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蠱惑の魔剣
消化薬を売る少年
しおりを挟むこのダンジョンは、火山島であり「死の島」と呼ばれるシシルナ島の中央地下に存在している。
そのためか、炎を纏った魔物や、骸骨やミイラのような死者、あるいはその両方の特性を持つ魔物が多い。
上層にも弱い魔物がほとんど出現せず、一定以上の強さを持つ魔物が生息しているのが特徴だ。
あまりに初心者冒険者の被害が多かったため、る、数年前に島主と冒険者ギルドによって、ジョブを持たない冒険者は入場禁止とする規制が施された。
戦いに目を向けると、タンク職の男が大盾で炎の蜘蛛の攻撃を受け止めていた。弓手の女が矢を射るが、蜘蛛の全身を覆う炎が矢を焼き払う。
死角から戦士の男が接近し、蜘蛛の手足を切り落として機動力を奪う。魔術師の女とアレンは戦況を静かに見守っている。
盾役の男が、機動力を失った炎の蜘蛛を大盾で地面に押しつぶすと、炎は消え、蜘蛛は息絶えた。
「どうだ、厄介だろう?」アレンが冒険者パーティに声をかける。
「ええ、戦術が限られますね……」リーダーらしきタンク職の筋肉質な大男が答えるが、その声には明らかな疲労と焦りが滲んでいた。彼の額には汗が浮かび、呼吸も荒い。パーティ全体に緊張感が漂っている。
「もちろん、対策もある。炎を消すことだ」
「でも、レベルが上がらないと、そのスキルが取れません……」
魔術師の女が、長い髪を振りながら言うが、その手はわずかに震えていた。彼女の表情には不安がにじんでおり、唇をかみしめている。
「そうだな……」アレンは落ち着いて微笑むが、パーティの緊張を感じ取っていた。
新参者の冒険者たちは、このダンジョンの難しさと危険に押しつぶされそうになっている。彼らの目は、炎の魔物の死骸に釘付けになっていた。
※
「ああ、そこで……」アレンは軽く笑い、近づいてくるノルドを指さした。
「消火薬を使え。そこの男が売ってる」
「でも……稼ぐ以上に使えない……」
弓手の女がかすれた声で呟く。青ざめた顔に、焦りと戸惑いが滲んでいた。
女性冒険者たちの顔に陰が差す。胸の奥に燻っていた不安が、現実になり始めていた。
「はは、ノルドはただの荷運び人じゃない。格安で、良いモンを揃えてくれるんだ」
アレンは余裕の笑みを浮かべる。
「荷運び人……?」
戦士の男が眉をひそめる。この島の荷運び人にまつわる悪評を、彼も耳にしていたのだろう。
「ノルドは別格さ」
アレンはあっさり答えたが、冒険者たちの不信は簡単に消えない。
「アレンさんがそう言うなら……」
盾役の大男が渋々うなずくも、視線は険しい。
「ただの荷運び人ですよ」
ノルドは静かに応じた。背が低く、猫背で、片足を引きずる隻眼の少年。その姿に、場の空気が一層沈む。
「ノルド、消火薬持ってるな? いくらだ?」
アレンが訊く。
「投石用と弓矢装着用は二銀貨。剣や盾に塗るポーションタイプは五銀貨です」
「高っ……!」魔術師と弓手が驚く。
「ぼったくりかよ」
「それだけ払えば、酒場で豪遊できるぞ……」
冒険者たちがそれぞれに呟く。切羽詰まった状況でも、財布のひもは簡単に緩まない。
「じゃあ……投石五つ、弓五つ、ポーション二つ。三金貨でどうだ?」
ノルドは無言でリュックを開き、整然と品を取り出す。アレンがそれを受け取りながら、にやりと笑った。
「奢ってやるよ。歓迎の印だ」
「ノルド、ちょっとサービスしてくれないか?」
「少し、お値引きしましょうか?」
「馬鹿、安売りすんな。それだけの価値はある」
アレンは苦笑しながらも真顔に戻り、低く囁いた。
「地下一階の採掘場、案内してくれ」
「了解です。こちらへどうぞ」
ノルドはくるりと向きを変え、片足を引きずりながらも軽やかに歩き出した。
「子供を前に出すなよ!」
盾役の男が声を上げる。
「先導を荷運び人に? 冗談だろ……」
戦士の男が首を振る。彼らは正論を言っている。それだけに、胸が痛む。
「まあまあ、落ち着け。ノルドは強い」
アレンはさらりと笑ったが、ノルドの本当の強さをアレンは知らない。
採掘場へと向かう道。側道の影から、魔物たちが現れた。炎の蜘蛛が脚をきしませ、スケルトンが赤熱した骨を鳴らし、ゾンビが呻きながら前進してくる。
ノルドは迷いなく一歩引いた。瞬時の判断で前線を譲る。
「来るぞ、消火薬を使え!」
リーダーの号令。弓手が薬入りの矢を放ち、魔術師が投げ薬を投げる。
火の魔物たちが薬に包まれ、炎が一気にしぼむ。消えた。
「一撃で沈んだ……!」「炎、戻らねえぞ……!」
薬は、火そのものを断つ。火を失った魔物は力をなくし、動きが鈍る。
戦士がポーションを塗った刃を振るい、タンクが盾でぶつかるたび、赤熱した体表が消え、崩れる。再点火はない。
「こんなに効くのかよ……」
疑いは驚きに、驚きは戦意に変わった。彼らは次々と魔物を制圧していく。
ほどなくして戦場は静まり、空気には薬品のかすかな匂いが残った。
それはもう、炎の残り香ではなかった。
ノルドとアレンはその後ろで、何も言わずに立っていた。
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