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君の隣で見る未来
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あの夜、怜司とのキスがあってから、翔太の心は穏やかな海と荒れ狂う嵐を同時に抱えているようだった。
翌朝、目を覚ましたとき、胸の中に残っていたのは昨夜の確かな感覚だった。唇に触れた熱、背中を支えてくれた腕の力強さ、そして、静かな寝室に響いた、互いの鼓動の音。その一つ一つが、心の奥でじんわりと温かく広がっていく。だが同時に、得体のしれない不安が胸を締め付けた。あのキスが、あの言葉が意味するものの重さを、自分はまだ本当の意味で理解できていないからだ。
「どうして、あんなこと……」
翔太はぼんやりとカーテンの隙間から差し込む朝日を見つめながら、心の中でつぶやいた。怜司といると、自然に自分が笑顔になれる。何気ない瞬間にも、今まで感じたことのないような安らぎを覚える。でも、それだけではない。その先に何が待っているのか、まだ掴みきれない部分があることに気づいていた。
……そうだ、俺はまだ、彼を、そして自分自身を、完全に信じきれていないんだ。
目を閉じると、あの夜のことが鮮明に浮かんでくる。怜司の瞳に宿っていた、強い決意の光。
「君を手放すつもりはない」と告げた声の、微かな震え。自分が心のどこかで感じているこの温かいものを、彼に正直に伝えることができるのか?
そして、もし伝えたときに、彼はどう思うのか……その答えが、まだ少しだけ怖かった。
その時、部屋のドアが軽くノックされ、怜司の穏やかな声が聞こえた。
「翔太、朝食ができた。来れるか?」
その声が、いつもと変わらない優しく力強いものであることに安堵すると同時に、少しだけ胸がドキッとする。翔太は深く息を吸い込み、昨夜までの自分に別れを告げるように、ゆっくりと立ち上がった。
「うん、今、行く」
キッチンに向かうと、怜司が柔らかな朝陽の中で、静かに微笑んで待っていた。
「おはよう、怜司さん」
「おはよう、翔太。よく眠れたか?」
食卓に並べられた温かいスープと焼きたてのパンを見ながら、翔太は無意識に怜司を見つめる。
彼が普段、鷹城家の後継者として纏っている冷徹な鎧と、今、目の前で優しさを見せる素顔が、翔太の中で少しずつ重なっていく。
「……ねえ、怜司さん」
思わず口を開くと、怜司はコーヒーカップを置き、まっすぐに翔太を見つめ返した。
「どうした?」
「俺……正直、最初は怜司さんのこと、ちょっと怖いって思ってたんだ」
その言葉に怜司は一瞬、虚を突かれたように目を見開いたが、すぐにその表情を引き締めて問い返した。
「怖い、か」
翔太は少し恥ずかしそうに目をそらしながら、正直な気持ちを言葉にした。
「うん。だって、いつも完璧で、冷静で、何を考えてるか全然わからなかったから。でも、今は……それが少しだけ、わかるような気がしてる。怜司さんがどうしてあんなに強くて、時に冷たく見えるのか。それは全部、そうやって自分自身と、守りたいものを守るために、ずっと一人で戦ってきたからなんだって、なんとなく感じるんだ」
怜司はしばらく黙って翔太の顔を見つめていた。その瞳には、驚きと、戸惑いと、そして何か愛おしいものを見るような、複雑な色が浮かんでいた。やがて、彼は静かに口を開いた。
「……翔太。俺は、君にだけは、自分の弱いところを見せたくないと思っていた。君の前では、常に完璧なアルファでいなければならないと。でも、君とこうして過ごしていると、少しずつその鎧が崩れていくのを感じる。君が思っているほど、俺は強い人間じゃないんだ」
その告白に、翔太の胸がぎゅっと締めつけられる。彼が初めて見せた、弱さの欠片。それは、翔太がずっと触れたいと願っていた、彼の本当の心だった。
「でも、俺は……そんな怜司さんが、好きだよ」
翔太は、ほとんど無意識にその言葉を口にしていた。言ってしまってから、自分の大胆さに心臓が跳ね上がる。その瞬間、怜司は息を呑むように目を見開き、そしてすぐに、堪えきれないといった様子で、優しく、幸せそうに微笑んだ。
「ありがとう、翔太」
その言葉と笑顔に、翔太は胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。そして、そのまま静かな時間が流れる中で、二人の心が少しずつ、でも確実に、同じ場所へと重なり合っていく。
その日、翔太は初めて、怜司の圧倒的な力強さだけではなく、その背後にある優しさや、脆さ、そして孤独を感じることができた。
そして、強く思った。彼を支える力になりたい、と。この社会で「劣等オメガ」として生きてきた自分に何ができるかはわからない。でも、この人と同じ未来を見たい。そのために自分にできることがあるのなら、少しずつでも、彼と一緒に歩んでいけたらいい……そんな確かな気持ちが、心の中で、はっきりと芽生えていた。
翌朝、目を覚ましたとき、胸の中に残っていたのは昨夜の確かな感覚だった。唇に触れた熱、背中を支えてくれた腕の力強さ、そして、静かな寝室に響いた、互いの鼓動の音。その一つ一つが、心の奥でじんわりと温かく広がっていく。だが同時に、得体のしれない不安が胸を締め付けた。あのキスが、あの言葉が意味するものの重さを、自分はまだ本当の意味で理解できていないからだ。
「どうして、あんなこと……」
翔太はぼんやりとカーテンの隙間から差し込む朝日を見つめながら、心の中でつぶやいた。怜司といると、自然に自分が笑顔になれる。何気ない瞬間にも、今まで感じたことのないような安らぎを覚える。でも、それだけではない。その先に何が待っているのか、まだ掴みきれない部分があることに気づいていた。
……そうだ、俺はまだ、彼を、そして自分自身を、完全に信じきれていないんだ。
目を閉じると、あの夜のことが鮮明に浮かんでくる。怜司の瞳に宿っていた、強い決意の光。
「君を手放すつもりはない」と告げた声の、微かな震え。自分が心のどこかで感じているこの温かいものを、彼に正直に伝えることができるのか?
そして、もし伝えたときに、彼はどう思うのか……その答えが、まだ少しだけ怖かった。
その時、部屋のドアが軽くノックされ、怜司の穏やかな声が聞こえた。
「翔太、朝食ができた。来れるか?」
その声が、いつもと変わらない優しく力強いものであることに安堵すると同時に、少しだけ胸がドキッとする。翔太は深く息を吸い込み、昨夜までの自分に別れを告げるように、ゆっくりと立ち上がった。
「うん、今、行く」
キッチンに向かうと、怜司が柔らかな朝陽の中で、静かに微笑んで待っていた。
「おはよう、怜司さん」
「おはよう、翔太。よく眠れたか?」
食卓に並べられた温かいスープと焼きたてのパンを見ながら、翔太は無意識に怜司を見つめる。
彼が普段、鷹城家の後継者として纏っている冷徹な鎧と、今、目の前で優しさを見せる素顔が、翔太の中で少しずつ重なっていく。
「……ねえ、怜司さん」
思わず口を開くと、怜司はコーヒーカップを置き、まっすぐに翔太を見つめ返した。
「どうした?」
「俺……正直、最初は怜司さんのこと、ちょっと怖いって思ってたんだ」
その言葉に怜司は一瞬、虚を突かれたように目を見開いたが、すぐにその表情を引き締めて問い返した。
「怖い、か」
翔太は少し恥ずかしそうに目をそらしながら、正直な気持ちを言葉にした。
「うん。だって、いつも完璧で、冷静で、何を考えてるか全然わからなかったから。でも、今は……それが少しだけ、わかるような気がしてる。怜司さんがどうしてあんなに強くて、時に冷たく見えるのか。それは全部、そうやって自分自身と、守りたいものを守るために、ずっと一人で戦ってきたからなんだって、なんとなく感じるんだ」
怜司はしばらく黙って翔太の顔を見つめていた。その瞳には、驚きと、戸惑いと、そして何か愛おしいものを見るような、複雑な色が浮かんでいた。やがて、彼は静かに口を開いた。
「……翔太。俺は、君にだけは、自分の弱いところを見せたくないと思っていた。君の前では、常に完璧なアルファでいなければならないと。でも、君とこうして過ごしていると、少しずつその鎧が崩れていくのを感じる。君が思っているほど、俺は強い人間じゃないんだ」
その告白に、翔太の胸がぎゅっと締めつけられる。彼が初めて見せた、弱さの欠片。それは、翔太がずっと触れたいと願っていた、彼の本当の心だった。
「でも、俺は……そんな怜司さんが、好きだよ」
翔太は、ほとんど無意識にその言葉を口にしていた。言ってしまってから、自分の大胆さに心臓が跳ね上がる。その瞬間、怜司は息を呑むように目を見開き、そしてすぐに、堪えきれないといった様子で、優しく、幸せそうに微笑んだ。
「ありがとう、翔太」
その言葉と笑顔に、翔太は胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。そして、そのまま静かな時間が流れる中で、二人の心が少しずつ、でも確実に、同じ場所へと重なり合っていく。
その日、翔太は初めて、怜司の圧倒的な力強さだけではなく、その背後にある優しさや、脆さ、そして孤独を感じることができた。
そして、強く思った。彼を支える力になりたい、と。この社会で「劣等オメガ」として生きてきた自分に何ができるかはわからない。でも、この人と同じ未来を見たい。そのために自分にできることがあるのなら、少しずつでも、彼と一緒に歩んでいけたらいい……そんな確かな気持ちが、心の中で、はっきりと芽生えていた。
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