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『なぁ、さっきフローレンス嬢と話してたけど、どうだった?』
会場の少し離れたところから、よく通る声が聞こえてくる。
『あぁ、たまたま僕の近くでハンカチを落としたから、拾ってあげただけだよ。
それにしても…こう言ったら失礼かもしれないけど、彼女に夜いきなり会ったら、ちょっと怖いかもね。』
さっき廊下ですれ違って声をかけてくれた男性の声がする。
『分かる分かる。何かに似てるなってずっと思ってたんだけど、アンティークショップで見かけた気味の悪い人形がそのまま巨大化したみたいなんだよな。』
『うちにはこの前、子爵からエスコートの依頼が来たんだけど、丁重にお断りしたよ。』
『なんで?君の家は親同士の付き合いがあるみたいだけど、婚約しないの?』
『勘弁してくれよ。小さい頃は遊んだこともあったけど、最近いつも野良仕事みたいなことばかりしてるし、薄汚い手なんか取りたくないよ。
そうでなくてもあんなみすぼらしくてひょろ長い女、横に並んで立つなんてあり得ない。』
『一体、誰が嫁に貰うんだろうな。楽しみだ。』
『恋人とか妻っていうより、魔除けの門番として置くならうちに貰ってやっても良いかな。アッハッハハハ』
嗤い声とワルツ、会場のざわめきが混然一体となって狂想曲を奏で、身体の芯から体温を奪っていく。
見上げた先にあるシャンデリアまでもが、立ち尽くす私に氷のトゲを向けて、冷たく狙いすましているような気がした。
…あの頃は、そんなことばかりだったな。
でも、彼らをひどいと思ったことはない。
上背があるせいで親戚から譲ってもらったドレスはいつもサイズが合わず、なけなしの装飾品は色がチグハグで、無い方が良かった。家の手伝いで荒れた手を隠すこともできず、気の利いたことも言えない残念な少女。
実際ひどいのは自分だと思った。
殿方が求める理想の相手として、貴族令嬢として、あの場に相応しい女性にはなれなかった。
今いる騎士団には、麗しの貴公子もいなければ、美しいドレスも、絢爛たる舞踏会も無い。
その代わり、女性としての私も求められてこなかった。
だからどんなに辛くてもここが居場所になった。
私は男性には見えないし、女性だけど…そういうのじゃなくていい。
似合わないのに着飾ろうとしたり、誰かに愛されることを望んだり恋をしたり…しなくていい。
…そうだ。
私なんかが彼を好きだと分かったら…
…気持ち悪がられるだけなのだ。
…
「…っ、イヴっ!」
私はハッとして声の方へ意識を戻す。
石造りの床と壁、壁面に並べられた剣や盾が目に入る。
いつの間にか呆然としてしまい、アーサーが目の前に来ていた。彼は剣を握ったままの私の両手に自分の手を乗せている。
「…なぁ、何があったんだ?
話してくれよ。
そんな辛そうなお前…見てられないよ。」
金色の真摯な視線が真正面から突き刺さる。
「あ…」
私はかろうじて落とさなかった剣をだらりと片手にぶら下げて立ち竦んだ。
…ホントにダメだな、私。
彼が誠実に向き合ってくれるほど、色んなことを思い知らされる。
真剣勝負で戦おうとした。
でも同時にどこかで、彼を意識してしまった自分が嫌で、叩きのめされてしまえばいいと思っていたこと。
そんなことを彼にさせようとして、でもそれもできないくらい、力の差が歴然としていること。
この距離にいても普段と変わらない彼にとって、もちろんやっぱり、私は彼の番なんかではないこと。
だけど私はやっぱり、…アーサーが好きだということ。仲間への好きとは違う意味で。
「…ごめん。なんか…疲れていたんだ。…本当にごめんなさい。」
情けなくて申し訳なくて悲しくて、項垂れたまま顔を上げられない。
「…イヴ。
…分かったよ。
頼むから、無理はしないでくれ。
もし何かあったら、すぐ話してほしい。
俺はいつでも、お前の力になりたいと思っている。
こんな野郎ばかりの場所だから、至らないところはたくさんあると思う。
でも何を聞いても、笑ったりなんかしない。
お前はひとりじゃないから…それだけは、忘れないでくれ。」
彼は少しためらいがちに、私の肩にそっと手を置く。
私は必死に涙を堪えて、無言でこくこくと頷いた。
彼は、本当に団員一人ひとりを大切にしてくれる。
それで十分なんだ。
もうこれ以上、重責を担う彼に、私のことで迷惑や心配をかけてはいけない。
仲間として、騎士団を支える副団長として、自分にできることをこれからも精一杯やっていくんだ。
私には…それしかないんだ。
-----
そんなことを心に誓って、想いは胸にしまいながら、彼の傍で役に立つことができた月日は、私なりに幸せだった。
そしてそれも、ほんの小さなミスから今日で終わりを迎える。
会場の少し離れたところから、よく通る声が聞こえてくる。
『あぁ、たまたま僕の近くでハンカチを落としたから、拾ってあげただけだよ。
それにしても…こう言ったら失礼かもしれないけど、彼女に夜いきなり会ったら、ちょっと怖いかもね。』
さっき廊下ですれ違って声をかけてくれた男性の声がする。
『分かる分かる。何かに似てるなってずっと思ってたんだけど、アンティークショップで見かけた気味の悪い人形がそのまま巨大化したみたいなんだよな。』
『うちにはこの前、子爵からエスコートの依頼が来たんだけど、丁重にお断りしたよ。』
『なんで?君の家は親同士の付き合いがあるみたいだけど、婚約しないの?』
『勘弁してくれよ。小さい頃は遊んだこともあったけど、最近いつも野良仕事みたいなことばかりしてるし、薄汚い手なんか取りたくないよ。
そうでなくてもあんなみすぼらしくてひょろ長い女、横に並んで立つなんてあり得ない。』
『一体、誰が嫁に貰うんだろうな。楽しみだ。』
『恋人とか妻っていうより、魔除けの門番として置くならうちに貰ってやっても良いかな。アッハッハハハ』
嗤い声とワルツ、会場のざわめきが混然一体となって狂想曲を奏で、身体の芯から体温を奪っていく。
見上げた先にあるシャンデリアまでもが、立ち尽くす私に氷のトゲを向けて、冷たく狙いすましているような気がした。
…あの頃は、そんなことばかりだったな。
でも、彼らをひどいと思ったことはない。
上背があるせいで親戚から譲ってもらったドレスはいつもサイズが合わず、なけなしの装飾品は色がチグハグで、無い方が良かった。家の手伝いで荒れた手を隠すこともできず、気の利いたことも言えない残念な少女。
実際ひどいのは自分だと思った。
殿方が求める理想の相手として、貴族令嬢として、あの場に相応しい女性にはなれなかった。
今いる騎士団には、麗しの貴公子もいなければ、美しいドレスも、絢爛たる舞踏会も無い。
その代わり、女性としての私も求められてこなかった。
だからどんなに辛くてもここが居場所になった。
私は男性には見えないし、女性だけど…そういうのじゃなくていい。
似合わないのに着飾ろうとしたり、誰かに愛されることを望んだり恋をしたり…しなくていい。
…そうだ。
私なんかが彼を好きだと分かったら…
…気持ち悪がられるだけなのだ。
…
「…っ、イヴっ!」
私はハッとして声の方へ意識を戻す。
石造りの床と壁、壁面に並べられた剣や盾が目に入る。
いつの間にか呆然としてしまい、アーサーが目の前に来ていた。彼は剣を握ったままの私の両手に自分の手を乗せている。
「…なぁ、何があったんだ?
話してくれよ。
そんな辛そうなお前…見てられないよ。」
金色の真摯な視線が真正面から突き刺さる。
「あ…」
私はかろうじて落とさなかった剣をだらりと片手にぶら下げて立ち竦んだ。
…ホントにダメだな、私。
彼が誠実に向き合ってくれるほど、色んなことを思い知らされる。
真剣勝負で戦おうとした。
でも同時にどこかで、彼を意識してしまった自分が嫌で、叩きのめされてしまえばいいと思っていたこと。
そんなことを彼にさせようとして、でもそれもできないくらい、力の差が歴然としていること。
この距離にいても普段と変わらない彼にとって、もちろんやっぱり、私は彼の番なんかではないこと。
だけど私はやっぱり、…アーサーが好きだということ。仲間への好きとは違う意味で。
「…ごめん。なんか…疲れていたんだ。…本当にごめんなさい。」
情けなくて申し訳なくて悲しくて、項垂れたまま顔を上げられない。
「…イヴ。
…分かったよ。
頼むから、無理はしないでくれ。
もし何かあったら、すぐ話してほしい。
俺はいつでも、お前の力になりたいと思っている。
こんな野郎ばかりの場所だから、至らないところはたくさんあると思う。
でも何を聞いても、笑ったりなんかしない。
お前はひとりじゃないから…それだけは、忘れないでくれ。」
彼は少しためらいがちに、私の肩にそっと手を置く。
私は必死に涙を堪えて、無言でこくこくと頷いた。
彼は、本当に団員一人ひとりを大切にしてくれる。
それで十分なんだ。
もうこれ以上、重責を担う彼に、私のことで迷惑や心配をかけてはいけない。
仲間として、騎士団を支える副団長として、自分にできることをこれからも精一杯やっていくんだ。
私には…それしかないんだ。
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そんなことを心に誓って、想いは胸にしまいながら、彼の傍で役に立つことができた月日は、私なりに幸せだった。
そしてそれも、ほんの小さなミスから今日で終わりを迎える。
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