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心を重ねて
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怜司が「親族会合」という名の戦場へ向かうため、一泊の出張に出ることになった。
数日前までは、彼が少しでもそばを離れることに、胸の奥がざわついていた。一人で過ごす夜の静寂が、どうしようもなく怖かった。
だけど、今はもう違う。あの図書館で、そしてこの部屋で交わした言葉が、お守りのように胸の中にある。彼が帰ってきたときには、きっと笑顔で「おかえり」と言える。そう、信じられた。
そんなことを考えているうちに、時間は静かに過ぎていく。ふと時計を見れば、もう夜の10時を回っていた。
「そろそろ寝ないと……」
一人きりのキングサイズのベッドは、やはり少し広すぎる。シーツにくるまり、彼の残り香を探すように深く息を吸い込んだ。その時、枕元のスマホが静かに震えた。
「……怜司、さん?」
画面に灯った通知に、心臓が小さく跳ねる。そこに映し出されたのは、紛れもなく怜司からのメッセージだった。
『今、ホテルに着いた。君のことが気になって、少しだけメッセージを送った。もう眠っているか?』
その文字の羅列を見た瞬間、胸の奥から温かいものが込み上げてくる。あんなに強く、冷徹に見えた男が、激務の合間に、ただ俺を気遣って連絡をくれた。その事実が、たまらなく愛おしい。照れくささと嬉しさで、メッセージを返す指先が少しだけ震えた。
『まだ起きてます。お疲れ様です。ちゃんと休んでくださいね』
送信ボタンを押すと、すぐに返信が来た。既読の文字がつくかどうかの、ほんの一瞬の間。
『ああ。だが、君が待っていると思うと、少しでも早く帰りたくなる』
その言葉に、心臓がぎゅっと掴まれたように高鳴った。無意識に、スマホを胸に抱きしめたまま、目を閉じて深く息をつく。
「……俺も、怜司さんに会いたいな」
ぽつりと、誰に聞かせるでもなく呟いた、その瞬間だった。
静まり返っていた部屋の外から、カチャリ、と微かな鍵の開く音がした。まさか、とベッドから飛び起き、恐る恐るリビングへと続くドアを開ける。そこに立っていたのは、ついさっきメッセージを交わしたばかりの、怜司だった。
「……か、帰ってきたの?」
驚きで声が上擦る。彼は長旅の疲れも見せず、ただ静かに俺を見つめていた。
「君の寝顔を一目だけでも見たくて、こっそり戻ってきた。……驚かせて、すまない」
その目を見つめた瞬間、なぜだか急に、言葉が出てこなくなった。思えば、怜司と過ごしてきた時間の中で、こうして何の制約もなく、ただ二人きりの夜を過ごすのは初めてだ。その空気がなんだか心地よくて、同時に心臓が早鐘を打っていた。
「今日は……なんだか、気持ちが少し、落ち着かなくて」
自分でも驚くほど、素直な言葉がこぼれた。そんな俺の様子に、怜司は静かに近づいてきて、心配そうに顔を覗き込んだ。
「翔太……何かあったのか?」
その優しい眼差しに、つい目をそらしてしまう。
「ううん、何も……。ただ、怜司さんといると、まだ、なんだか気を使いすぎてる気がして。もっと自然に、普通に、一緒にいたいって……そう、思うんだ」
その言葉に、怜司の表情がふっと和らいだ。それは、パーティー会場で見せた完璧な微笑みとは違う、心の底からの、柔らかな笑みだった。
「君らしくいればいい。俺の前で、無理をする必要はない」
その微笑みを見た瞬間、俺の胸の奥が強く締めつけられる。彼の優しさに包まれるような感覚が、心の奥底にこびりついていた不安を、根こそぎ吹き飛ばしてくれた。そして、怜司はそっと顔を近づけてきた。
「翔太、君は何も心配しなくていい。俺がいるから」
その一言に、もう何も言えなくなってしまった。彼の瞳を見ていると、自然に、当たり前のように、気持ちが重なっていくのがわかる。
そのまま、怜司はゆっくりと俺の顔を引き寄せた。
少しだけ触れるように唇が重なり、最初は戸惑うように、ただ優しく触れ合うだけ。
けれど、その優しさが、互いの呼吸と共に、どんどん熱を帯びていく。どちらからともなく求めるように、最後には少し強く、でもどこか壊れ物を扱うように慎重に、キスが深まっていく。
そのキスを通して、初めてお互いの心が、本当に一つに繋がった気がした。
「……こんなにも、心が通じ合うことがあるんだな」
怜司が、ほんの少し唇を離し、目を閉じたまま、感極まったようにそう言った。その言葉に、翔太は黙って頷くことしかできなかった。
やがて、怜司はふっと目を開けると、慈しむような瞳で俺を見つめて言った。
「今日、家の会合で、君とのことについても、色々と言われたよ。だが……俺の答えは変わらない。誰に何を言われようと、俺は君を手放すつもりはない」
その言葉に、胸が締めつけられると同時に、強い覚悟を感じた。
でも怜司は、それ以上何も言わなかった。どれほどの代償を払ったのか、どんな言葉で一族と対峙したのかも語らず、ただ静かに微笑んでいる。その優しさが、かえって胸を打った。俺のために、何かを失ったのかもしれない。犠牲にしたのかもしれない。
でも、それを感じ取った今……もう、逃げるのはやめようと決めた。
何も言わずに、ただお互いの気持ちがひとつになったことを確かめるように、再び唇を重ねる。
それは、仮初めでも、契約でもない。
ただ、一人の人間として、もう一人の人間を求める、純粋で、切実な想いの交錯だった。
数日前までは、彼が少しでもそばを離れることに、胸の奥がざわついていた。一人で過ごす夜の静寂が、どうしようもなく怖かった。
だけど、今はもう違う。あの図書館で、そしてこの部屋で交わした言葉が、お守りのように胸の中にある。彼が帰ってきたときには、きっと笑顔で「おかえり」と言える。そう、信じられた。
そんなことを考えているうちに、時間は静かに過ぎていく。ふと時計を見れば、もう夜の10時を回っていた。
「そろそろ寝ないと……」
一人きりのキングサイズのベッドは、やはり少し広すぎる。シーツにくるまり、彼の残り香を探すように深く息を吸い込んだ。その時、枕元のスマホが静かに震えた。
「……怜司、さん?」
画面に灯った通知に、心臓が小さく跳ねる。そこに映し出されたのは、紛れもなく怜司からのメッセージだった。
『今、ホテルに着いた。君のことが気になって、少しだけメッセージを送った。もう眠っているか?』
その文字の羅列を見た瞬間、胸の奥から温かいものが込み上げてくる。あんなに強く、冷徹に見えた男が、激務の合間に、ただ俺を気遣って連絡をくれた。その事実が、たまらなく愛おしい。照れくささと嬉しさで、メッセージを返す指先が少しだけ震えた。
『まだ起きてます。お疲れ様です。ちゃんと休んでくださいね』
送信ボタンを押すと、すぐに返信が来た。既読の文字がつくかどうかの、ほんの一瞬の間。
『ああ。だが、君が待っていると思うと、少しでも早く帰りたくなる』
その言葉に、心臓がぎゅっと掴まれたように高鳴った。無意識に、スマホを胸に抱きしめたまま、目を閉じて深く息をつく。
「……俺も、怜司さんに会いたいな」
ぽつりと、誰に聞かせるでもなく呟いた、その瞬間だった。
静まり返っていた部屋の外から、カチャリ、と微かな鍵の開く音がした。まさか、とベッドから飛び起き、恐る恐るリビングへと続くドアを開ける。そこに立っていたのは、ついさっきメッセージを交わしたばかりの、怜司だった。
「……か、帰ってきたの?」
驚きで声が上擦る。彼は長旅の疲れも見せず、ただ静かに俺を見つめていた。
「君の寝顔を一目だけでも見たくて、こっそり戻ってきた。……驚かせて、すまない」
その目を見つめた瞬間、なぜだか急に、言葉が出てこなくなった。思えば、怜司と過ごしてきた時間の中で、こうして何の制約もなく、ただ二人きりの夜を過ごすのは初めてだ。その空気がなんだか心地よくて、同時に心臓が早鐘を打っていた。
「今日は……なんだか、気持ちが少し、落ち着かなくて」
自分でも驚くほど、素直な言葉がこぼれた。そんな俺の様子に、怜司は静かに近づいてきて、心配そうに顔を覗き込んだ。
「翔太……何かあったのか?」
その優しい眼差しに、つい目をそらしてしまう。
「ううん、何も……。ただ、怜司さんといると、まだ、なんだか気を使いすぎてる気がして。もっと自然に、普通に、一緒にいたいって……そう、思うんだ」
その言葉に、怜司の表情がふっと和らいだ。それは、パーティー会場で見せた完璧な微笑みとは違う、心の底からの、柔らかな笑みだった。
「君らしくいればいい。俺の前で、無理をする必要はない」
その微笑みを見た瞬間、俺の胸の奥が強く締めつけられる。彼の優しさに包まれるような感覚が、心の奥底にこびりついていた不安を、根こそぎ吹き飛ばしてくれた。そして、怜司はそっと顔を近づけてきた。
「翔太、君は何も心配しなくていい。俺がいるから」
その一言に、もう何も言えなくなってしまった。彼の瞳を見ていると、自然に、当たり前のように、気持ちが重なっていくのがわかる。
そのまま、怜司はゆっくりと俺の顔を引き寄せた。
少しだけ触れるように唇が重なり、最初は戸惑うように、ただ優しく触れ合うだけ。
けれど、その優しさが、互いの呼吸と共に、どんどん熱を帯びていく。どちらからともなく求めるように、最後には少し強く、でもどこか壊れ物を扱うように慎重に、キスが深まっていく。
そのキスを通して、初めてお互いの心が、本当に一つに繋がった気がした。
「……こんなにも、心が通じ合うことがあるんだな」
怜司が、ほんの少し唇を離し、目を閉じたまま、感極まったようにそう言った。その言葉に、翔太は黙って頷くことしかできなかった。
やがて、怜司はふっと目を開けると、慈しむような瞳で俺を見つめて言った。
「今日、家の会合で、君とのことについても、色々と言われたよ。だが……俺の答えは変わらない。誰に何を言われようと、俺は君を手放すつもりはない」
その言葉に、胸が締めつけられると同時に、強い覚悟を感じた。
でも怜司は、それ以上何も言わなかった。どれほどの代償を払ったのか、どんな言葉で一族と対峙したのかも語らず、ただ静かに微笑んでいる。その優しさが、かえって胸を打った。俺のために、何かを失ったのかもしれない。犠牲にしたのかもしれない。
でも、それを感じ取った今……もう、逃げるのはやめようと決めた。
何も言わずに、ただお互いの気持ちがひとつになったことを確かめるように、再び唇を重ねる。
それは、仮初めでも、契約でもない。
ただ、一人の人間として、もう一人の人間を求める、純粋で、切実な想いの交錯だった。
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