【完結】獣王の番

なの

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第五章:国を救う予言

第二十一話:聖なる儀式

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予言の番――そのあまりにも重い事実に、ユリアンは数日間、思い悩んだ。

自分に、本当に国を救うことなどできるのだろうか……。ライオネルの苦しみを取り除くことはできても、予言に記された「大いなる災い」とは、一体何なのか。暗闇の中を手探りで進むような不安が、彼の心を苛んだ。

ユリアンは、意を決して宰相グレンに全てを打ち明けた。

グレンは、神殿に古くから伝わる予言の存在は知っていたが、それがこれほど具体的なものであること、そして、ユリアンこそがその番である可能性が高いことに、驚きを隠せない様子だった。

「……にわかには、信じがたい話です。ですが、大神官様がそこまで仰るのであれば、まずはその『古の儀式』とやらで、真偽を確かめる必要がありましょう」

グレンは、冷静にそう判断した。

数日後、王城の最も神聖な場所である「月の祭壇」で、予言の真偽を確かめる儀式が、ごく内密に執り行われることになった。
立ち会うのは、大神官セラフィオ、宰相グレン、そして数名の神官と近衛騎士だけ。

月光だけが銀の筋となって降り注ぐ、円形の祭壇。
その中央に、ユリアンは一人で立った。ひんやりとした石の感触が、足の裏から伝わってくる。彼の目の前には、初代獣王が使ったとされる、夜の闇を固めたような黒曜石の杯が置かれている。

「ユリアン様。その杯に、あなた様の血を一滴、垂らしてください」

セラフィオの厳粛な声が、静寂の中に響き渡った。

「もし、あなた様が真の番であれば、その血は聖なる光を放ち、祭壇に刻まれた古の紋様を輝かせるでしょう」

ユリアンは、こくりと頷くと、渡された小さな銀のナイフで、自らの指先をわずかに傷つけた。
ぷくり、と浮かんだ赤い血の玉。それを、彼は震える手で、杯の中へと落とした。

その瞬間だった。
杯の中の血が、まるで生き物のように脈打ち、まばゆい黄金の光を放ち始めたのだ。
光は、杯から溢れ出すと、祭壇の床を走る溝を伝って、瞬く間に祭壇全体へと広がっていく。そして、床に刻まれていた複雑な紋様が、次々と光を帯びて浮かび上がった。
それは、勇壮な獅子と、それに寄り添う星々を描いた、美しい紋様だった。

「おお……!予言は、真であったか……!」

セラフィオが、感極まったように声を上げる。グレンも、目の前で起きた奇跡に、息を呑んでいた。
黄金の光は、やがて一本の光の柱となり、天へと昇っていく。そのあまりに神々しい光景に、その場にいた誰もが、ひざまずき、頭を垂れた。

光の中心に立つユリアンは、不思議な感覚に包まれていた。
体の奥底から、温かい力が湧き上がってくるのを感じる。それは、これまで感じたことのない、強大で、そして清らかな力。その温もりは、まるで遠く離れたライオネルの心臓の鼓動と共鳴し、二人の運命が確かに結びついていることを伝えているかのようだった。ユリアンの脳裏に、これから訪れるであろう災厄の光景と、それに毅然と立ち向かう王と自分の姿が、幻のように一瞬映し出される。それは、神々が直接語りかけ、進むべき道を示しているかのような、神秘的な体験であった。

自分は、本当に、この国を救うための存在なのだと、魂のレベルで理解した。

儀式が終わり、祭壇の光が静まると、セラフィオはユリアンに深々と頭を下げた。

「ユリアン様。あなた様こそが、我らが待ち望んだ、救世主です」

その言葉は、もはや疑いようのない事実として、その場にいた全ての者の胸に刻まれた。
宰相グレンもまた、ユリアンの前に進み出ると、騎士の礼をとって片膝をついた。

「ユリアン様。これまでのご無礼、幾重にもお詫び申し上げます。このグレン、今この時より、あなた様に忠誠を誓い、王の番として、お仕えいたします」

「……顔を上げてください、宰相閣下」

ユリアンは、戸惑いながらも、彼に立つよう促した。自分を「人質」として見ていた男が、今は「救世主」として跪いている。その変化に、彼の心はついていかない。
重圧が、ずしりと両肩にのしかかるようだった。

「僕にはまだ、何をすべきか分かりません。どうか、あなたの知恵をお貸しください」

「はっ。なんなりとお申し付けください」

ユリアンが予言の番であるという事実は、すぐさま城の上層部に伝えられた。
これまでユリアンをただの人質としか見ていなかった大臣たちも手のひらを返したように彼に敬意を払い、その指示を仰ぐようになる。

ユリアンは、グレンやセラフィオと協議を重ね、まずはライオネルを王都に呼び戻すことを決めた。
国に迫るという「大いなる災い」が何であるかはまだ分からない。だが、それに立ち向かうには、王の力が必要不可欠だ。

「ですが、陛下は自らの意志で辺境へ向かわれました。我々が呼び戻したところで、素直に応じてくださるかどうか……」

グレンが、懸念を口にする。ライオネルの頑固さは、彼が一番よく知っていた。

「……手紙を、書きます」

ユリアンが、静かに言った。

「僕自身の言葉で、彼に帰って来てほしいと、伝えます」

その夜、ユリアンは自室で一人、灯火の下、羊皮紙に向かった。
予言の番として、公の言葉を綴ろうとして、何度も筆を止める。
書き直し丸めては捨て、床には失敗した羊皮紙の山ができた。やがて彼は、そんな体裁を取り繕うことをやめた。ただ、一人のユリアンとして、愛するライオネルへの想いを綴ることにしたのだ。インクに涙が落ちて滲むのも構わず、彼は一心に書き続けた。

『――ライオネル。
どうか帰ってきてください。僕は、ライオネルと一緒にいたい』

その手紙は、最も信頼できる伝令によって、遥か北の砦へと届けられることになった。
ユリアンは、空の彼方を見つめながら、ただひたすらに祈る。
どうか、僕の声が、あなたに届きますように……と。

しかし、その頃。
獣王国の北の国境では、不気味な暗雲が立ち込め始めていた。
隣国セレスタが、和平の条約を一方的に破棄し、国境付近に大軍を集結させているという、不穏な報せが、ライオネルの砦にもたらされようとしていたことを、まだ誰も知らなかった。


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