持って帰ろうね!」
リコが笑い、ヴァルがそっとノルドの足元に体を押し当てた。
「……遊びに行くわけじゃないんだけどなあ」
サルサが苦笑まじりにぼやく。
けれど、マルカスは船のへりにもたれてぽつりと言った。
「それでも……俺は、姉さんと一緒に働けるの、ちょっと楽しみだな」
「はいはい、ここにもお気楽なやつがいたよー!」
リコが呆れたように返す。
「着く前に説明しておこう。“疫病”と呼ぶには、大げさすぎるかもしれない。正確には“風土病”――あの島だけに広がる奇妙な病のこと」
シシルナ島一の町医者マルカスの医院。
ただの診察所から病院に格上げされたが、規模も場所もサボり具合も変わっていない。数日前、マルティリア島の患者がやってきた。
「先生、お願いします、この子が……!」
飛び込んできた母親の腕の中にはぐったりとした少女。
頬は紅潮し、唇はかすかに震えている。立つことすらままならず、母親にしがみついていた。母親も顔色がかなり悪そうだった。
「ここに寝て」
マルカスは少女を診察室のベッドに寝かせて診察した。
「ただの風邪じゃないな。過剰な魔力が体の中にあるのか……」
マルカスは白い魔力吸収布を取り出し、少女の額にそっと当てた。
布にじわりと異様な色が染み込み、まるで黒ずんだ染料のように広がっていく。
「この布は魔力を吸収して、その異常を色として映し出す。色の濃さが魔力の異常度合いを示している」
看護師のカノンに同じ布を母親の額に当てさせると、娘よりは薄いが黒色の塗料が染み込んだ。
「マルカス、この色は?」
「ああ、はっきりはわからんが、汚れた魔力だな。全部吸い取って、ポーションで回復してみよう。カノン、頼んだ」患者の体を労わり、ゆっくりと治療を進めることにした。
母親はすぐに正常な体に戻った。
「何があったか教えてもらえますか?」
幾つか質問したが、取り立てて問題になるようなことはしていなかった。
「村の人がほとんど倒れています」
「どうやってここに?」
「犬人の漁師の方が起き上がれたので連れてきてもらいました」
医院の待合室には、その漁師がいたので、診察と話を聞くことにした。
診察結果は、異常な魔力はほとんどなかった。
「わしの子は元気で駆け回っています。そのせいでわしらが疑われて、シシルナ島に避難してきました」
「あなたの子供はどこに?」
「ここじゃ暴れちまうので、外を駆け回らせています」
漁師に子供たちを連れて来させて診察した。
「どこも悪くない。注射は嫌だ!」
「大丈夫だよ。タオルを顔に載せるだけ。注射は、強いパパがするから見ててね」
「勘弁してくれ」
半泣きの漁師に構わず、カノンは採血をした。
結果から言うと魚師の親子は体調面で問題はなかった。彼らは犬人族だった。
マルカスが、島庁に報告に訪れた時、島主にも、マルティリア島の異変についての情報が入っていた。それは、シシルナ島の漁師たちからだ。
島主は、マルカスの報告を受けると、「救助要請」を依頼した。
「わかりました。姉さんに相談します」
サナトリウムの医師サルサが、わざわざ家までやって来た。
製薬や雑用で呼ばれることは何度もあったが、玄関先に立つのは何か違った。
セラはノルドの前に一出て、目を細めた。
「どういったご用件ですか?」
「シシルナ島の南に、マルティリア島という小さな島がある。知っているか?」
「ええ、シシルナの管轄にある島ですよね」
「その通りだ。そこに疫病が広がっている。マルカスとわしで調査と治療に向かう。そこで、ノルドに手伝ってほしい」
その言葉が落ちた瞬間、セラの顔が静かにこわばった。
「――それは、お断りします」
凛とした声だった。即答。迷いのない拒絶。
ノルドが思わずセラを見上げる。彼女の瞳の奥には強い恐れがあった。
「はは……セラは相変わらず心配性だな」
サルサが笑いながら肩をすくめる。
「だが安心しろ。この病は人族にしかかからない。獣人族も、わしらも無事だ」
「本当ですか?」セラの声がわずかに揺れた。
「ああ。発症のメカニズムも、ある程度は掴んでいる」
長い沈黙ののち、セラはノルドに視線を向けた。
子を想う母の顔。けれどその奥には、どこか覚悟の光がにじんでいる。
「……ノルド。あなたが決めなさい」
ノルドはじっとセラの目を見つめてから、小さく頷いた。
「見てみたいんだ。この島の外を」
※
翌日の早朝。灯台の光しかない、まだ暗い港。
波止場には、チャーターされた小舟がひっそりと浮かんでいた。
ノルド、セラ、そしてヴァルが到着すると、すでにヴィスコンティ姉弟の姿があった。
「えっ、リコも来るの?」
ノルドが目を丸くする。
「へへっ、人手が足りないって聞いてさ」
リコは尻尾をぱたぱた振りながら、得意げに胸を張った。
「ワオーン!」ヴァルが勢いよく吠える。
その声に、ふと港の端に視線を向けると――
灯台の光に照らされた馬車の中に人影が見えた。セラだった。
(……こっそり見送りに来たんだ)
けれど、ヴァルが吠えたことで、あっさりバレてしまった。
セラは恥ずかしそうに窓を開け、ゆっくりと手を振る。
「セラ母さーん!」
リコが元気いっぱいに手を振り返し、ノルドも小さく手を上げた。
※
出港の笛が鳴った。初めての海の向こう。
ノルドにとっては、記憶にある限り――これが初めて、シシルナ島を離れる旅だった。船はゆっくりと岸を離れていく。きしむ舳先、陽を受けてきらめく波。
視界の端で、島の影が少しずつ遠ざかっていく。潮風が頬をなでた。
それだけのはずなのに、目が熱い。
理由もわからないまま、涙がひとすじ、ぽろりとこぼれ落ちた。
「すぐに帰ってくるんだよ、ノルド」
「……うん、わかってる。でも……」
「土産話、いっぱい持って帰ろうね!」
リコが笑い、ヴァルがそっとノルドの足元に体を押し当てた。
「……遊びに行くわけじゃないんだけどなあ」
サルサが苦笑まじりにぼやく。
けれど、マルカスは船のへりにもたれてぽつりと言った。
「それでも……俺は、姉さんと一緒に働けるの、ちょっと楽しみだな」
「はいはい、ここにもお気楽なやつがいたよー!」
リコが呆れたように返す。
「着く前に説明しておこう。“疫病”と呼ぶには、大げさすぎるかもしれない。正確には“風土病”――あの島だけに広がる奇妙な病のこと」
シシルナ島一の町医者マルカスの医院。
ただの診察所から病院に格上げされたが、規模も場所もサボり具合も変わっていない。数日前、マルティリア島の患者がやってきた。
「先生、お願いします、この子が……!」
飛び込んできた母親の腕の中にはぐったりとした少女。
頬は紅潮し、唇はかすかに震えている。立つことすらままならず、母親にしがみついていた。母親も顔色がかなり悪そうだった。
「ここに寝て」
マルカスは少女を診察室のベッドに寝かせて診察した。
「ただの風邪じゃないな。過剰な魔力が体の中にあるのか……」
マルカスは白い魔力吸収布を取り出し、少女の額にそっと当てた。
布にじわりと異様な色が染み込み、まるで黒ずんだ染料のように広がっていく。
「この布は魔力を吸収して、その異常を色として映し出す。色の濃さが魔力の異常度合いを示している」
看護師のカノンに同じ布を母親の額に当てさせると、娘よりは薄いが黒色の塗料が染み込んだ。
「マルカス、この色は?」
「ああ、はっきりはわからんが、汚れた魔力だな。全部吸い取って、ポーションで回復してみよう。カノン、頼んだ」患者の体を労わり、ゆっくりと治療を進めることにした。
母親はすぐに正常な体に戻った。
「何があったか教えてもらえますか?」
幾つか質問したが、取り立てて問題になるようなことはしていなかった。
「村の人がほとんど倒れています」
「どうやってここに?」
「犬人の漁師の方が起き上がれたので連れてきてもらいました」
医院の待合室には、その漁師がいたので、診察と話を聞くことにした。
診察結果は、異常な魔力はほとんどなかった。
「わしの子は元気で駆け回っています。そのせいでわしらが疑われて、シシルナ島に避難してきました」
「あなたの子供はどこに?」
「ここじゃ暴れちまうので、外を駆け回らせています」
漁師に子供たちを連れて来させて診察した。
「どこも悪くない。注射は嫌だ!」
「大丈夫だよ。タオルを顔に載せるだけ。注射は、強いパパがするから見ててね」
「勘弁してくれ」
半泣きの漁師に構わず、カノンは採血をした。
結果から言うと魚師の親子は体調面で問題はなかった。彼らは犬人族だった。
マルカスが、島庁に報告に訪れた時、島主にも、マルティリア島の異変についての情報が入っていた。それは、シシルナ島の漁師たちからだ。
島主は、マルカスの報告を受けると、「救助要請」を依頼した。
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