完結 シシルナ島物語 少年薬師ノルド/ 荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣

織部

文字の大きさ
127 / 221
蠱惑の魔剣

魔剣の持ち主

しおりを挟む
母が入院するサナトリウムに、カンノーロ・シシルアーノを届けると、セラは優しく微笑んでそれを受け取った。

「どうしたの?」
 ノルドは、冒険者たちと一緒に食事をしたことを話した。セラは楽しそうにいくつか質問を重ね、ノルドの返事に頷きながらにこにこと聞いていた。

 けれど、貴族の荷運びの話になった途端、彼女の表情が曇った。

「大丈夫だよ。上手くやるよ」
 思わず口にした言葉だったが、ノルドはすぐに後悔した。余計なことまで話して、また心配をかけてしまった。

「それより、食べてみてよ」
「うん。……美味しいわ。でも、一人では食べきれないから、看護師さんたちにも分けていいかしら?」

「もちろん。これからも、いろいろ持ってくるよ」
 本当は、もう少しこのまま話していたかった。けれど、夜の検診巡回の時間が迫っていて、仕方なく立ち上がる。

 廊下に出た瞬間、涼やかな声が響いた。
「ノルド君。今晩は」

 声の主は、知的な顔立ちの長身の女性。純白の白衣をまとい、首元には淡い緑のスカーフを巻いている。

「あ、サルサ様」
 このサナトリウムの院長であり、ノルドにとっては恩人でもある。

「元気そうで何より。ポーションも、いつも助かってるよ」
 サルサは目を細めて笑った。

「ところで、母の容態は……どうでしょうか?」
「落ち着いているよ。安心したまえ」
 そう言った後、ふと彼女は口元に笑みを浮かべる。

「それにしても、カンノーロ・シシルアーノもいいけど……私は、モディナのチョコの方が好みかな」
 
モディナのチョコ。シシルナ島の山間にある小さな村で、昔ながらの製法で作られるそのチョコレートは、素朴で香り高く、世界中の甘味家に知られている。

 ビュアンが食べていたチョコレートケーキにも、確かに使われていた。
 サルサ様ほどの人であれば、そんな贈り物も、きっと数え切れないほど受け取ってきたのだろう。

「今度お持ちします。シンプルなのがお好きなんですね?」
「そうだ」
 サルサはニヤリと笑った。その笑みは、どこか子どものように無邪気で――けれど、やはり彼女らしい落ち着きもあった。

 ノルドは思わず背筋を伸ばしながら、心の中で誓う。

 次に来るときは、もっと美味しいものを。もっと母が笑顔になれる時間を。

 それが今の自分にできる、ささやかな恩返しなのだと思った。


「これは大変な事になった」

 ドラガンは頭を抱えた。港町で行われた島主主催の貴族冒険者歓迎会は、何事もなく終わると思われていた。しかし、主賓のラゼル王子の一言で状況は一変した。

 彼はワインを飲み、女を侍らせ、上機嫌で壇上に立つと、まるで周囲を挑発するかのように言い放った。

「ダンジョン制覇を目標とします!」
 多くの参加者は、歓迎の御礼の挨拶で締めくくればよいものをと考えていた。シシルナ島のダンジョンは中級ダンジョンに認定されており、階層はたったの十。

 ただし、出現する魔物はその枠を超え、完全制覇を果たした冒険者はいまだいない。八階層の中ボスを倒すことを「制覇」と呼ぶのが慣例で、参加者たちはそれを当然の認識としていた。

「ラゼル王子、ダンジョンの制覇とは完全制覇を目指すということですよね?」

 一人の島会議員が挑発的に尋ねる。彼は王子の虚勢を暴き、政敵の島主ともども馬鹿にするつもりだ。

「もちろん、完全制覇だ。そして目標は、やり遂げるものだ」

 ラゼル王子の声には自信が満ちていたが、まばらな拍手が起こる。中には疑念を抱く者たちの冷ややかな視線も混じっていた。

「東方旅団ですら、制覇どまりだがな」
 王国の大使が小さく呟く。この大使は、本国との取引で恥をかいたばかりで、ダンジョンの話題には否定的だった。

 その声に、王子はむっとした顔を見せた。
「半年……いや、三ヶ月もいらない。見ていたまえ。剣に誓おう!」

 王子は背中の剣を抜こうとする。場の雰囲気が一瞬で凍りついた。

「ラゼル様、抜刀はご勘弁を! さて、本日の会はこれにて終了です。ご参加ありがとうございました!」

 島主が即座に手を抑え、閉会を宣言する。
 会が終わると、ドラガンは慌てて王子に名乗り出て、ダンジョンの危険性について切り出した。
「そのことか。もちろん知っている。しかし、ギルドが何とかしてくれるんだろう、あの迷路と溶岩とか」

 ラゼルは軽く返しながら、どこか遠くを見ている。

「いや、それは冒険者が対応することです」
「今日はもういいだろう。そこの美しいお嬢様、少し話をしないかぃ?」

 ドラガンの忠告を無視して、王子は周囲の女性を物色し始めた。
「何を言うのですか、ラゼル王子のお仲間様の方が綺麗です」

 王子に声をかけられたいがため、着飾った女性がさりげなく口を挟む。

「ははは、君の前では、うちのパーティの女たちなんてどうだろう。僕は、部屋で飲み直したい気分なんだ。一緒に! そうだ、君も!」

 王子は二人の女性の腰に手を回し、彼女たちは満更でもない様子で、嬉しそうに連れられて会場を後にした。
 ドラガンは、その一瞬の出来事に呆然としていた。

「子供じゃあるまいし、何を驚いているんだ」
 監察官のサガンが冷静に声をかける。

「モテる奴はモテるもんだな……」
 ドラガンは感心しながらも、心のどこかで焦りを感じていた。

「馬鹿か! あれはスキルだろうが!」
 サガンの声には苛立ちが滲んでいる。
「そうなのか?」

「ああ、蜘蛛の糸に蛾がかかっても、罪には問えない。そういう種類のスキルだ」
 その説明に納得したのか、ドラガンは話を変えた。

「まあそれはいい。ところで、ノルドには手を出すなよ」
「そのことか。まだ死にたくないからな」
「何を言ってるんだ?」

「相変わらずのお人好しだな。だが、黙秘だ。俺にはまだ、生きてやらなきゃならないことがある」
 ドラガンは、喋らなくても表情に出る。そんな奴には話せない。

「ラゼル王子の野望に、ノルドを巻き込んでしまったな……」
 ドラガンは呟いた。

「奴は簡単には死なない。いや、死ねないよ。ついている“もの”が許さない限りはな」
「お前がそう言うなら、安心だな」

 サガンはドラガンの見当違いな発言を無視して、再び宴会場を見回した。

 睨んでいる女、警戒している女、安堵している女。三者三様のラゼルのパーティの女性陣の態度に、サガンは驚愕し、言葉を失った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

氷河期世代のおじさん異世界に降り立つ!

本条蒼依
ファンタジー
 氷河期世代の大野将臣(おおのまさおみ)は昭和から令和の時代を細々と生きていた。しかし、工場でいつも一人残業を頑張っていたがとうとう過労死でこの世を去る。  死んだ大野将臣は、真っ白な空間を彷徨い神様と会い、その神様の世界に誘われ色々なチート能力を貰い異世界に降り立つ。  大野将臣は異世界シンアースで将臣の将の字を取りショウと名乗る。そして、その能力の錬金術を使い今度の人生は組織や権力者の言いなりにならず、ある時は権力者に立ち向かい、又ある時は闇ギルド五竜(ウーロン)に立ち向かい、そして、神様が護衛としてつけてくれたホムンクルスを最強の戦士に成長させ、昭和の堅物オジサンが自分の人生を楽しむ物語。

底辺から始まった俺の異世界冒険物語!

ちかっぱ雪比呂
ファンタジー
 40歳の真島光流(ましまみつる)は、ある日突然、他数人とともに異世界に召喚された。  しかし、彼自身は勇者召喚に巻き込まれた一般人にすぎず、ステータスも低かったため、利用価値がないと判断され、追放されてしまう。  おまけに、道を歩いているとチンピラに身ぐるみを剥がされる始末。いきなり異世界で路頭に迷う彼だったが、路上生活をしているらしき男、シオンと出会ったことで、少しだけ道が開けた。  漁れる残飯、眠れる舗道、そして裏ギルドで受けられる雑用仕事など――生きていく方法を、教えてくれたのだ。  この世界では『ミーツ』と名乗ることにし、安い賃金ながらも洗濯などの雑用をこなしていくうちに、金が貯まり余裕も生まれてきた。その頃、ミーツは気付く。自分の使っている魔法が、非常識なほどチートなことに――

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

処理中です...