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第五章:国を救う予言
第二十話:王の番の務め
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ユリアンが覚悟を決めてグレンに「お手伝いできることはありませんか」と頭を下げた翌日から彼の日々は一変した。
まず任されたのは、王都や麓の被災した村々への視察と支援活動だった。
ライオネルの不在という現実に城の空気は重く沈み、人々もまた不安を隠せずにいた。
だが王都とその周辺には、少しずつ建国祭の名残の華やぎと復興へのささやかな息吹が戻りつつあった。
ユリアンは、護衛の騎士とともに山麓の復興村を幾つも訪れた。
倒壊した家屋、泥まみれの仮設小屋、寒さと飢えに耐える人々。
王家の番としての肩書を持つユリアンだが、彼は身分を隠すこと無く、誰よりも素直に人々の輪の中へ入っていった。
「王の番様が、わざわざ……」
「坊っちゃん、こっちで鍋、手伝ってくれ!」
最初は「お飾りの番が何をしに」とささやく者もいた。
しかし、ユリアンは炊き出しや草刈り、怪我人の手当てまですべての作業を黙々とこなし、夜には縫い物をしたり、子供たちの話し相手にもなった。
わからないことは素直に「教えてください」と頭を下げ、子供に「こうやるんだよ」と教えてあげ、村の老婆の昔話に耳を傾け、持参した薬草を手渡したりした。
その美しい容貌は泥と汗で汚れていたが、瞳の輝きは少しも失われていない。その真摯な姿は人々に不思議な安らぎを与え、ユリアンの言葉は少しずつ村の空気をほぐし、やがて彼の行動は王の番という傲慢さでも見せかけの同情でもなく、心から人々の苦しみに寄り添う眩しさとなって場を明るくしていった。
王都に戻ると、城の中でもユリアンの評判は変わりつつあった。
「泥だらけで奉仕活動を?」
「身分を下げる真似をして……」
そんな陰口も、宰相グレンが「王の番の新たな役割」として公然と支持を表明したことで、やがて小さな賞賛に変わっていく。
夜、静かな自室に戻ったユリアンは考えた。
(誰かを待つΩでいるだけではない。自分の意志で、王と、王国を守る者になる――これが、王の隣を許された番の努めなのだ)
しばらくして、評判は王宮内にとどまらず大神官セラフィオの耳にも届いた。
「あの星の動きが、まさに今運命を動き出させておるのだ」と静かに語るセラフィオ。
数日後。ユリアンが視察を終えて城に戻ると、グレンが神妙な顔で迎えた。
「ユリアン様、大神官セラフィオが、すぐお目にかかりたいと申しています」
「大神官が……?」
ユリアンは再びセラフィオに呼ばれ、神殿の奥へ足を運んだ。
これまで書庫や祭壇には入ったことがあったが、今回案内されたのは、歴代の王と番しか立ち入れない最奥の聖域だった。
胸の奥がざわつきつつも、ユリアンは神殿の奥、入ることを許された聖域へと向かった。
神聖な空気。光と影の交錯する奥の間。
そこには壁一面に古代の象形文字と壮麗な壁画が描かれていた。
セラフィオは以前よりもはるかに真剣な面持ちで、壁画や古文書とともに「王の真の番」であること、そして古代の予言に関する秘密を丁寧に語り始めた。
「この壁画は、初代獣王と、その番の姿を写し取ったものです」
セラフィオが低い声で言った。
黄金の鬣の獅子に寄り添う、中性的な人物。
――全ての王家と番のはじまりを示す伝説絵図だ。
そして、壁の古代文字をゆっくりと指でなぞる。
「ここに、王国草創以来の予言が刻まれています。
『国に大いなる災いが訪れし時、真の獣王は唯一の番と結ばれる。その番は癒しの力を持ち、王の荒ぶる獣を鎮め、そして血と魂をもって国を救うであろう』」
「血と魂をもって……?」
その不吉な響きに、ユリアンの喉がひゅっと鳴った。それは、ただ力を貸すだけではない、自己犠牲を強いるかのような言葉だった。体が震えた。
癒やしの力。王だけが理性を保てる存在。すべてが、自分の持つ特別な能力と重なる。
「……僕が、予言の唯一の番……?」
白髪の大神官は、きっぱりと頷き、深く頭を垂れる。
「ゆえに、あなた様こそがこの国と王を救う真の番であると、儀式により証明できます。
どうか、この国を、その力でお守りください」
(ライオネル様を、この国を守れるのなら)
たとえこの身がどうなろうとも。その覚悟が、ユリアンの背を押した。人質としてではない。国を愛し、王を愛し、その未来を守る責任をもつ者として。
ユリアンは、聖なる場で迷いを捨てる。
「……僕で良いなら、できる限りのことをしたい。――僕に、何をすればいいのか、教えてください」
こうして、運命の儀式――真の番であることを証明する大いなる試練への道が、静かに、しかし確かに幕を開けたのだった。
まず任されたのは、王都や麓の被災した村々への視察と支援活動だった。
ライオネルの不在という現実に城の空気は重く沈み、人々もまた不安を隠せずにいた。
だが王都とその周辺には、少しずつ建国祭の名残の華やぎと復興へのささやかな息吹が戻りつつあった。
ユリアンは、護衛の騎士とともに山麓の復興村を幾つも訪れた。
倒壊した家屋、泥まみれの仮設小屋、寒さと飢えに耐える人々。
王家の番としての肩書を持つユリアンだが、彼は身分を隠すこと無く、誰よりも素直に人々の輪の中へ入っていった。
「王の番様が、わざわざ……」
「坊っちゃん、こっちで鍋、手伝ってくれ!」
最初は「お飾りの番が何をしに」とささやく者もいた。
しかし、ユリアンは炊き出しや草刈り、怪我人の手当てまですべての作業を黙々とこなし、夜には縫い物をしたり、子供たちの話し相手にもなった。
わからないことは素直に「教えてください」と頭を下げ、子供に「こうやるんだよ」と教えてあげ、村の老婆の昔話に耳を傾け、持参した薬草を手渡したりした。
その美しい容貌は泥と汗で汚れていたが、瞳の輝きは少しも失われていない。その真摯な姿は人々に不思議な安らぎを与え、ユリアンの言葉は少しずつ村の空気をほぐし、やがて彼の行動は王の番という傲慢さでも見せかけの同情でもなく、心から人々の苦しみに寄り添う眩しさとなって場を明るくしていった。
王都に戻ると、城の中でもユリアンの評判は変わりつつあった。
「泥だらけで奉仕活動を?」
「身分を下げる真似をして……」
そんな陰口も、宰相グレンが「王の番の新たな役割」として公然と支持を表明したことで、やがて小さな賞賛に変わっていく。
夜、静かな自室に戻ったユリアンは考えた。
(誰かを待つΩでいるだけではない。自分の意志で、王と、王国を守る者になる――これが、王の隣を許された番の努めなのだ)
しばらくして、評判は王宮内にとどまらず大神官セラフィオの耳にも届いた。
「あの星の動きが、まさに今運命を動き出させておるのだ」と静かに語るセラフィオ。
数日後。ユリアンが視察を終えて城に戻ると、グレンが神妙な顔で迎えた。
「ユリアン様、大神官セラフィオが、すぐお目にかかりたいと申しています」
「大神官が……?」
ユリアンは再びセラフィオに呼ばれ、神殿の奥へ足を運んだ。
これまで書庫や祭壇には入ったことがあったが、今回案内されたのは、歴代の王と番しか立ち入れない最奥の聖域だった。
胸の奥がざわつきつつも、ユリアンは神殿の奥、入ることを許された聖域へと向かった。
神聖な空気。光と影の交錯する奥の間。
そこには壁一面に古代の象形文字と壮麗な壁画が描かれていた。
セラフィオは以前よりもはるかに真剣な面持ちで、壁画や古文書とともに「王の真の番」であること、そして古代の予言に関する秘密を丁寧に語り始めた。
「この壁画は、初代獣王と、その番の姿を写し取ったものです」
セラフィオが低い声で言った。
黄金の鬣の獅子に寄り添う、中性的な人物。
――全ての王家と番のはじまりを示す伝説絵図だ。
そして、壁の古代文字をゆっくりと指でなぞる。
「ここに、王国草創以来の予言が刻まれています。
『国に大いなる災いが訪れし時、真の獣王は唯一の番と結ばれる。その番は癒しの力を持ち、王の荒ぶる獣を鎮め、そして血と魂をもって国を救うであろう』」
「血と魂をもって……?」
その不吉な響きに、ユリアンの喉がひゅっと鳴った。それは、ただ力を貸すだけではない、自己犠牲を強いるかのような言葉だった。体が震えた。
癒やしの力。王だけが理性を保てる存在。すべてが、自分の持つ特別な能力と重なる。
「……僕が、予言の唯一の番……?」
白髪の大神官は、きっぱりと頷き、深く頭を垂れる。
「ゆえに、あなた様こそがこの国と王を救う真の番であると、儀式により証明できます。
どうか、この国を、その力でお守りください」
(ライオネル様を、この国を守れるのなら)
たとえこの身がどうなろうとも。その覚悟が、ユリアンの背を押した。人質としてではない。国を愛し、王を愛し、その未来を守る責任をもつ者として。
ユリアンは、聖なる場で迷いを捨てる。
「……僕で良いなら、できる限りのことをしたい。――僕に、何をすればいいのか、教えてください」
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