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荷運び人
海賊提督
しおりを挟むシシルナ島、カニナ村村長邸――いや、もはや島随一の大邸宅。
「ディスピオーネ村長、準備が――」
「馬鹿野郎。村長じゃねぇ、提督だ」
語気を鋭く切り、ディスピオーネは部下を睨みつけた。無造作にハットラックへ手を伸ばし、帽子を取る。
濃紺の布地に金糸で縫い込まれた、シシルナ島の帽章。静かな光を返すそれは、彼がかつて失ったもの、そして新たに背負うべきものを示していた。
「……行ってくるよ、母さん」
呟きは低く、だがその胸奥には、剣のように揺るぎない決意が宿っていた。
※
ディスピオーネ。その名を知る者は、彼の出自もまた知っていた。ヴァレンシア孤児院の出。島主ガレアの、歳の離れた実兄。
若き日、彼は島を離れた。自ら望んだわけではない。背中を押したのは、他でもない母ニコラだった。
特別な才能などないと、自分で思っていた。得たジョブは『開拓者』――夢を見られる名ではあったが、現実は厳しかった。若さゆえの無知、浅い人望、未熟な判断。
「ダメだ……上手くいかない」
投資した土地は次々に失敗。支援を申し出た者たちは、結果が出ないと見るや手のひらを返し、怒りと嘲笑を浴びせて去っていった。
「騙された」「孤児院の恩を返せ」「無能者」
後始末と借金だけが残った。そして、心の支えだった妻――カズミが、病に倒れた。
「……俺が、苦労をかけたせいだ」
幼馴染であり、唯一無二の伴侶。明るく、強く、いつも背中を支えてくれた。だが、もういない。
その亡骸の前で、彼は静かに語った。
「――帰ろう。あの島へ」
※
帰還は、ひっそりと済ませるはずだった。だが船着場には、一人の女性が待っていた。リコラだった。
「……お帰り」
それだけ。けれど、すべてが詰まった言葉だった。
翌朝、孤児院のガーデンルーム。ニコラに呼び出された。
「カニナ村へ行きな」
「……そんな村、島の地図にも載ってない」
「だからこそだよ。大事な荷物は預かっておく。資金も出す。行っといで、開拓者さん」
命令のようで、慈しみのこもった声。馬車を一台買い、彼は地図の片隅にあるその村へと向かった。
「そうだ、お前に訊いておくよ。お前はカニナ村を、どんな村にしたい? お前の“理想”は何だい? 決まったら――手紙を寄こしな」
「ああ……」
返事は曖昧でも、その瞳は真剣に未来を見据えていた。
※
たどり着いた村は、山と草原に囲まれた、名もなき集落だった。
ある休日、牧草地に寝転びながら、ディスピオーネは青空を見ていた。山から下りてくる風が心地よい。犬が馬を追い、草を食む音が遠くに聞こえる。
――この島は、美しい。
海の幸と山の幸が交わり、多彩な村が息づいている。チョコレートの村、陶器の村。どれも魅力があるのに、島全体は未だ「海賊島」「火山島」としか知られていない。
「……知られていない。もったいないな」
近くの馬飼いに尋ねた。
「あの施設は何だ?」
「競馬場と競犬場さ。賭けもある。見に来なよ、楽しいぜ」
言葉の通り、競犬は本格的だった。歴史もあり、地域の楽しみとして根づいていた。
「面白い……ここは、賭博が文化になってるんだな」
彼は拙速な儲けに走らず、村に溶け込み、困りごとを一つ一つ拾い上げていった。焦りは、もうなかった。
やがて自らの手で、小さな家を建て、博打宿と食堂を開き、港町との定期馬車を通した。それは、雇用を生み、信頼を築く礎でもあった。
あの頃のような無理は、もうしなかった。むしろ反対の方法だった。
「お前の理想とするカニナ村が、見えたんだね?」
「はい」
ニコラの問いに、今度は迷いなく応えた。彼女は、嬉しそうに微笑んだ。
そして、村は着実に変貌していった。大陸でも名の知れた合法賭博地域へと。
ニコラの特例許可があったからこそ成立した計画だった。
「母さん、どうして俺にそこまで……」
ニコラの死後、ガレアが呆れたように言った。
「……結局、ディスピオーネ殿には甘かったんですよ。記録でも特例中の特例扱いです」
「どれだけ島を潤したと思ってるんだ?」
「普通あれだけ不正があったら追放ですよ。あなたしか許されませんよ。しっかりしてください、長男なんですから」
だが、彼にはもうわかっていた。なぜ、母があれほど自分を信じたのか。
カズミの死を憐れんだからでも、ガレアの代わりだからでもない――
母は、ただ彼を「真の後継者」として見ていたのだ。
※
ニコラが亡くなる数日前。
彼はただ一人、母の部屋に呼ばれた。傍らには、後継者に指名された娘・メグミが控えていた。
「お前、もう分かってるね。遊びの時間は終わりだよ」
「……はい。準備は、済ませてあります」
「なら、頼んだよ。提督」
母が息を引き取った時、その瞬間――
彼に新たなジョブが発現した。
それは、母から継がれた“島を守る者”の証。
――海賊提督。
いま、精霊の風が告げる。大陸から、そしてこの島から。
新たな嵐の気配が迫っていた。
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