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思い出
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マリス様は婚約が決まってから、よく我が家へも来てくださった。
あまりお喋りではない私に、たくさん話しかけてくれる、優しい方だ。
「リゾレットの好きな色は?」
「私は緑色が好きです」
「えっ、女の子は赤とかピンクが好きなんじゃないの?」
「赤やピンクも好きですが、やっぱり一番は緑色です」
そう答えるとマリス様はニッコリと微笑んだ。
「へぇ、僕は紫かな」
「紫……ですか?」……男の子が紫って珍しい……
「うん、リズの瞳の色だから」
私のことを愛称で呼び、私の瞳の色を好きだと言ってくれるマリス様。
……私も、マリス様の瞳の色と同じだから緑色が好きだと言えばよかった……。
私は会えば会うほどマリス様を好きになっていった。
二人で庭を歩いたり、お互いの好きな本の話しをしたり、お茶を飲んだり、互いに贈り物をしたり……。
十歳の頃、美しい髪飾りを贈って貰った。
さっそく彼に会う時に着けていった。
「着けてくれたんだね、嬉しいよ」
彼は私の髪飾りの揺れる細工がしてあるそれをチョンと触りふふっと笑った。
「この蝶が揺れるところが気に入ったんだ」
「マリス様が選んでくださったのですか?」
「もちろんだよ、リズに似合うと思ってね、今度ドレスを贈りたいと思っているけど……どうかな?」
「……ドレス……ですか」
呪いを受けてから二年が経った。
あのシミは少しずつ広がっていて、いま私の腕の半分までが黒くなっている。
半袖のドレスでは見えてしまうから、最近はいつも長袖の物を着ていた。
「わ、私は寒がりなので、出来たら袖の長い物だとうれしいのですが……」
私がそう答えると、マリス様は少し驚いたような顔をした。
「あ、ああ、そうだったんだね。この頃ずっと長袖の服を着ていたから……うん、ぜひ君の好みのドレスを贈らせて欲しい」
「うれしい、ありがとうございます」
私が着ているものは、十歳の少女が着るには地味な色味のシンプルなドレスばかりだった。
マリス様はそれも気になっていたのだろう……。
彼から贈られてきたものは明るい色の長袖の可愛らしいドレスだった。
「……どうしても透けてしまいますね」
侍女が悲しそうな顔で言う。
明るい紫色の上質なドレスの袖は、生地が薄く柔らかで私の黒い肌が透けて見えてしまった。
「腕に布を巻いて着たらどうかしら」
「そうですね、そういたしましょう」
マリス様が来られた時にそのドレスを着ると、彼はすごく喜んでくれた。
「似合うよ」と言って貰えたことが嬉しくて、マリス様が時折、左腕を見て目を伏せていた事に私は気が付きもしなかった。
呪いのシミは痛みこそ無かったが、日に日に皮膚を黒く変えていった。
広がっていくそれを見るたびに、私の心は塞いでいく。私はまだ十代の女の子だ、おしゃれにも興味があった。本当はもっと明るい色のドレスを着て外にも出て行きたい。
けれど、呪いを受けてからは我が家の使用人ですら私に近づく事を恐れるようになっていてとても外出など出来そうもなかった。
それでもマリス様とお会いする際は、今までと変わらず呪いの事など気にしてないというように振る舞っていた。
「今日は……手袋をしているんだね」
年を追うごとにマリス様は公務が増え、私達が会う機会もだんだんと間隔が開くようになっていた。
私が王宮に呼ばれることも随分と少なくなった。
久しぶりに我が家を訪ねたマリス様は、私の手袋が気になったのだろう。
それも白い手袋ではない、濃い青の手袋をしていたから。
「……少し、手が荒れてしまって、お見せするのが恥ずかしかったのです」
ぎこちない笑顔を見せてしまったが彼は「そう……」とあまり気にしてはいないように見えた。
……呪いが指先にまで届いて、もう人前に出せるようなものでは無くなった。私は常に手袋を着けていた。
それに、十五歳になった私には、呪いを盾にマリス王子様の婚約者の座に就いた、婚約しなければ呪うと脅したなどというウワサが立つようになった。
七年も経つと彼を庇い呪いを受けた事など皆忘れてしまったのだ。
「気にする事は無い、リゾレットはマリス王子様を守ったのだから」
そう両親は言ってくれるが、きっと二人も呪われた私のせいで外では辛い思いをしているに違いなかった。
その頃からマリス様とお会いする事も、ほとんどなくなっていた。
そして久々にお会いした今日、彼は私に告げたのだ。
お茶を飲みながら、それは当たり前のことの様に。
「明日、婚約破棄するから」
「それは……」
やはり……と思った。
侍女から聞いた、噂ではマリス様は近頃ある御令嬢と常に一緒にいらっしゃると。
レブラント伯爵家の御令嬢、クレア様。
白金の髪に青い瞳の麗しいお方だと聞いている。
美しい二人が並んで歩く姿はとても絵になるのだと……。
マリス様がクレア様の元へと足繁く通われている、私がいなければ直ぐにも婚姻を結ばれるだろう……そんな話しが流れていると聞いていた。
彼はチラリと私を見るとカップをソーサーに戻した。
もう、話すことは無いのだ、と言われているようだ。
「わかりました。今まで……ありがとうございました」
これだけ言うのが私の精一杯だった。
泣きそうになるのを堪えてお辞儀をする。
「明日だ、今じゃない」
マリス様の何故か焦るような声が聞こえた。
あまりお喋りではない私に、たくさん話しかけてくれる、優しい方だ。
「リゾレットの好きな色は?」
「私は緑色が好きです」
「えっ、女の子は赤とかピンクが好きなんじゃないの?」
「赤やピンクも好きですが、やっぱり一番は緑色です」
そう答えるとマリス様はニッコリと微笑んだ。
「へぇ、僕は紫かな」
「紫……ですか?」……男の子が紫って珍しい……
「うん、リズの瞳の色だから」
私のことを愛称で呼び、私の瞳の色を好きだと言ってくれるマリス様。
……私も、マリス様の瞳の色と同じだから緑色が好きだと言えばよかった……。
私は会えば会うほどマリス様を好きになっていった。
二人で庭を歩いたり、お互いの好きな本の話しをしたり、お茶を飲んだり、互いに贈り物をしたり……。
十歳の頃、美しい髪飾りを贈って貰った。
さっそく彼に会う時に着けていった。
「着けてくれたんだね、嬉しいよ」
彼は私の髪飾りの揺れる細工がしてあるそれをチョンと触りふふっと笑った。
「この蝶が揺れるところが気に入ったんだ」
「マリス様が選んでくださったのですか?」
「もちろんだよ、リズに似合うと思ってね、今度ドレスを贈りたいと思っているけど……どうかな?」
「……ドレス……ですか」
呪いを受けてから二年が経った。
あのシミは少しずつ広がっていて、いま私の腕の半分までが黒くなっている。
半袖のドレスでは見えてしまうから、最近はいつも長袖の物を着ていた。
「わ、私は寒がりなので、出来たら袖の長い物だとうれしいのですが……」
私がそう答えると、マリス様は少し驚いたような顔をした。
「あ、ああ、そうだったんだね。この頃ずっと長袖の服を着ていたから……うん、ぜひ君の好みのドレスを贈らせて欲しい」
「うれしい、ありがとうございます」
私が着ているものは、十歳の少女が着るには地味な色味のシンプルなドレスばかりだった。
マリス様はそれも気になっていたのだろう……。
彼から贈られてきたものは明るい色の長袖の可愛らしいドレスだった。
「……どうしても透けてしまいますね」
侍女が悲しそうな顔で言う。
明るい紫色の上質なドレスの袖は、生地が薄く柔らかで私の黒い肌が透けて見えてしまった。
「腕に布を巻いて着たらどうかしら」
「そうですね、そういたしましょう」
マリス様が来られた時にそのドレスを着ると、彼はすごく喜んでくれた。
「似合うよ」と言って貰えたことが嬉しくて、マリス様が時折、左腕を見て目を伏せていた事に私は気が付きもしなかった。
呪いのシミは痛みこそ無かったが、日に日に皮膚を黒く変えていった。
広がっていくそれを見るたびに、私の心は塞いでいく。私はまだ十代の女の子だ、おしゃれにも興味があった。本当はもっと明るい色のドレスを着て外にも出て行きたい。
けれど、呪いを受けてからは我が家の使用人ですら私に近づく事を恐れるようになっていてとても外出など出来そうもなかった。
それでもマリス様とお会いする際は、今までと変わらず呪いの事など気にしてないというように振る舞っていた。
「今日は……手袋をしているんだね」
年を追うごとにマリス様は公務が増え、私達が会う機会もだんだんと間隔が開くようになっていた。
私が王宮に呼ばれることも随分と少なくなった。
久しぶりに我が家を訪ねたマリス様は、私の手袋が気になったのだろう。
それも白い手袋ではない、濃い青の手袋をしていたから。
「……少し、手が荒れてしまって、お見せするのが恥ずかしかったのです」
ぎこちない笑顔を見せてしまったが彼は「そう……」とあまり気にしてはいないように見えた。
……呪いが指先にまで届いて、もう人前に出せるようなものでは無くなった。私は常に手袋を着けていた。
それに、十五歳になった私には、呪いを盾にマリス王子様の婚約者の座に就いた、婚約しなければ呪うと脅したなどというウワサが立つようになった。
七年も経つと彼を庇い呪いを受けた事など皆忘れてしまったのだ。
「気にする事は無い、リゾレットはマリス王子様を守ったのだから」
そう両親は言ってくれるが、きっと二人も呪われた私のせいで外では辛い思いをしているに違いなかった。
その頃からマリス様とお会いする事も、ほとんどなくなっていた。
そして久々にお会いした今日、彼は私に告げたのだ。
お茶を飲みながら、それは当たり前のことの様に。
「明日、婚約破棄するから」
「それは……」
やはり……と思った。
侍女から聞いた、噂ではマリス様は近頃ある御令嬢と常に一緒にいらっしゃると。
レブラント伯爵家の御令嬢、クレア様。
白金の髪に青い瞳の麗しいお方だと聞いている。
美しい二人が並んで歩く姿はとても絵になるのだと……。
マリス様がクレア様の元へと足繁く通われている、私がいなければ直ぐにも婚姻を結ばれるだろう……そんな話しが流れていると聞いていた。
彼はチラリと私を見るとカップをソーサーに戻した。
もう、話すことは無いのだ、と言われているようだ。
「わかりました。今まで……ありがとうございました」
これだけ言うのが私の精一杯だった。
泣きそうになるのを堪えてお辞儀をする。
「明日だ、今じゃない」
マリス様の何故か焦るような声が聞こえた。
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