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巻き戻る朝 ― 運命の再スタート
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絞め殺される――。
それがリオナ・セイクリッドの最期だった。
アルト・フェルデンの太い指が首に食い込み、Ωの華奢な喉が軋む音。肺が空気を求めて痙攣し、視界が暗く滲んだ。
「お前は俺のα性を証明するための道具だ。永遠に黙ってろ」
偽りの婚約者の冷笑。
金髪碧眼の美丈夫は本当は、βのくせにα偽装薬で純血の名門を維持するため、Ωであるリオナを娶った。政略結婚という名の所有物として――。
愛など微塵もなく、秘密を知ったリオナを番の契約で縛り、口封じのために殺したのだ。
「くっ……そ」
白銀の髪が血と汗に濡れ、石の床に広がった。
セイクリッド公爵家の次男として生まれた自分の末路。Ωの希少価値など、貴族社会では繁殖の道具でしかない。父エルドの冷たい視線、アルトの嘲笑。すべてが脳裏に焼き付いて――
意識が闇に沈んだ。もう二度と、あのような人生は――
チッ、チチチ
聞き慣れた小鳥のさえずりが耳に飛び込んできた。
ゆっくりと目を開けると、柔らかな天蓋付きベッドの上だった。
朝の日差しがレースのカーテンを透過し、白いシーツに淡い金色の光の筋を描いている。微かなラベンダーの香りが漂い、枕元には開きっぱなしの魔法書が置いてあった。
「……夢?」
リオナは跳ね起きて、慌てて周囲を見回した。重厚な木製のデスク、壁に掛けられた家紋入りのタペストリー、窓辺に置かれた水差し。
間違いない。セイクリッド公爵家の自室だ。
だが違う。胸を抉るような痛み、首筋に残る締め付けられた指の感触。
記憶が、鮮明すぎるほどに蘇る。絞殺の苦しみ、アルトの嘲笑、父の無関心な視線。すべてが現実だった。
「時間が……巻き戻った?」
鏡台に駆け寄り、震える手で顔を覗き込んだ。
白銀の髪が肩まで伸び、青灰色の瞳がこちらを射抜く。華奢で中性的な体躯。
前世では、この体をアルトに捧げ、惨めたらしく散った。貴族社会の理想の番など、偽りの仮面に過ぎなかった。
――愛を知らないまま、死んだ。
誰かに必要とされる喜びも、互いに心を通わせる温もりも知らずに。道具として消費され、捨てられただけ。
「二度目は違う」
リオナは拳を握りしめ、鏡の中の自分に言い聞かせるが、声が震えていた。
「もう誰かの道具として生きない。本物の愛を知って、自ら選ぶんだ。明るく、自由に、楽しく生きる」
決意を胸に刻み込んだ瞬間、扉を叩く音が響いた。
「リオナ様、お目覚めですか?朝食の準備が整いました。父上がお待ちです」
従者ノエルの明るい声。リオナは深呼吸し、いつもの「従順なΩ」の仮面を纏った。この家から抜け出す策が必要だ。
今がいつなのかは、わからない。だけど、結婚前なのは確かだ。
新たな人生の第一歩を、慎重に踏み出さねばならない。
広間での朝食は、いつものように冷え切っていた。
公爵エルド・セイクリッドは新聞を広げ、αらしい威厳ある体躯で紅茶を啜る。鋼のような灰髪を撫で付け、息子を見る目はまるで家畜の品定めだ。
「リオナ、アルト伯爵との結婚式の準備は進んでいるな。Ωとして生まれたお前の価値は、家のためだ。個人的な感情など、二の次だ。王室からも注目されている。セイクリッド家の名に恥じぬよう、完璧な番となれ」
父の言葉に、リオナは穏やかにうなずいた。
前世では、この言葉に父から頼られてると勘違いして喜んだものだ。Ωとして生まれた自分の価値を、認められたと信じて。
だが今は、吐き気を催す。
アルトはβのくせにα偽装薬を使い、純血の家系を維持するための道具として自分を選んだだけ。愛などなかった。
「はい、父上。万全です。アルト伯爵には感謝しております」
内心で嘲笑った。
もうその罠には引っかからない。アルトの秘密を暴く証拠を掴み、破談を宣言。それから家を出る。それが第一の計画だ。
だが、エルドの視線は鋭い。αの威圧感が、空気を重くする。
「Ωとして生まれたお前の価値を、忘れるな」
釘を刺すような言葉。リオナは静かに耐えた。前世で、この家で生き延びる術を十分に学んだ。笑顔で受け流し、心に棘を隠す術を……。
食事が終わると、ノエルがそっと耳打ちしてきた。
「リオナ様、今日、王国騎士団のアーヴィン団長が護衛任務で来訪します。結婚式の警備確認だそうですよ。十年前の、あの優しい騎士です」
――アーヴィン・クロード。
心臓が跳ねた。十年前、街で傷を負った幼い自分に、治癒魔法をかけてくれた魔法騎士。黒髪に琥珀の瞳、穏やかな笑みと温かな手。自分を「人間」として見てくれた人。
前世では、彼は結婚式後の魔法戦争で命を落とした。リオナを救おうとして。アルトの裏切りが引き起こした国家反逆事件で。
「……楽しみだな」
リオナはつぶやき、窓辺に視線を移した。外では、馬車が屋敷の門をくぐるのが見えた。黒髪の高身長の男が降り立つ。軍服に身を包み、静かに屋敷を見上げる姿。変わらない、穏やかな眼差し。
二度目の人生。再び出会う運命。
だが今度は、誰かの道具ではなく。愛を知らないまま死ぬのは、もう嫌だ。自分で選び取る。
窓から差し込む朝陽が、白銀の髪を輝かせる。新しい朝が、静かに始まった。
それがリオナ・セイクリッドの最期だった。
アルト・フェルデンの太い指が首に食い込み、Ωの華奢な喉が軋む音。肺が空気を求めて痙攣し、視界が暗く滲んだ。
「お前は俺のα性を証明するための道具だ。永遠に黙ってろ」
偽りの婚約者の冷笑。
金髪碧眼の美丈夫は本当は、βのくせにα偽装薬で純血の名門を維持するため、Ωであるリオナを娶った。政略結婚という名の所有物として――。
愛など微塵もなく、秘密を知ったリオナを番の契約で縛り、口封じのために殺したのだ。
「くっ……そ」
白銀の髪が血と汗に濡れ、石の床に広がった。
セイクリッド公爵家の次男として生まれた自分の末路。Ωの希少価値など、貴族社会では繁殖の道具でしかない。父エルドの冷たい視線、アルトの嘲笑。すべてが脳裏に焼き付いて――
意識が闇に沈んだ。もう二度と、あのような人生は――
チッ、チチチ
聞き慣れた小鳥のさえずりが耳に飛び込んできた。
ゆっくりと目を開けると、柔らかな天蓋付きベッドの上だった。
朝の日差しがレースのカーテンを透過し、白いシーツに淡い金色の光の筋を描いている。微かなラベンダーの香りが漂い、枕元には開きっぱなしの魔法書が置いてあった。
「……夢?」
リオナは跳ね起きて、慌てて周囲を見回した。重厚な木製のデスク、壁に掛けられた家紋入りのタペストリー、窓辺に置かれた水差し。
間違いない。セイクリッド公爵家の自室だ。
だが違う。胸を抉るような痛み、首筋に残る締め付けられた指の感触。
記憶が、鮮明すぎるほどに蘇る。絞殺の苦しみ、アルトの嘲笑、父の無関心な視線。すべてが現実だった。
「時間が……巻き戻った?」
鏡台に駆け寄り、震える手で顔を覗き込んだ。
白銀の髪が肩まで伸び、青灰色の瞳がこちらを射抜く。華奢で中性的な体躯。
前世では、この体をアルトに捧げ、惨めたらしく散った。貴族社会の理想の番など、偽りの仮面に過ぎなかった。
――愛を知らないまま、死んだ。
誰かに必要とされる喜びも、互いに心を通わせる温もりも知らずに。道具として消費され、捨てられただけ。
「二度目は違う」
リオナは拳を握りしめ、鏡の中の自分に言い聞かせるが、声が震えていた。
「もう誰かの道具として生きない。本物の愛を知って、自ら選ぶんだ。明るく、自由に、楽しく生きる」
決意を胸に刻み込んだ瞬間、扉を叩く音が響いた。
「リオナ様、お目覚めですか?朝食の準備が整いました。父上がお待ちです」
従者ノエルの明るい声。リオナは深呼吸し、いつもの「従順なΩ」の仮面を纏った。この家から抜け出す策が必要だ。
今がいつなのかは、わからない。だけど、結婚前なのは確かだ。
新たな人生の第一歩を、慎重に踏み出さねばならない。
広間での朝食は、いつものように冷え切っていた。
公爵エルド・セイクリッドは新聞を広げ、αらしい威厳ある体躯で紅茶を啜る。鋼のような灰髪を撫で付け、息子を見る目はまるで家畜の品定めだ。
「リオナ、アルト伯爵との結婚式の準備は進んでいるな。Ωとして生まれたお前の価値は、家のためだ。個人的な感情など、二の次だ。王室からも注目されている。セイクリッド家の名に恥じぬよう、完璧な番となれ」
父の言葉に、リオナは穏やかにうなずいた。
前世では、この言葉に父から頼られてると勘違いして喜んだものだ。Ωとして生まれた自分の価値を、認められたと信じて。
だが今は、吐き気を催す。
アルトはβのくせにα偽装薬を使い、純血の家系を維持するための道具として自分を選んだだけ。愛などなかった。
「はい、父上。万全です。アルト伯爵には感謝しております」
内心で嘲笑った。
もうその罠には引っかからない。アルトの秘密を暴く証拠を掴み、破談を宣言。それから家を出る。それが第一の計画だ。
だが、エルドの視線は鋭い。αの威圧感が、空気を重くする。
「Ωとして生まれたお前の価値を、忘れるな」
釘を刺すような言葉。リオナは静かに耐えた。前世で、この家で生き延びる術を十分に学んだ。笑顔で受け流し、心に棘を隠す術を……。
食事が終わると、ノエルがそっと耳打ちしてきた。
「リオナ様、今日、王国騎士団のアーヴィン団長が護衛任務で来訪します。結婚式の警備確認だそうですよ。十年前の、あの優しい騎士です」
――アーヴィン・クロード。
心臓が跳ねた。十年前、街で傷を負った幼い自分に、治癒魔法をかけてくれた魔法騎士。黒髪に琥珀の瞳、穏やかな笑みと温かな手。自分を「人間」として見てくれた人。
前世では、彼は結婚式後の魔法戦争で命を落とした。リオナを救おうとして。アルトの裏切りが引き起こした国家反逆事件で。
「……楽しみだな」
リオナはつぶやき、窓辺に視線を移した。外では、馬車が屋敷の門をくぐるのが見えた。黒髪の高身長の男が降り立つ。軍服に身を包み、静かに屋敷を見上げる姿。変わらない、穏やかな眼差し。
二度目の人生。再び出会う運命。
だが今度は、誰かの道具ではなく。愛を知らないまま死ぬのは、もう嫌だ。自分で選び取る。
窓から差し込む朝陽が、白銀の髪を輝かせる。新しい朝が、静かに始まった。
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