偽物勇者は愛を乞う

きっせつ

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「過ぎ去った日々に」

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意気揚々とザキがニルを連れてやって来たのはこの町の冒険者ギルドだった。
彼曰く、ギルドの雰囲気を知れば自然に冒険に行きたくなる。絶対そうに違いない。…だそうだ。

「ほらっ、見ろよニル! 新しく出来た未開のダンジョンだってさ」

依頼ボードの前に行けばザキは、子供のように目を輝かせて、自身が気になる依頼を指差してきた。そのキラキラした瞳が眩しく見えて、ニルは目を細めた。

「なっ!なっ! ワクワクするだろう」

「あははっ。…うーん。ついでにこの依頼条件ランクはA級以上って書いてあるけど、ザキのランクは?」

「ん? D級」

「うん。違うのにしよっか」

えー、と不満の声を上げるザキにニルは苦笑する。まだ見ぬ冒険を前にニルをパーティに誘うという当初の目的を忘れてしまっているようだ。

「D級ならゴブリン退治とかはどう? シーフ得意の解錠スキルを活かしたいなら、この『求む。開かず金庫解錠』とか」

「えー、ゴブリン相手じゃ、ワクワクしねぇ。金庫だって開けても中のお宝は俺のになんねーじゃん」

「冒険には危険が付き物だよ。まずはC級を目指して、経験をコツコツ積まないと」

「いやいや。危険を顧みず突き進んでこそ、経験もついてくるってもんよ」

「いや、冒険が過ぎるって。経験を積む前に死ぬよ」

諦めずに今度はS級のキマイラ討伐の依頼を剥がして押してくるザキのその手をやんわりと下ろさせ、首を横に振る。その二人のやり取りを見ていた冒険者が不意にブッと吹き出した。

「まーた。不相応の依頼請けようとしてんのか、ザキ。受付嬢にまた鼻で笑われんぞ」

「う、うっさいな! 俺とニルなら行けるって」

「や…。だから、俺はザキと組む気はないから」

「えぇー!? 何で。ワクワクすんじゃん。このまま流れで組もうって!!」

「ぷっ! コイツ。振られてやんの」

「うっさいぞ、オッサンども。まだ俺は諦めないから完全に振られた訳じゃない」

熟練の冒険者達に野次という名の可愛がりを受け、憤慨しつつもその広角は上がってる。ザキはきっと普段から彼らに弟分として可愛がられているんだろう。

『ふんっ。馬鹿ニルは私がついてないとてんでダメね』

『はははっ。勇者様は俺達ん中で最年少だからしょうがないですよ』

そのザキの姿にパーティ結成当初の自身が重なる。強気な神官のアリアが初めての実戦で緊張するニルに守護の加護を施し、頑張れと背中を押す。魔法使いのエイリークが「最初はそんなもんですよ」とお茶目にウィンクして、ニルの緊張を和らげる。

苦しい状況でもまだ心には余裕があった頃の二人の姿がありありと甦り、おもむろに依頼ボードの隣の情報ボードを見やる。

そこにはかつての仲間の活躍が載っており、本物の勇者の活躍が大々的に取り上げられていた。
その書かれた文字を追うように記事の上を指を滑らすが、その指をザキが掴む。

「オッサン達飲みもん奢ってくれるってさ。ニルも飲もうぜ。オッサン達の冒険譚でも聴きながらさ」

『ふっふっふー。こう見えても俺、SSS級の冒険者なんですよ? 俺の冒険譚聞きます?』

過ぎ去って色褪せてしまった記憶に色が付いていく。冒険者達の冒険譚に心躍らせるザキにエイリークの冒険譚を聞く自身の過去の姿が重なる。

『俺もそんな冒険がしたいな』

『なーに言ってるんですか。これからする勇者様の旅は俺の冒険譚なんか色褪せるもっと凄い冒険になるに決まってるじゃないですか』

『そうね。きっと語り継がれるような輝かしい冒険になるわね』


つんっとアオの小さな鼻に頰を突かれ、ニルは我に帰った。
自身を心配そうに見上げるアオに「大丈夫だよ」と小さく笑い掛け、抱き上げる。隣に座るザキを見やれば、ザキの期待に満ちた瞳がニルを映していた。

「な? な? 冒険に興味出ただろ?」

「ザキは本当に冒険が好きなんだね」

「俺はこのギルドで育ったからな。…ニル。俺は本気だぜ」

握られた手は熱く。その熱量がただただ眩しい。

「俺はニルと冒険がしたいんだ。最初は強さに惹かれたけどさ。俺、ニルにこのまま燻ってて欲しくないんだ。何でかな? 森の底でひっそりと暮らすより、ニルは、冒険してる方が輝く気がする」

紡がれる言葉一つ一つにザキの熱意が滲む。それは自身が受け取るには勿体無いほどに眩しい。

「確かに冒険には危険は付き物さ。だけど、苦しい事も辛い事もニルと一緒なら笑い話に出来ると思う。ニルが笑えないなら俺が笑い飛ばしてやる。だから、俺と冒険しよう」

差し伸べられた言葉に、ザキと馬鹿をして笑い合っている自身の姿が見えた気がした。
素晴らしいその光景を瞼の奥にしまい、ニルは首を横に振った。

「ごめん。俺、結構、今の生活が気に入ってるんだ」

申し訳なさそうに笑みを浮かべて、丁重に頭を下げる。

やっと手に入れた穏やかな日々。それは想像していた日々とはかなり違ったが、ニルにとって何より大事で譲れないものだ。例え、ザキとの冒険が魅力的だとしても、それだけは手放したくない。

静かな森の中であの青い花に囲まれた小さな我が家。我が家の中に入れば、「おかえり」と少しだけ広角をあげ、優しい眼差しを向けるフラムがニルを出迎える。

その眼差しを向けられるだけで自然に表情が綻び、鼓動が少し早まる。考えるだけで幸せで、幸せがもれないように大切に大切に想いを心にしまう。

「ッ!! やっぱ、アイツ嫌い」

ニルのその表情を見て、ザキは苦虫を噛み潰したような顔で呟くと、不貞腐れて頬杖をついた。そんなザキを「残念だったな」と冒険者達が背中を叩き慰めるが、「俺はまだ負けてない」とザキは強気に笑う。

「心変わりは人の常ってね」

「…ははは」

「ぜーったい。冒険の道に引き摺り出してやる。要はあの過保護ヤローよりどんだけニルを欲してるか示しゃあ勝ちだ。勝ち」

「それこそ、お前が負けそうだな」

「無理だろ。これ、どう見たって惚…」

「ここに居たか、ニル」

冒険者の言葉を遮り、聞き慣れた声がニルの名を呼ぶ。
ゲっと隣のザキがあからさまに嫌そうな顔をして、食ってかかろうとするが、サラッと無視して声の主はニルの頭に手を置く。

条件反射で頭を撫でやすいように傾けるニルをその手は優しく撫で、立とうとするニルの腰を抱き、腕の中に閉じ込める。

「ニル。こういう場所に一人で来るのはあまり関心しないな」

「え、え…っと」

「ひとりじゃねぇよ。目ぇ腐ってんのか!」

「例えクロが付いていたとしてもだ。血気盛んな冒険者が集まれば、揉め事も多い。お前が怪我をしたらどうする」

「…スゲェぞ、この兄ちゃん。ものの見事にお前の事眼中にねぇぞ、ザキ」

灰色の瞳が不安げに揺れ、フラムの手が怪我がないかニルの体に触れてゆく。その手の感触に赤く染め上がった頰を見られないように俯いて「大丈夫だから」と蚊の鳴くような声で応えた。

「本当か?」

「だ、大丈夫だよ。ザキも一緒だったし」

「そう、俺も一緒。おいっ、俺も一緒!」

「それに冒険者の人達も優しい人達だから」

「…そうか。だが、次、こういう場所に来る時は俺も一緒にだ。約束してくれ、ニル」

「心配なんだ」と耳元でフラムの声が響く。
その言葉が嬉しくて心配を掛けてる事がちょっと申し訳なくて、ニルは言葉もなくコクリッと頷いた。

「だーっ! やめろ。そうやって、優しいフリしてニルを束縛すんじゃねぇー!!」

「……残念ながら俺にニルを束縛する権限はない。傷付いて欲しくないだけだ」

「束縛する気はない? ハンッ! 監視を付けといてよく言うわ」

呆れ気味にザキはニルの横を絶対離れないクロを指差す。クロはチラリとザキを一瞥すると、興味がないと言わんばかりに無視してニルに甘える。
甘えるクロに苦笑して、フラムの腕の中でクロを撫でるニルの姿にザキは「だーっ、もうっ!」と床に八つ当たりした。

「分かったわ、ニル。ゴブリン討伐の依頼ガンガン受けまくって、C級になりゃあ、俺とパーティ組んでくれんだよな」

「え? や、別に組むとは…」

「いーや。組んでもらう。経験積んでC級になって、強くなったらソイツに勝負を挑む。でもって、勝ったら攫ってくからな!!」

逃げんなよ、とフラムに捨て台詞を吐き、ゴブリン討伐の紙を持っていくザキをニルは止めようとするが、フラムが首を横に振り、ニルを止める。

「あれは言った所で聞かないだろう。伸した方が早い」

「……なんで、ザキに対しては暴力的なの?」

「アイツは見る目があるからだ」

拗ねたようにフイッと目を逸らすフラムを前にニルは更に訳が分からなくなって、眉を下げた。

(見る目があるのはいい事では?)

そうニルは思うのだが、フラムはそこが気に食わないらしい。拗ねているフラムが珍しくて思わず苦笑すれば、フラムは少しバツが悪そうに眉を下げ、笑い返した。
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