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蠱惑の魔剣
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ノルドが消火薬を開発したのは、荷運び人としてダンジョンに潜ってからだった。当初、消火薬はギルドや武器屋、商人から入手できたが、品質は酷いものだった。
「何発当てても消えない。すぐにまた魔物が炎を出す」ノルドは使ってみて思った。「これは使えない」当てにならない武器や道具ほど危険なものはない。
ノルドは、限られた自由な時間を研究開発に充てた。行き詰まることもあったが、学者である母のアドバイスを受け、半年で消火薬を完成させた。
元となる主要材料の中には、シシルナ島では手に入らないものもあり、母のところに来る商人グラシアスを通じて。
それでも、今売られているものの数倍の値段になる。
そんな高価なものが売り物になるのかと思いながらも、最初は自分用として使っていた。
しかし、今は他に行った冒険者たちの荷運び中にまずい状況になり、思わず貸し与えた。
「ノルド、これすごいな。どこで売ってる?」
「いえ、実は…」誤魔化しの通じない相手に根負けし、ノルドは正直に話した。
「そうか、わかった。じゃあ、買うことはできるかな?勿論、ノルドが儲かる金額でな。」
そのパーティはダンジョン攻略で急激に実績を伸ばし、ノルドの消火薬は知る人の知る薬となった。ノルドも最初は生産に苦労したが、これが新たな収益の一つになった。
ノルドの消火薬を広めた冒険者たちは、他のダンジョンへの転戦を決めた際、さらに倍の値段で大量に購入していった。
「もらいすぎです」ノルドは言った。
「冒険者は人気商売なんだ。又、ノルドから薬を買うために戻って来るかもしれん。お母さんを大事にな」
それは、東方旅団と名乗った冒険者パーティだったが、庶民特有の匂いがしなかった。
※
無事に採掘を終え、冒険者ギルドへ戻ったノルドに、アレンが声をかけてきた。
「ノルド、たまには一緒に飯でもどうだ?ヴァルもな。半島の美味いハムを出す店があってな。今日は歓迎会だ」
断ろうとしたノルドの袖を振り切るように、「ワオーン」とヴァルがアレンに身をすり寄せ、そのまま酒場の扉を押して中へ入ってしまった。
店内には、最近島へやってきたばかりの新米冒険者たちがいた。彼らは大陸半島の片田舎からやって来た幼なじみの四人組で、二組の恋人同士らしい。
初級ダンジョンの攻略を経て、晴れてジョブを得た彼らは、次なる舞台としてシシルナ島を選んだのだという。
「やっぱり、美味しいご飯がないとね!」
笑顔で声を上げたのは、パーティのリーダーでタンクのロッカ。健康的な頬が輝いている。
「そうだな。シシルナの魚は絶品だ」
戦士のダミアーノがどこか誇らしげにうなずいた。
「食べに来たわけじゃないからね!」
弓手のシルヴィアと、魔術師のリーヴァが声を揃えて笑うと、店内に和やかな空気が広がった。
久々に他人が作った料理を口にすると、その味が体にじんわり染み渡る。ノルドはどこかほっとした表情で、それを噛みしめた。
けれど心の奥底では、母の作ってくれた料理の記憶が浮かび上がっていた。
「アレンさん。……いくつか、持ち帰ってもいいですか?」
ノルドは、ビュアンに渡すチョコレートケーキと、母への土産を選ぶことにした。
けれど、母が何を好んでいたのか、思い出せない。
母はいつも、ノルドの好きなものを優先してくれていたのだ。
「これなんかどうかしら。カンノーロ・シシルアーノ。シシルナ島の名物よ」
隣の席のシルヴィアが、気さくに声をかけてくれた。地元でよく食べられるデザートらしい。
迷うノルドに、リーヴァも一緒になって案を出してくれる。会話は弾み、場の空気がさらに温かくなった。
「……これにしようかな」
買い物慣れしていないノルドは、少しだけ戸惑いながらも、決めた。
そのとき――。
風もないはずの店内で、突風のような空気が彼のグラスを倒し、飲み物が服にぶちまけられた。
「あっ、ごめんなさい。私、倒しちゃったかも……!」
シルヴィアがあわてて身を乗り出し、ハンカチを差し出す。
「いえ、僕の不注意です。……すみません、先に失礼しますね」
ノルドは笑顔を保ちながらも、そそくさと席を立ち、お土産を店員に包んでもらって空間ポーチに仕舞った。
「行くよ、ヴァル」
背を向けるノルドに、ヴァルは顔をそむけて、知らんぷりしている。
「これ、ヴァルのお土産。……ドギーバッグ、もらうよ」
アレンが苦笑しながら、卓上の肉を手早く包む。
「ウー……ウー」
ヴァルは小さく甘えた声を漏らし、ぴょんと跳ねて尻尾を振った。
「まったくもう……ありがとう、アレン」
ノルドがそう言うと、皆が一斉に笑い声をあげた。
※
家へ帰ると、ノルドは寝衣に着替え、机の上にそっとチョコレートケーキを置いた。
「ビュアン」
返事はない。
「怒ってないから、出ておいで」
「……だって。ノルド、女の人に、ちやほやされてた」
ふわりと姿を現したビュアンは、しゅんとした顔でノルドの肩にとまった。
「お母さんのお土産を選んでただけだよ。このチョコレートケーキは、ビュアンのために選んだやつ」
「……ごめんなさい。そして、ありがとう」
ビュアンは小さな唇で、ノルドの頬にそっと口づけをした。
ノルドの顔が、みるみる真っ赤に染まっていく。
「さあ、食べよう」
「ワオーン!」
ヴァルが吠え、ドギーバッグを催促する。
「あ、ちょっと、ヴァル。アレンに甘えすぎだよ!」
ノルドが指摘すると、ヴァルはくるりと回って、ノルドの頬に勢いよく飛びつき、ぺろりと舐めた。
「こら、痛いってば……もう!」
そう言いつつ、ノルドは笑いながら箱を開けた。
「おいしいね!」
ビュアンがぱっと表情を明るくして言い、ヴァルは黙々と肉をたいらげている。
ノルドは、その様子を見ながら思った。
――いつも助けてもらってばかりだ。これからは少しずつ、返していかないとな。
「何発当てても消えない。すぐにまた魔物が炎を出す」ノルドは使ってみて思った。「これは使えない」当てにならない武器や道具ほど危険なものはない。
ノルドは、限られた自由な時間を研究開発に充てた。行き詰まることもあったが、学者である母のアドバイスを受け、半年で消火薬を完成させた。
元となる主要材料の中には、シシルナ島では手に入らないものもあり、母のところに来る商人グラシアスを通じて。
それでも、今売られているものの数倍の値段になる。
そんな高価なものが売り物になるのかと思いながらも、最初は自分用として使っていた。
しかし、今は他に行った冒険者たちの荷運び中にまずい状況になり、思わず貸し与えた。
「ノルド、これすごいな。どこで売ってる?」
「いえ、実は…」誤魔化しの通じない相手に根負けし、ノルドは正直に話した。
「そうか、わかった。じゃあ、買うことはできるかな?勿論、ノルドが儲かる金額でな。」
そのパーティはダンジョン攻略で急激に実績を伸ばし、ノルドの消火薬は知る人の知る薬となった。ノルドも最初は生産に苦労したが、これが新たな収益の一つになった。
ノルドの消火薬を広めた冒険者たちは、他のダンジョンへの転戦を決めた際、さらに倍の値段で大量に購入していった。
「もらいすぎです」ノルドは言った。
「冒険者は人気商売なんだ。又、ノルドから薬を買うために戻って来るかもしれん。お母さんを大事にな」
それは、東方旅団と名乗った冒険者パーティだったが、庶民特有の匂いがしなかった。
※
無事に採掘を終え、冒険者ギルドへ戻ったノルドに、アレンが声をかけてきた。
「ノルド、たまには一緒に飯でもどうだ?ヴァルもな。半島の美味いハムを出す店があってな。今日は歓迎会だ」
断ろうとしたノルドの袖を振り切るように、「ワオーン」とヴァルがアレンに身をすり寄せ、そのまま酒場の扉を押して中へ入ってしまった。
店内には、最近島へやってきたばかりの新米冒険者たちがいた。彼らは大陸半島の片田舎からやって来た幼なじみの四人組で、二組の恋人同士らしい。
初級ダンジョンの攻略を経て、晴れてジョブを得た彼らは、次なる舞台としてシシルナ島を選んだのだという。
「やっぱり、美味しいご飯がないとね!」
笑顔で声を上げたのは、パーティのリーダーでタンクのロッカ。健康的な頬が輝いている。
「そうだな。シシルナの魚は絶品だ」
戦士のダミアーノがどこか誇らしげにうなずいた。
「食べに来たわけじゃないからね!」
弓手のシルヴィアと、魔術師のリーヴァが声を揃えて笑うと、店内に和やかな空気が広がった。
久々に他人が作った料理を口にすると、その味が体にじんわり染み渡る。ノルドはどこかほっとした表情で、それを噛みしめた。
けれど心の奥底では、母の作ってくれた料理の記憶が浮かび上がっていた。
「アレンさん。……いくつか、持ち帰ってもいいですか?」
ノルドは、ビュアンに渡すチョコレートケーキと、母への土産を選ぶことにした。
けれど、母が何を好んでいたのか、思い出せない。
母はいつも、ノルドの好きなものを優先してくれていたのだ。
「これなんかどうかしら。カンノーロ・シシルアーノ。シシルナ島の名物よ」
隣の席のシルヴィアが、気さくに声をかけてくれた。地元でよく食べられるデザートらしい。
迷うノルドに、リーヴァも一緒になって案を出してくれる。会話は弾み、場の空気がさらに温かくなった。
「……これにしようかな」
買い物慣れしていないノルドは、少しだけ戸惑いながらも、決めた。
そのとき――。
風もないはずの店内で、突風のような空気が彼のグラスを倒し、飲み物が服にぶちまけられた。
「あっ、ごめんなさい。私、倒しちゃったかも……!」
シルヴィアがあわてて身を乗り出し、ハンカチを差し出す。
「いえ、僕の不注意です。……すみません、先に失礼しますね」
ノルドは笑顔を保ちながらも、そそくさと席を立ち、お土産を店員に包んでもらって空間ポーチに仕舞った。
「行くよ、ヴァル」
背を向けるノルドに、ヴァルは顔をそむけて、知らんぷりしている。
「これ、ヴァルのお土産。……ドギーバッグ、もらうよ」
アレンが苦笑しながら、卓上の肉を手早く包む。
「ウー……ウー」
ヴァルは小さく甘えた声を漏らし、ぴょんと跳ねて尻尾を振った。
「まったくもう……ありがとう、アレン」
ノルドがそう言うと、皆が一斉に笑い声をあげた。
※
家へ帰ると、ノルドは寝衣に着替え、机の上にそっとチョコレートケーキを置いた。
「ビュアン」
返事はない。
「怒ってないから、出ておいで」
「……だって。ノルド、女の人に、ちやほやされてた」
ふわりと姿を現したビュアンは、しゅんとした顔でノルドの肩にとまった。
「お母さんのお土産を選んでただけだよ。このチョコレートケーキは、ビュアンのために選んだやつ」
「……ごめんなさい。そして、ありがとう」
ビュアンは小さな唇で、ノルドの頬にそっと口づけをした。
ノルドの顔が、みるみる真っ赤に染まっていく。
「さあ、食べよう」
「ワオーン!」
ヴァルが吠え、ドギーバッグを催促する。
「あ、ちょっと、ヴァル。アレンに甘えすぎだよ!」
ノルドが指摘すると、ヴァルはくるりと回って、ノルドの頬に勢いよく飛びつき、ぺろりと舐めた。
「こら、痛いってば……もう!」
そう言いつつ、ノルドは笑いながら箱を開けた。
「おいしいね!」
ビュアンがぱっと表情を明るくして言い、ヴァルは黙々と肉をたいらげている。
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