シシルナ島物語 少年薬師ノルド/ 荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣

織部

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蠱惑の魔剣

消化薬を売る少年

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このダンジョンは、火山島であり「死の島」と呼ばれるシシルナ島の中央地下に存在している。

 そのためか、炎を纏った魔物や、骸骨やミイラのような死者、あるいはその両方の特性を持つ魔物が多い。

 上層にも弱い魔物がほとんど出現せず、一定以上の強さを持つ魔物が生息しているのが特徴だ。

 あまりに初心者冒険者の被害が多かったため、る、数年前に島主と冒険者ギルドによって、ジョブを持たない冒険者は入場禁止とする規制が施された。

 戦いに目を向けると、タンク職の男が大盾で炎の蜘蛛の攻撃を受け止めていた。弓手の女が矢を射るが、蜘蛛の全身を覆う炎が矢を焼き払う。

 死角から戦士の男が接近し、蜘蛛の手足を切り落として機動力を奪う。魔術師の女とアレンは戦況を静かに見守っている。

 盾役の男が、機動力を失った炎の蜘蛛を大盾で地面に押しつぶすと、炎は消え、蜘蛛は息絶えた。
「どうだ、厄介だろう?」アレンが冒険者パーティに声をかける。

「ええ、戦術が限られますね……」リーダーらしきタンク職の筋肉質な大男が答えるが、その声には明らかな疲労と焦りが滲んでいた。彼の額には汗が浮かび、呼吸も荒い。パーティ全体に緊張感が漂っている。

「もちろん、対策もある。炎を消すことだ」
「でも、レベルが上がらないと、そのスキルが取れません……」
 魔術師の女が、長い髪を振りながら言うが、その手はわずかに震えていた。彼女の表情には不安がにじんでおり、唇をかみしめている。

「そうだな……」アレンは落ち着いて微笑むが、パーティの緊張を感じ取っていた。
 新参者の冒険者たちは、このダンジョンの難しさと危険に押しつぶされそうになっている。彼らの目は、炎の魔物の死骸に釘付けになっていた。



「ああ、そこで……」アレンは軽く笑い、近づいてくるノルドを指さした。
「消火薬を使え。そこの男が売ってる」
「でも……稼ぐ以上に使えない……」

 弓手の女がかすれた声で呟く。青ざめた顔に、焦りと戸惑いが滲んでいた。
 女性冒険者たちの顔に陰が差す。胸の奥に燻っていた不安が、現実になり始めていた。

「はは、ノルドはただの荷運び人じゃない。格安で、良いモンを揃えてくれるんだ」
アレンは余裕の笑みを浮かべる。

「荷運び人……?」
 戦士の男が眉をひそめる。この島の荷運び人にまつわる悪評を、彼も耳にしていたのだろう。
「ノルドは別格さ」
 アレンはあっさり答えたが、冒険者たちの不信は簡単に消えない。

「アレンさんがそう言うなら……」
 盾役の大男が渋々うなずくも、視線は険しい。
「ただの荷運び人ですよ」

 ノルドは静かに応じた。背が低く、猫背で、片足を引きずる隻眼の少年。その姿に、場の空気が一層沈む。

「ノルド、消火薬持ってるな? いくらだ?」
アレンが訊く。
「投石用と弓矢装着用は二銀貨。剣や盾に塗るポーションタイプは五銀貨です」

「高っ……!」魔術師と弓手が驚く。
「ぼったくりかよ」
「それだけ払えば、酒場で豪遊できるぞ……」
 冒険者たちがそれぞれに呟く。切羽詰まった状況でも、財布のひもは簡単に緩まない。

「じゃあ……投石五つ、弓五つ、ポーション二つ。三金貨でどうだ?」
 ノルドは無言でリュックを開き、整然と品を取り出す。アレンがそれを受け取りながら、にやりと笑った。

「奢ってやるよ。歓迎の印だ」
「ノルド、ちょっとサービスしてくれないか?」
「少し、お値引きしましょうか?」
「馬鹿、安売りすんな。それだけの価値はある」
 アレンは苦笑しながらも真顔に戻り、低く囁いた。

「地下一階の採掘場、案内してくれ」
「了解です。こちらへどうぞ」
 ノルドはくるりと向きを変え、片足を引きずりながらも軽やかに歩き出した。

「子供を前に出すなよ!」
 盾役の男が声を上げる。
「先導を荷運び人に? 冗談だろ……」

 戦士の男が首を振る。彼らは正論を言っている。それだけに、胸が痛む。
「まあまあ、落ち着け。ノルドは強い」
 アレンはさらりと笑ったが、ノルドの本当の強さをアレンは知らない。

 採掘場へと向かう道。側道の影から、魔物たちが現れた。炎の蜘蛛が脚をきしませ、スケルトンが赤熱した骨を鳴らし、ゾンビが呻きながら前進してくる。

 ノルドは迷いなく一歩引いた。瞬時の判断で前線を譲る。
「来るぞ、消火薬を使え!」
 リーダーの号令。弓手が薬入りの矢を放ち、魔術師が投げ薬を投げる。
 火の魔物たちが薬に包まれ、炎が一気にしぼむ。消えた。

「一撃で沈んだ……!」「炎、戻らねえぞ……!」
 薬は、火そのものを断つ。火を失った魔物は力をなくし、動きが鈍る。
 戦士がポーションを塗った刃を振るい、タンクが盾でぶつかるたび、赤熱した体表が消え、崩れる。再点火はない。

「こんなに効くのかよ……」
 疑いは驚きに、驚きは戦意に変わった。彼らは次々と魔物を制圧していく。
 ほどなくして戦場は静まり、空気には薬品のかすかな匂いが残った。

 それはもう、炎の残り香ではなかった。

 ノルドとアレンはその後ろで、何も言わずに立っていた。
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