天明繚乱 ~次期将軍の座~

ご隠居

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将軍・家治の正室の倫子やその息女の萬壽姫が人体実験の被験者にされた可能性

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「それにしても…、仮にですが、明和5(1768)年より小野先生が始められた年50両もの醵金きょきん、そいつが大納言だいなごん様殺し…、そいつに使われる毒をつくろうための報酬ほうしゅうの一部だとしても、少しはやぎやしませんかねぇ…」

 玄通げんつうがそう言った。意知おきともも同感であった。

 すると善之よしゆきおそるべき可能性を指摘してきした。

「もしかしたら…、実験をかえしていたのやも知れぬな…」

 善之よしゆきがそう言った途端とたん玄通げんつう意知おきともは「実験?」と声をそろえた。

左様さよう…、されば報酬ほうしゅうが…、大納言だいなごん様殺しの報酬ほうしゅうが小野先生にはらわれるのが早いと申すのは、小野先生がこのわたくしめに遅効ちこう性にして致死ちし性のある毒を尋ねられたのが早いと申すことに通じ…」

 確かに善之よしゆきの言う通りであった。家基いえもと毒殺どくさつ…、仮にだが、小野おの章以あきしげ善之よしゆきに教えてもらったその遅効ちこう性にして致死ちし性のある毒を持つシロテングタケ、あるいはドクツルタケを用意し、そしてこれも仮にだが、小野おの章以あきしげはかねて縁のある一橋ひとつばし徳川家の何者かにそのシロテングタケ、あるいはドクツルタケを手交しゅこうし、それがめぐめぐって家基いえもとの口に入ったとして、それは安永8(1779)年のそれも2月18日である可能性がきわめて高く、そうであれば小野おの章以あきしげがこの躋寿せいじゅかんに毎年50両もの醵金きょきんを始めた明和5(1768)年から11年も経過していた。

 家基いえもとを殺したいので、それもただ殺すのではなく徐々じょじょに…、遅効ちこう性にして致死ちし性のある毒でもって殺したいので、そのような毒を見つけて欲しい…、仮に小野おの章以あきしげ一橋ひとつばし家サイドよりそう持ちかけられたとして、当然、それは口止め料込みの多額の報酬ほうしゅうとセットであるはずであった。

 明和5(1768)年を起算きさんてんとしたのはそのためである。つまり小野おの章以あきしげ一橋ひとつばし家サイドより多額たがく報酬ほうしゅうとひきかえに家基いえもと殺しへの協力を求められた明和5(1768)年から実際に家基いえもとが毒殺された安永8(1779)年まで11年もの開きが、ブランクと言いえても良いかも知れないそれがあった。

 そして11年というのは如何いかにも長ぎるように意知おきともには感じられた。

「それでは…、小野先生は実験に…、シロテングタケ、あるいはドクツルタケの毒の成分せいぶんですかな…、それを調べるための実験に11年もついやしていたと?」

 意知おきとも善之よしゆきにそう尋ねると、その意知おきともの問いに善之よしゆきが答える前に玄通げんつうが口をはさんだ。それも恐ろしいことを口にしたのであった。

「でもその実験って、要は人体実験ですよね?」

 玄通げんつうのその言葉に意知おきともは息をみ、そして善之よしゆきの顔を見ると、善之よしゆきもその通りだと言わんばかりにうなずいてみせたので、意知おきともは恐ろしさのあまり、誇張こちょうではなしに身の毛がった。

「それでは…、小野先生は大納言だいなごん様が毒殺される前にも実験…、人体実験にて何人もの人の命をうばってこられたと?」

 意知おきとも善之よしゆきに恐る恐るそう尋ねた。

左様さよう…、そうでなくば都合つごう良く大納言だいなごん様を死にいたらしめることは不可能と申すものにて…」

都合つごう良く…」

左様さよう…、されば一橋ひとつばし家が大納言だいなごん様を毒殺どくさつ、それもただ大納言だいなごん様のおいのち頂戴ちょうだいするのではなく、さも清水家の犯行に見せかけるべく、清水家と所縁ゆかりのありし者たちでめられしたかりの機をとらえ、それもたかりの帰途きとに立ちられし品川の東海寺にて大納言だいなごん様がちゃ菓子がしを…、清水家に所縁ゆかりのありし小納戸こなんど毒見どくみませ、つ、やはり清水家に所縁ゆかりのありし小姓こしょう給仕きゅうじせしそのちゃ菓子がしを口にされた途端とたん大納言だいなごん様が発病…、実際にはシロタマゴテングタケ、あるいはドクツルタケの毒の症状しょうじょうが再び…、偽快復期後の再びの症状しょうじょうゆえ、今度こそ死にいたりし症状しょうじょう現出げんしゅつするようにと、一橋ひとつばし家ではそこから逆算ぎゃくさんして大納言だいなごん様にシロタマゴテングタケ、あるいはドクツルタケを与えたものと思われます…、なれどこの計画には半刻はんとき(約30分)、いや、一分いちぶ誤差ごさも許されず…」

 確かに善之よしゆきの言う通りであった。この遠大えんだいなる計画とも言うべき家基いえもと殺害計画には30分どころか1秒の誤差ごささえも許されなかった。ただたかりの最中さなか家基いえもとが発病するだけでは…、毒の症状しょうじょう現出げんしゅつするだけでは駄目だめなのである。

 確実に家基いえもとちゃ菓子がしを…、清水家当主の重好しげよしの母親を伯母おばに持つ、つまりは重好しげよしとは従兄弟いとこ同士の三浦みうら左膳さぜんとそれに重好しげよしつかえる弟を持つ石場いしば弾正だんじょうの二人の小納戸こなんど毒見どくみませ、つ、やはり重好しげよしつかえる、今度は叔父おじを持つ小姓の大久保おおくぼ靱負ゆきえ給仕きゅうじをしたちゃ菓子がしを口にした後で、毒の症状しょうじょう現出げんしゅつする必要があるのだ。

 その前…、家基いえもとちゃ菓子がしを口にする前に毒の症状しょうじょう現出げんしゅつしてはいけないし、無論むろんちゃ菓子がしを口にした後でもそれから時間がぎてもいけないのだ。

 そうであれば事前じぜん入念にゅうねんな実験を、それも人体実験をかえしたに違いない。毒の症状しょうじょう現出げんしゅつする時間をはかるために。

「それで11年も時間を…、実験を、それも人体実験のために11年もの時間をかけたと?」

 意知おきともが尋ねると、善之よしゆきうなずいた。

 善之よしゆきはその上で、いよいよ本題とも言うべき恐ろしいことを口にしたのであった。

「さればその人体実験の被験ひけんしゃ、いや、この場合は被害者と申すべきやも知れませぬが、その中には御台みだい様や、それに萬壽ます姫様がふくまれているやも知れず…」

 善之よしゆきよりそう聞かされた意知おきとも流石さすがに、「えっ!?」と大声を上げた。

「さればこのわたくしめが小野先生より相談を…、遅効ちこう性にして致死ちし性のある毒はないかと問われましたのは明和7(1770)年のことにて…、仮に小野先生が大納言だいなごん様殺しを持ちかけられたのが、それも遅効ちこう性にして致死ちし性のある毒でもって殺害したいとそう持ちかけられたのがそれより2年前の明和5(1768)年…、小野先生がこの躋寿せいじゅかんに毎年50両もの醵金きょきんを始められたその明和5(1768)年だと仮定かていして、小野先生はそのような毒物を探すのに2年ほど時間をかけられたのではないかと…」

「だが小児しょうに医療いりょうが専門の小野先生にはそのような都合つごうの良い毒物を見つけることができず、そこで2年をた後に善之よしゆき先生を頼られたと?」

 意知おきとも善之よしゆきの言葉を引き取るようにしてそう尋ねると、善之よしゆきうなずいた。

「それにしても…、仮にそうだとしても一橋ひとつばし家は…、いや、この際、はっきり申し上げますがね、治済はるさだは何ゆえにそうまでして遅効ちこう性にして致死ちし性のある毒にこだわったんです?」

 玄通げんつうがそう口をはさんだ。益五郎ますごろうに負けずおとらずあけすけな聞き方ではあったが、ともあれもっともな疑問ではあった。

「それは遅効ちこう性の毒なれば、相手にふくませた直後にはすぐに毒の症状しょうじょう現出げんしゅつせず、つまりは毒をふくませた者が疑われずにむという利点があるからよ。いや、場合によっては他の者を下手人げしゅにん仕立したてられるという利点さえもある…」

 善之よしゆき玄通げんつうに対してさとすようにそう教えてやると、玄通げんつうにも合点がてんがいったらしく、「成程なるほど」と声を上げた。

「そうなると…、御台みだい様が亡くなられたのは…、確か萬壽ます姫様が亡くなられる前でしたよね…」

 玄通げんつうかさねて、それも思い出そうとするかのようにそう言いかけたので、意知おきともがすかさず、

「明和8(1771)年の8月20日だ」

 玄通げんつう御台みだい様こと将軍・家治の正室せいしつであった倫子ともこの命日を教えてやった。

「だとするならば、ですよ?小野先生が田村先生より遅効ちこう性にして致死ちし性のあるシロテングタケ、あるいはドクツルタケの存在…、毒キノコの存在を教えられてから1年程度ていどしかっていないってことになりますよね…」

 確かに玄通げんつうの言う通りである。

「つまり…、1年かけてその遅効ちこう性にして致死ちし性のある毒キノコのシロテングタケ、あるいはドクツルタケを見つけ出し、そしてそれを…、毒キノコをいきなり、ってわけでもないでしょうが、それでもそう日がたないうちに御台みだい様に与えたってことですかね?」

 これもやはり玄通げんつうの言う通りであり、それに対して善之よしゆきは、「左様さよう…」と応ずるや、

「さればきたるべき…、と申しては語弊ごへいというか、不謹慎ふきんしんというか、ともあれ大納言だいなごん様殺しに向けての、わば予行演習ではなかったかと…」

 そう付け加えた。善之よしゆきのその言葉は確かに不謹慎ふきんしんではあるものの、しかし、まとているように意知おきともには思えた。
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