【完結】獣王の番

なの

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終章:二人の王、そして未来へ

第三十四話:黄金の揺り籠

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数年の月日が流れた。
二人の王が手を取り合って歩み始めた獣王国は、人々の予想を遥かに超える速さで、真の黄金期を迎えていた。

ライオネルが打ち出す大胆な外交政策や内政改革の骨子を、ユリアンがその細やかな気配りで具体的な政策へと落とし込み、民の生活の隅々にまで光を届ける。その完璧なパートナーシップによって、国庫は潤い、争い事は減り、城下にはかつてないほどの活気が満ち溢れていた。

かつてライオネルを苛んでいた「獣化」の発作も、ユリアンという真の番を得てからは、一度も起きていない。力の大部分は失われたとはいえ、彼の心身は、むしろ以前よりもずっと健やかで、満ち足りていた。

そして、二人の間には、新しい宝物が生まれていた。
ある穏やかな日差しが降り注ぐ午後。ライオネルとユリアンは、城の最も陽当たりの良い庭で、穏やかな時間を過ごしていた。

かつてライオネルが心を乱された薬草園も、今は色とりどりの花が咲き誇る、家族の憩いの庭となっている。

ユリアンの膝の上では、父譲りの黄金の髪と、母親譲りの美しい青い瞳を持つ、小さな王子が、すやすやと気持ちよさそうに寝息を立てていた。
二人の愛の結晶であり、この国の未来を担う、新しい命だった。

「……信じられんな」

ライオネルは、我が子の小さな手を、そっと自分の大きな指で包み込みながら、感慨深げに呟いた。その表情は、かつての冷徹な王の面影はなく、ただただ深い愛情に満ちている。

「俺が、父親になるとは。……あんなにも、父のようになることを、恐れていたというのに」

その言葉に、ライオネルの脳裏に、数年前の記憶が鮮やかに蘇る。

ユリアンの妊娠を初めて知ったのは、ある静かな夜のことだった。
二人だけで食事をしていた時、ユリアンがふと顔を青ざめさせ、口元を押さえたのだ。すぐに駆け寄ったライオネルに、彼は少し恥ずかしそうな声で告げた。

「……僕、あなたの子供を、身ごもったかもしれません」

その瞬間、ライオネルの世界は、一度完全に停止した。喜び、驚き、そして、心の奥底にこびりついていた、父への恐怖。全てがごちゃ混ぜになって、どう反応していいか分からなかった。ただ、ユリアンを強く抱きしめることしかできなかった。

それからの日々は、喜びと不安の連続だった。
つわりで苦しむユリアンの背中をさすることしかできない、自らの無力さ。
日に日に大きくなるユリアンのお腹を愛おしく撫でながら、無事に生まれてくる日を祈る、穏やかな時間。
初めて、ぽこり、と腹の中で動く小さな命の胎動を感じた日。二人は喜び合い、その夜は、ただ寄り添って、お腹の子にたくさんの話を聞かせた。

そして、出産の朝。
陣痛に苦しむユリアンの手を、ライオネルはただ、握りしめることしかできなかった。王として、これまで全てを力で支配してきた自分が、これほどまでに無力だと感じたことはない。

「大丈夫だ、ユリアン。俺がついている」

そう繰り返しながら、彼の額に滲む汗を拭う。ユリアンは、痛みに耐えながらも、ライオネルの手を強く握り返した。

「あなたがいるから、怖くありません」

やがて、部屋に響き渡った、力強い産声。
その声を聞いた瞬間、二人は、ただ涙を流した。ライオネルは、生まれて初めて、人前で声を上げて泣いた。

「あなたは、お父上とは違います」

ユリアンは、回想の海から戻ってきたライオネルの心を察したかのように、眠る我が子の柔らかな髪を優しく撫でながら、微笑んだ。

「あなたは、愛する者を信じ、その自由を尊重することができる、誰よりも強く、そして優しい人です。……この子もきっと、あなたのような、素晴らしい王になるでしょう」

その言葉に、ライオネルは、愛しそうにユリアンと、その腕の中の我が子を見つめた。
失ったものは、何もない。自分は、全てを手に入れたのだ。

「ユリアン」

「はい」

「……ありがとう。俺を、見つけ出してくれて。俺を、救ってくれて」

それは、ずっと心の奥底にあった、素直な感謝の言葉だった。

「いいえ。私こそ、あなたに救われました。あなたがいたから、私は、自分の運命を愛することができました」

二人は、言葉もなく、見つめ合う。その視線だけで、互いの全ての想いが伝わっていく。
これからも、きっと様々なことがあるだろう。だが、この三人がいれば、どんな困難も、きっと乗り越えていける。そう、確信できた。

ふと、ユリアンがくすくすと笑い出した。

「どうした?」

「この子が生まれてから、グレン宰相が、前にも増して厳しくなったと思いませんか?『王子がお生まれになったのですから、これまで以上に財政を引き締めねばなりません!』と、毎日書類の山を持ってくるのです」

「はは、あの堅物め。だが、それだけこの国の未来に期待しているということだろう。それに、お前がいれば、どんな難題も解決できる。俺は、特等席で、優秀な王妃の手腕を眺めているさ」

ライオネルが軽口を叩くと、ユリアンは少しだけ頬を膨らませた。

「ずるいですよ。僕ばかり仕事が増えて……。今度、あなたにも手伝っていただきますからね」

「おお、怖いな。聖王様には逆らえん」

膝の上で、王子が身じろぎをし、小さな声で「あー、うー」と喃語を漏らした。そして、小さな手を伸ばし、ライオネルの指をぎゅっと握りしめる。そのあまりの愛おしさに、ライオネルの目元が、ふっと緩んだ。

「……どうやら、この国の未来は、安泰のようだな」

遠くの空に、聖獣である銀翼のグリフォンが、雄大に舞っているのが見えた。それは、まるで、二人の王と、その世継ぎの、輝かしい未来を祝福しているかのようだった。

拒絶から始まった、冷徹な獣王と、運命のΩの物語。
それは、やがて国を救う大きな愛へと変わり、そして今、新しい命へと、その絆は確かに受け継がれていく。

彼らの幸せな日々は、これからも、ずっと、ずっと、続いていくのだ。



(終章 完)


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