偽物勇者は愛を乞う

きっせつ

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とある騎士の独白②

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「よく…、よく戻ってきたっ…」

公爵子息を連れ帰れば、公爵は帰ってきた息子を涙ながらに抱き締めた。

片目を失ってまで助けた勇者を大層気に入った公爵は手厚く勇者一行をもてなした。公爵子息の腕は綺麗にくっ付き、彼は特に怪我もなく無事に帰還を果たした。
だが、失った兵達の命も、勇者の左目ももう返っては来る事はない。

意識を失った勇者が目覚めたのは二日目のこと。目覚めの一報を聞き、フラムは勇者の寝る部屋の扉を開けた。


ぼんやりと虚な焦茶色の右目が青空を映している。

ベッドから窓の外を眺めていた勇者はフラムに気付き、こちらに振り向く。片方だけになった右目がフラムを映す。


『俺も強くなれますか?』

キラキラと希望に満ちた焦茶色の瞳がフラムを見上げる。
会ったばかりのニルは神に選ばれた勇者にしてはあまりにも平凡でどこにでも居そうな子供だった。ただ純粋に英雄を夢見るその双眼は眩しくて、あの日のフラムは目を細めた。


「……ッ!」

きゅっと結んだフラムの口は鉄の味がした。
「心配したぞ」と後から見舞いに来た仲間達を見て、顔を顰めるフラムを前に、勇者は何時ものように完璧な笑顔を浮かべて…。

「…笑うな」

気付けば、胸ぐらを掴んでいた。
勇者がフラムを映すその右目を揺らす。しかし、左目はもう二度とあの日のようにフラムを映す事はない。

落ち着けと慌てて引き剥がす仲間達を前にも止まれない。自身でも分かっているのに、押し込め続けた感情は一度溢れ出したら自身でも止められなかった。

「何故、剣を投げた」

あれはお前を守る為の剣だった。

「常に剣を離すなと言っただろう」

あんな馬鹿息子を守る為にその剣を渡したんじゃない。お前が左目を犠牲にする必要などなかった。お前があんな奴の為にっ…。


魔法使いに羽交締めにされ、勇者から引き剥がされたフラムは制御出来ない感情がこれ以上溢れ出さないように俯いた。

(笑うなっ…)

視界に映る床の景色が滲む。
記憶の中ではまだ幼いニルが勉強部屋の小さな窓から王都の祭りの光景をその両目に映し、寂しそうに目を逸らした。
連れて行ってやりたい気持ちを抑えてあの日のフラムはその場から立ち去る。

フラムはニルを強くしなければならない。
ニルが生き残る為には今は全てを後回しにしてでも鍛えなければならない。

戦いが終われば幾らでも連れて行ってやれる。その両目を楽しげに輝かせて、笑うニルを今出来ない分、めいいっぱい甘やかして…。


(笑うな。もうお前の左目は二度と戻らないんだぞっ…)

取れた腕は治癒魔法で治す事が出来る。だが、なくなってしまったものを治す事は出来ない。後回しにして過ぎてしまった時間も戻っては来る事はない。


仲間達は言う。
勇者は神から選ばれし存在。
人類から選ばれた自身達とは次元が違うのだと。だから、片目を失っても平気そうに笑っていられるのだと。
その姿にフラムは落胆し、自身に苛立ちを募らせる。

(違う。あれはニルの精一杯の虚勢だ)

ニルは皆んなの求める希望の光勇者であらねばならなかった。
戦いや死に恐れを抱く事も許されず、自身の片目を失い、悲嘆に暮れる事すら許されない。

それがニルに人類が押し付けた勇者像。
王家がまだ子供のニルを親元から引き離し、フラム達に作らせた完璧で歪な勇者。
ニルが本当に心の底から笑みを浮かべた事など、初めて会った時のあの一回しかフラムは知らない。


(いつまでこの戦いは続くのか…)

何時になったら勇者はニルに戻れるのだろう。フラムは滲む視界を閉じて、ただ終わりを願う。


しかし、その願いは最悪な形で叶う事となる。





『本物の勇者は異世界から来る』

そんな馬鹿げた予言がなされたのはニルが左目を失ってから二年後の事だった。
その予言を聞いた時、フラムは全く信じてなかった。
だからこそ、本物の勇者が召喚された時はフラムはこの世界にすら裏切られた気分だった。

ニルはフラムの望み通り勇者ではなくなった。
同時にニルは偽物のレッテルを貼られて、周囲は今までの貢献すら無かった事にして、烏滸がましくもニルを責め立てた…らしい。

らしいというのは、本物の勇者が現れた時点でフラムは自身の荷物とニルの荷物を纏めに宿に帰ったからだ。

今思えば、浅はかだったと後悔している。召喚された時点でニルを連れてパーティを抜けるべきだった。

王家が巻き上げようとしていたニルの財産を奪い返し、消えたニルをすぐに追った。ニルのように転移魔法などといった高度な魔法や人を探す探知魔法は使えないが、その分フラムには人脈ツテがある。

ニルの居場所は分かっている。すぐにも追い付けるが、心は急ぎ焦る。
しかし、心に住くんでいた不安はフラムを拒絶するその意志のある焦茶の瞳を前に解け、その向けられた否定の言葉にフラムは心の底から安堵した。

『帰らないっ!』

それは初めてニルが示したニル個人の意志。
それがどれ程、嬉しかったか。


当初の予定ではフラムが用意した屋敷に連れ帰り、自身の要望が言えるようになるまでゆっくり数十年掛けてでも癒すつもりでいたのだ。

折角のニルの残っていた意思を尊重したい。
まぁ、そこはかとなくニルから感じる、帰ってくれオーラにはそっと目を逸らしたが…。

(すまない。そこは我慢してくれ)

死なせない為とはいえ、かなり手酷い稽古をした自覚がある。恐れられてる事も知っている。身から出た錆である。


暮らすには心もとない小屋をニルが疲れて寝ている間に改築して、ニルが起きない事を確認するとエクエス家お抱えの医師にニルを診せた。

追放された一日目は元気だったものの、長年の無理が祟ったのか。ニルは一日の数時間も起きていられず、ほぼ寝たきりの状態だった。
医者の診断でもおおよその見立て通り。役目から解放されて一気に溜まっていた疲れが出ているとの事。
元々食べる方ではなかったものの、胃もかなり弱っているニルはいつにも増して食も細かった。


「フラム様。本気ですか…」

台所に立つと医者を連れてきたエクエス家の執事が鍋を持ったフラムを制止する。フラムは不服そうに目を細めて、執事の制止に構わず、鍋を置いたコンロを着火した。

「ちょっ! フラム様!? ここに住むのは了解致しましたが、炊事は我々がッ」

「駄目だ。今、悪戯に家の中に人を増やせば、ニルは萎縮してしまう。療養の意味がない」

「ですが、貴方様は家事などおやりになった事は…って、焦げてます! お粥焦げてますって!!」

貴族として生を受け、剣の才を天から賜り、器用な彼は大概の事は卒なくこなしてきたが、料理に関しては壊滅的であった。
途中で投げ出したくもなったが、美味しく出来た時に見せるニルの笑顔を見れば、フラムは料理に夢中になっていった。


ニルの笑みが増えていく度にフラムの心に幸せが降り積もる。笑って泣いて、感情豊かに戻っていくニルに時折、罪悪感を感じつつも、このままずっと共に在る事を望んでしまう。



今日も嬉しそうに笑みを零しながら食べたニルの姿を思い起こしながらフラムは使い終わった皿を洗っていた。
すると、横にニルが遠慮がちに立ち、フラムは目を丸くする。

祭りでの一件の後、ニルは何か吹っ切れたのか。今まで怖がって、行く途中で何度も引き返していた町に自ら出かけるようになっていた。
しかし、ニルのフラムへの警戒心は強く、ニル自らフラムに近付いてくる事はなかった。

「……俺も手伝う」

ぽそりっと呟かれたニルの言葉。
少し照れ臭そうに俯き、時折チラリっと焦茶の瞳が不安げにフラムを覗いてくる。

可愛い。その言葉をバレないように噛み締めて、フラムはニルにお皿を拭く用の布巾を渡した。
「頼んだ」と付け加えれば、嬉しそうに小さくはにかみ、フラムの横を離れず皿を拭き始めるので、愛おしくてしょうがない。

「ありがとう。二人でやったから早く終わったな」

頭を撫でれば、今までされるがままだったニルが、少しだけ頭をこちらに寄せて、目を細めて幸せそうに笑った。

込み上げてくる幸せにフラムは夢心地だった。
自身を受け入れてくれるニルの血色の良くなった頰を撫で、薄い桜色の唇の上に指を滑らし、唇を寄せた。

リップ音が響き、ニルの額に口づけが落とされる。
何が起こったのか理解出来ず、頭にハテナを浮かべるニルの唇から指を離し、フラムは微笑む。

徐々にりんご色に染まっていく頰に少しの期待を寄せて、少しでも長くこの日々が続くように願う。

ここに来たあの日に森の泉に捨てた剣をもう二度とニルが握る事のないようにと…。




鬱蒼と草木が茂る森の中。
捨てられた一振りの剣が泉の中で守護の光を放つ。
それは自身の主人を待つように淡く輝き続けていた。
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