天明繚乱 ~次期将軍の座~

ご隠居

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徳川家基毒殺トリック解明篇 2

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「そして今度は…、安永8(1779)年の2月…、それも18日には家基いえもとにまでその、倫子ともこ萬壽ますの命をうばいし、シロタマゴテングタケ、あるいはドクツルタケを摂取せっしゅさせたと申すのだな?治済はるさだめは…」

 家治は意知おきともに確かめるようにそう尋ねた。

「恐らくは…、高井たかい土佐とさ見立みたて通り、おそれ多くも2月18日に大奥にて…、西之丸にしのまるの大奥にてご夕食をおりあそばされました場合でござりまするが…」

「だとしたら…、種姫たねひめ様につかたてまつりし中年寄ちゅうどしよりもまた、一橋ひとつばし家に所縁ゆかりのある者ということかえ?」

 高井たかい土佐とさこと、土佐守とさのかみ直熙なおひろ意知おきともにそう尋ねた。

「それはこの意知おきともの方こそ、高井たかい殿に尋ねたく…」

「いや、確かに身共みども留守居るすい…、大奥を取りまりし留守居るすいなれど、あくまでここ本丸ほんまる留守居るすいなれば…」

 つまりは本丸ほんまるの大奥のみが「守備しゅび範囲はんい」であって、西之丸にしのまるの大奥のことまでは関知かんちせず…、直熙なおひろはそう示唆しさした。

「されば西之丸にしのまる留守居るすい…、その当時の西之丸にしのまる留守居るすいけば分かると申すか?」

 家治が尋ねたので、直熙なおひろは「御意ぎょい…」と応ずると、その当時の…、家基いえもと薨去こうきょ、それも毒殺どくさつされた、安永8(1779)年2月時点での西之丸にしのまる留守居るすいそらんじてみせた。西之丸にしのまる留守居るすいが誰であったか、その程度ていどなれば、直熙なおひろ把握はあくしていたようだ。

 すなわち、

奥田おくだ山城守やましろのかみ忠祇ただまさ

永井ながい筑前守ちくぜんのかみ直令なおよし

橋本はしもと阿波守あわのかみ忠正ただまさ

神尾かみお若狭守わかさのかみ春由はるより

 以上の4人がその当時の西之丸にしのまる留守居るすいであり、直熙なおひろさらに、このうちの永井ながい直令なおよしのぞく3人が今でも西之丸にしのまる留守居るすいであると補足ほそくした。

「されば永井ながい直令なおよしは…」

 家治がそう尋ねるや、直熙なおひろは、「ははっ」と応ずるや、永井ながい直令なおよしが今はここ本丸ほんまるにてはた奉行ぶぎょうつとめていることを打ち明けた

左様さようか…、いや、それにしてもう存じておるのう…」

 家治は感心しきりとった表情でそう言った。

「いえ…、実を申し上げますと、永井ながい筑前ちくぜんとはおなどしということもありましてか、親しくうておりましてな…」

 直熙なおひろは意外なことを打ち明け、「左様さようであったか…」と家治を驚かせた。

「いや、それなれば、その永井ながい直令なおよしくのが良かろう…」

 家治はそうだんくだすや、「それではた奉行ぶぎょうとのことだな?」と確かめるように直熙なおひろに尋ねた。

御意ぎょい…」

「ふむ…、はた奉行ぶぎょうもまた、宿直とのいのある役目なれば…」

 今の刻限こくげんすでに暮六つ(午後6時頃)を過ぎ、つまりは仮にその永井ながい直令なおよしが今でもここ本丸ほんまる…、御城おしろに残っているとすれば、それは宿直とのい当番とうばんに他ならず、それゆえ家治はわざわざ、宿直とのい云々うんぬんと口にしたのであった。

 直熙なおひろもそれを受けて、「今宵こよい直令なおよし宿直とのい当番とうばんであればよろしいのですが…」とそう応じた。

 はた奉行ぶぎょう宿直とのい当番とうばん輪番制りんばんせい、つまりは定員ていいんが一人ではなく、複数いるということだ。

 それから家治は再び、宿直とのい小姓こしょうすと、菊之間きくのまめているはず宿直とのいはた奉行ぶぎょう、その者が永井ながい筑前守ちくぜんのかみ直令なおよしであればここ中奥なかおく御休息之間ごきゅうそくのまへと連れて来るよう命じたのであった。

 それから間もなくして、永井ながい直令なおよし小姓こしょうに連れられて姿を見せた。運の良いことに…、「ラッキー」なことに永井ながい直令なおよしは今夜が「宿直とのい」であった。

 家治は御前ごぜんに姿を見せた直令なおよしに対して、一切いっさい挨拶あいさつはぶくと、そうせんして、いや、命じて、平伏へいふくしようとする直令なおよしのその動きをふうじるや、

「されば時間がないゆえ、単刀たんとう直入ちょくにゅうに尋ねる…、されば直令なおよしよ、まぬが、一切いっさいの疑問をはさまずにが問いに答えてはくれまいか…」

 家治は直令なおよしに対してそう願った。要は、

かれたことだけに答えろ…」

 というわけで、そうと察した直令なおよしは「ははぁっ」と応じた。

「うむ…、されば家基いえもとまかりし年…、安永8(1779)年の2月18日のことだが…、家基いえもとがどこで食事を…、夕食をったか覚えておるか?」

 家治はズバリんだ。するとそれに対して直令なおよしは、「ははっ」と応ずるや、

「されば大奥にておしあがりに…」

 そう即答そくとうしたので、家治たちを驚かせた。直令なおよしのその記憶力の良さに対して驚いたのもあるが、それ以上に直熙なおひろの言う通り、これで家基いえもとが大奥にて…、西之丸にしのまるの大奥にてシロタマゴテングタケ、あるいはドクツルタケを摂取せっしゅさせられた可能性が高まったからだ。

「されば大奥へと、家基いえもとが食せし夕食を運んで来た者がいると思うが、その者が誰であったか、それは覚えておるか?」

 家治は流石さすがにそこまでは覚えていないやも知れぬと、そう否定的に思いつつも、それでも一縷いちるの望みをたくして尋ねた。

 すると意外いがいにも、直令なおよしは覚えていた。

「されば本丸ほんまる小納戸こなんど瀧川たきがわ久助きゅうすけ落合おちあい郷八ごうはちの二人にて…」

 これでいよいよ家基いえもと一橋ひとつばし治済はるさだの手により毒殺どくさつされた可能性が高まった。

「良く覚えておるのう…」

「いえ…、その日…、ご下問かもんの2月18日はそれがしが宿直とのい当番とうばんにて…」

 やはりついている…、家治はそう思った。いや、家治のみならず、意知おきともや平蔵、それに直熙なおひろの皆がそう思ったものである。

「されば、そなたと共に宿直とのいをせし廣敷ひろしき番之頭ばんのかしらは覚えておるか?」

「ははっ。されば中村なかむら久兵衛きゅうべえ信興のぶおきにて…」

「ふむ…、してその中村なかむらなにがしだが、一橋ひとつばし家とは所縁ゆかりはあるか?」

「ござりまする」

まことか?」

まことにて…、されば娘が一橋ひとつばし邸にてつかえておりますれば…」

左様さようか…、しからば、いまひとつ…、種姫たねひめつかえしちゅう年寄どしよりは誰であったか…、それは覚えておるか?」

「ははっ。覚えておりまする」

「誰だ?」

「されば砂野いさのにて…」

「いさの、とな?」

 家治がそう問い返すと、「いさの」が「砂野いさの」であると、直令なおよしは家治に教えた。

「ふむ、してその砂野いさのもまた、一橋ひとつばし家と所縁ゆかりはあるか?」

「ござりまする」

如何いか所縁ゆかりぞ?」

「されば祖父そふ一橋ひとつばし家の用人ようにんにて…」

用人ようにんとな…」

御意ぎょい

「して、その名は?」

「されば杉山すぎやま嘉兵衛かへえ美成よししげなる者にて…」

 直令なおよしがそう答えた途端とたん、「なにっ!?」と家治が大声を上げたので、誰もが怪訝けげんな表情を浮かべた。意知おきともでさえそうで、何ゆえに家治が大声を上げたのか、分からぬ様子であった。

「あの、上様うえさま?」

 意知おきともが心配そうな表情でそう声をかけてきたので、家治は己が何ゆえに大声を上げたのか、その理由を意知おきともにも、いや、意知おきともたちにも教えてやることにした。

「されば…、杉山すぎやま嘉兵衛かへえにはかつて、勝之助かつのすけ義貴よしたかなる嫡男ちゃくなんがいたのだが、早くにくなり、弟が…、弟の又四郎またしろう義制よしたつ嫡男ちゃくなんに定められたのだが、その早くにくなった勝之助かつのすけ、その者には妻女さいじょがいたのだが…」

 家治はそこで言葉を区切くぎると、一拍いっぱくいた後、続けた。

「されば勝之助かつのすけには妻女さいじょがいたのだが、その妻女さいじょは他でもない、津田つだ宇右衛門うえもん信成のぶしげが娘なのだ…」

津田つだ…」

 意知おきともは「まさか…」と思いつつ、その苗字みょうじ反芻はんすうした。

 すると家治は、そのまさかだと言わんばかりに、「左様さよう…」と応ずるや、

「されば津田つだ日向守ひゅうがのかみ信之のぶゆきが妹…、つまりは側室そくしつ…、家基いえもとの産みの母の千穂ちほが妹なのだ…」

 家治のその言葉に、意知おきともたちもようやくに家治が大きな声を上げたことに合点がてんが行くと同時に、絶句ぜっくした。
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