完結 シシルナ島物語 少年薬師ノルド/ 荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣

織部

文字の大きさ
109 / 221
外伝

マルティリア島

しおりを挟む
「セラ、ノルドを貸してくれないか?」
 サナトリウムの医師サルサが、わざわざ家までやって来た。
 製薬や雑用で呼ばれることは何度もあったが、玄関先に立つのは何か違った。

 セラはノルドの前に一出て、目を細めた。
「どういったご用件ですか?」
「シシルナ島の南に、マルティリア島という小さな島がある。知っているか?」
「ええ、シシルナの管轄にある島ですよね」
「その通りだ。そこに疫病が広がっている。マルカスとわしで調査と治療に向かう。そこで、ノルドに手伝ってほしい」

 その言葉が落ちた瞬間、セラの顔が静かにこわばった。
「――それは、お断りします」
 凛とした声だった。即答。迷いのない拒絶。
 ノルドが思わずセラを見上げる。彼女の瞳の奥には強い恐れがあった。
「はは……セラは相変わらず心配性だな」
 サルサが笑いながら肩をすくめる。
「だが安心しろ。この病は人族にしかかからない。獣人族も、わしらも無事だ」
「本当ですか?」セラの声がわずかに揺れた。
「ああ。発症のメカニズムも、ある程度は掴んでいる」

 長い沈黙ののち、セラはノルドに視線を向けた。
 子を想う母の顔。けれどその奥には、どこか覚悟の光がにじんでいる。
「……ノルド。あなたが決めなさい」
 ノルドはじっとセラの目を見つめてから、小さく頷いた。

「見てみたいんだ。この島の外を」


 翌日の早朝。灯台の光しかない、まだ暗い港。
 波止場には、チャーターされた小舟がひっそりと浮かんでいた。

ノルド、セラ、そしてヴァルが到着すると、すでにヴィスコンティ姉弟の姿があった。
「えっ、リコも来るの?」
 ノルドが目を丸くする。
「へへっ、人手が足りないって聞いてさ」
 リコは尻尾をぱたぱた振りながら、得意げに胸を張った。

「ワオーン!」ヴァルが勢いよく吠える。
 その声に、ふと港の端に視線を向けると――
 灯台の光に照らされた馬車の中に人影が見えた。セラだった。

(……こっそり見送りに来たんだ)
 けれど、ヴァルが吠えたことで、あっさりバレてしまった。
 セラは恥ずかしそうに窓を開け、ゆっくりと手を振る。
「セラ母さーん!」
 リコが元気いっぱいに手を振り返し、ノルドも小さく手を上げた。


 出港の笛が鳴った。初めての海の向こう。
ノルドにとっては、記憶にある限り――これが初めて、シシルナ島を離れる旅だった。船はゆっくりと岸を離れていく。きしむ舳先、陽を受けてきらめく波。

 視界の端で、島の影が少しずつ遠ざかっていく。潮風が頬をなでた。
 それだけのはずなのに、目が熱い。
 理由もわからないまま、涙がひとすじ、ぽろりとこぼれ落ちた。

「すぐに帰ってくるんだよ、ノルド」
「……うん、わかってる。でも……」
「土産話、いっぱい持って帰ろうね!」
 リコが笑い、ヴァルがそっとノルドの足元に体を押し当てた。

「……遊びに行くわけじゃないんだけどなあ」
 サルサが苦笑まじりにぼやく。
 けれど、マルカスは船のへりにもたれてぽつりと言った。
「それでも……俺は、姉さんと一緒に働けるの、ちょっと楽しみだな」
「はいはい、ここにもお気楽なやつがいたよー!」
リコが呆れたように返す。

「着く前に説明しておこう。“疫病”と呼ぶには、大げさすぎるかもしれない。正確には“風土病”――あの島だけに広がる奇妙な病のこと」

シシルナ島一の町医者マルカスの医院。
 ただの診察所から病院に格上げされたが、規模も場所もサボり具合も変わっていない。数日前、マルティリア島の患者がやってきた。

「先生、お願いします、この子が……!」
 飛び込んできた母親の腕の中にはぐったりとした少女。
 頬は紅潮し、唇はかすかに震えている。立つことすらままならず、母親にしがみついていた。母親も顔色がかなり悪そうだった。

「ここに寝て」
 マルカスは少女を診察室のベッドに寝かせて診察した。
「ただの風邪じゃないな。過剰な魔力が体の中にあるのか……」
 マルカスは白い魔力吸収布を取り出し、少女の額にそっと当てた。
 布にじわりと異様な色が染み込み、まるで黒ずんだ染料のように広がっていく。

「この布は魔力を吸収して、その異常を色として映し出す。色の濃さが魔力の異常度合いを示している」
 看護師のカノンに同じ布を母親の額に当てさせると、娘よりは薄いが黒色の塗料が染み込んだ。
「マルカス、この色は?」
「ああ、はっきりはわからんが、汚れた魔力だな。全部吸い取って、ポーションで回復してみよう。カノン、頼んだ」患者の体を労わり、ゆっくりと治療を進めることにした。

 母親はすぐに正常な体に戻った。
「何があったか教えてもらえますか?」
 幾つか質問したが、取り立てて問題になるようなことはしていなかった。
「村の人がほとんど倒れています」
「どうやってここに?」
「犬人の漁師の方が起き上がれたので連れてきてもらいました」

 医院の待合室には、その漁師がいたので、診察と話を聞くことにした。

 診察結果は、異常な魔力はほとんどなかった。
「わしの子は元気で駆け回っています。そのせいでわしらが疑われて、シシルナ島に避難してきました」

「あなたの子供はどこに?」
「ここじゃ暴れちまうので、外を駆け回らせています」
 漁師に子供たちを連れて来させて診察した。

「どこも悪くない。注射は嫌だ!」
「大丈夫だよ。タオルを顔に載せるだけ。注射は、強いパパがするから見ててね」

「勘弁してくれ」
 半泣きの漁師に構わず、カノンは採血をした。
 結果から言うと魚師の親子は体調面で問題はなかった。彼らは犬人族だった。

 マルカスが、島庁に報告に訪れた時、島主にも、マルティリア島の異変についての情報が入っていた。それは、シシルナ島の漁師たちからだ。

 島主は、マルカスの報告を受けると、「救助要請」を依頼した。
「わかりました。姉さんに相談します」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。 国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。 悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

婚約破棄から50年後

あんど もあ
ファンタジー
王立学園の卒業パーティーで、王子が婚約者に婚約破棄を宣言した。王子は真に愛する女性と結ばれ、めでたしめでたし。 そして50年後、王子の孫の王子は、婚約破棄された女性の孫と婚約する事に。そこで明かされた婚約破棄の真実とは。

処理中です...