久しぶりに会った婚約者は「明日、婚約破棄するから」と私に言った

五珠 izumi

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パーティー

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 私は一人、帰りの馬車に乗る。
 堪えていた涙が溢れ出て手袋を濡らしていく。
「……マリス様」

 王宮からの帰り道……八年間、何度も通った道。カタカタと揺れる馬車の中から流れていく景色を見ながら、もうこの道を来ることは無いのだと思うと切なくなった。

 明日はマリス王子の兄である、アーサー王太子様の二十歳を祝うパーティーに呼ばれている。

 その場で婚約破棄をするというのだろうか

 何も大勢の前でしなくても……そんなに私を嫌いだったの?

 ……違う、嫌われてしまったのよ……

 今や私の左腕はすべて真っ黒になっていて、今度は肩から首の方へとひろがりはじめていた。
 首元まで隠れるドレスを着るしか無い、この姿では社交界などはとても出ることが出来ない、と今まですべて断っていた。

 ……呪いのシミのことは言わずに……

 私はマリス様に知られたく無かった。
 こんなになってしまった腕を見られてしまったら、きっと彼に拒絶される……そう思うと怖くてずっと隠していた。

 体調を理由にして断りを入れるその度に、マリス様は悲しそうな顔をされていた。婚約者がいるのに一人で出なければならなかったのだ。
 ……申し訳ない事をしてしまった。

 しかし、アーサー王太子様の祝いの席だけは断る訳にはいかないと強く言われた。


 急ぎ用意したドレスは、少しでもシミが見えないように濃紺地に金の装飾というかなり大人びた色合いのものになった。

「婚約破棄の場にはきっと相応しいわね」

 私の呟きに、侍女は涙を流した。

「お嬢様は何も悪くありません、なのに……」

 子供の頃から仕えてくれている侍女のナタリーは、私の着替えを手伝ってくれる。使用人の中で、彼女だけは私に触れる事を恐れなかった。

 そういえばマリス様も、もう何年も私に触れる事はなくなっていた。
 ……昔は会うと手をとり、指先に口付けてくれたけれど……。

「こんな私ではね……誰だって嫌いになるわ」

 外にもほとんど出ることはなく、いつも暗い服を着ている私では、マリス様に相応しくないのは分かっている。
 きっと、呪いのせいだけではないだろう。

 最初の頃こそ王家は躍起になって呪いを解く方法を探してくれていた。私に呪いをぶつけた者は自害してしまい、呪いの種類も入手方法もわからない、その上どんな解除方法も効果が出ず、だんだんと諦めてしまわれたようだった。

 このまま、時が過ぎていけば私の体は全身が黒くなってしまうのだろうか……。
 そうなればいつまでもここに住む訳にはいかない。両親にこれ以上迷惑をかけたくない。
 今でさえ迷惑になっているのに、婚約破棄までされてしまえば……。

「お父様、お母様、私の願いを聞いて頂けますか?」

 明日、婚約破棄が成されたらその足で王都を離れ郊外にある祖父が残した別荘に住まわせてもらおうと思い、そう話すと二人は涙ながらに了承してくれた。


◇◇◇


 まるで夜の女王の様なドレスを身にまとい、鏡を見てため息をつく。

 まったく私に似合っていない……。
 せめて最後に会う時くらいキレイな私になりたかった。

 茶色の髪に紫の瞳の幼い顔立ちの私には、ドレスだけが大人びて浮いて見えた。
 けれど、黒いシミはきれいに隠すことが出来ている。
 首元をきっちりと覆い、手にはドレスと同じ紺の手袋を着ける。


 マリス様に子供の頃に貰った髪飾りを、ナタリーに着けてもらった。
 白銀の花の細工に金色の蝶が揺れている、彼が私の為に選んで贈ってくれた物。

「お嬢様、お綺麗ですよ」
 鏡を見て表情を無くしていた私に侍女はそう言ってくれた。
「ありがとう、ナタリーに綺麗と言って貰えただけで充分よ」


「では、行って参ります」

「やはり、私たちも一緒に……」

「いえ、見苦しい所をお見せしたくないのです」

 一緒に行くという両親に、一人で行かせて欲しいと頼んで私は馬車へ乗る。婚約破棄されるところなど見せたくないし、見られたくなかった。

◇◇◇

 パーティー会場に着き、馬車の扉が開くと騒ついていた会場が一瞬静まり返った。

「珍しい、呪われたあの方がいらっしゃったわ」
「触ると感染るそうよ」
「近づくだけでも感染るのではなかった?」
「ほら、誰も手を差し伸べてあげないから降りて来られないのではなくて?」
「マリス王子様はどうなさったの?」
「それが先程クレア令嬢と……」

 ヒソヒソと囁かれる私への誹謗中傷の声。

 ……降りたくない

 ……このまま此処から帰ってしまいたい。

 ……けれど、行かなければ

 ……マリス様との最後の約束を果たさなければ


 意を決して一人で降りようとしたその時、目の前にスッと手が差し伸べられた。

「待っていたよ、リゾレット」

 マリス様が優しく微笑み私に手を差し伸べている。
 私は右手を出そうとしたが躊躇ってしまった。するとその手を彼は取って私を馬車から降ろすと腕に乗せた。

「あの……マリス様……これは」

「リゾレットは私の婚約者だからね」

「まだ」そうだ、一瞬その事を忘れてしまっていた。……バカな私。

 婚約破棄をする為に私は必要だから、こうして迎えに来てくれたのだ。

 マリス様と共に会場に入った。
 皆が私達を見ていた。マリス王子様に会釈をし、私からは距離を取るように離れていく。

 会場に集まる令嬢方は、今流行りの肩を出した明るい色のドレスを着ていた。
 祝いの席を彩る華やかな令嬢達。
 暗く首まで詰まったドレスなど、着ているのは私一人だ。

 横に立つマリス様は青に金の装飾が付いた正装姿だった。
 彼の金の髪と端正な顔立ちによく似合っている。

 ……素敵になられた……私にはもったいない

 アーサー王太子様が来場されると祝辞があり、音楽が流れた。ダンスが始まるとマリス様は「少し待っていて」と言い、何処かへ行ってしまった。


 いつ、私は婚約破棄を告げられるのだろう……。

 一人残された私の周りは誰も寄り付かない。

 呪いが感染ると思われているのだ、当然だろう……。
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