【完結】獣王の番

なの

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番外編

過去との和解

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獣王国に、一つの報せがもたらされた。
隣国セレスタより、友好を願う正式な使節団が派遣されるという。
その報せに、城内は静かな緊張に包まれた。

数年前、獣王国を侵略しようとしたあの記憶は、まだユリアンの心の中に残っている。

使節団を率いるのは、かつてユリアンを政略の駒として扱い、その力を奪おうとした兄――ではない。
兄は、紛争の後、全ての権力を失い、今は辺境の地で静かに暮らしていると聞く。

使節団を率いてきたのは、ユリアンにとって、遠い親戚にあたる若い公爵だった。彼は、かつての王家の過ちを正し、二つの国の間に真の友好を築きたいと、切に願っているという。

「……僕が、会います」

謁見の間で、ユリアンは、ライオネルの隣に立ち、凛としてそう告げた。

その言葉に、幾人かの大臣が、懸念の表情を浮かべる。

「しかし、ユリアン様。セレスタは、あなた様にとって、辛い記憶のある国。お心が痛むのでは……」

「過去の憎しみに囚われていては、未来を築くことはできません。僕の故郷でもあるセレスタと、僕の愛するこの国が、手を取り合う未来を僕は見たいのです」

その瞳には、かつて一人で敵陣に乗り込んだ時と同じ強い覚悟の光が宿っていた。

ライオネルは、そんなユリアンの手を、そっと握りしめた。

「お前の思う通りにしろ。俺は、お前を信じている」

その言葉の信頼が、何よりもユリアンの力となった。

数日後、セレスタ国の使節団が、王都に到着した。

――謁見の間。
かつて、ユリアンが絶望の中で王の前に引き出された、その同じ場所で、今、彼は王妃として、故国の使節と対峙していた。

若い公爵は、ユリアンの前に進み出ると、恭しく膝をつき、深く頭を垂れた。

「聖王ユリアン様。この度はお目通りが叶い、光栄の至りに存じます。
過去、我が国が、あなた様と、そして獣王国に対して行ってきた数々の非礼、心よりお詫び申し上げます」

その真摯な謝罪に、ユリアンは静かに頷いた。

「顔を上げてください、公爵。過去は過去。私たちは、未来に目を向けなければなりません」

その日から、ユリアンは、ライオネルやグレンと協議を重ねながら、セレスタ国との交渉に臨んだ。

鉱物資源は豊富だが土地が痩せているセレスタ。
広大で豊かな土地を持つが高度な加工技術に乏しい獣王国。

ユリアンは、両国の長所を組み合わせた、新しい交易協定を提案した。

セレスタの鉱石を獣王国が輸入し、食料や木材を輸出する。さらに、セレスタの職人を獣王国に招き、技術指導を受ける代わりに、獣王国の農業技術をセレスタに提供する。
それは、どちらか一方が利を得るのではなく、両国が共に発展していくための画期的な提案だった。

交渉は、時に難航することもあった。
だが、ユリアンは、粘り強く対話を続けた。
彼の誠実な人柄と、両国の民を想うその真摯な姿勢は、次第にセレスタの使節団の心をも動かしていった。

そして、三ヶ月にわたる交渉の末、ついに、新しい平和友好通商条約が、正式に締結された。

その調印式の日、若い公爵は、ユリアンにそっとこう告げた。

「ユリアン様。あなたは、我がセレスタにとっても、希望の光です。
あなたが架け橋となってくださったことで、我々は、ようやく過去の過ちから、新しい一歩を踏み出すことができます」

その言葉に、ユリアンの胸には、熱いものが込み上げた。

――故郷を捨てたのではない。自分は、二つの国を繋ぐために、ここにいるのだ。

その夜、祝宴を終えた謁見の間で、ユリアンは一人、月明かりに照らされた玉座を眺めていた。

「――見事だったな、ユリアン」

いつの間にか、背後にライオネルが立っていた。

「あなたと、グレン宰相が、支えてくださったおかげです」

「謙遜するな。あのような見事な交渉、俺にはできん。お前の真摯さが、彼らの心を動かしたのだ」

ライオネルは、ユリアンの肩を抱き寄せ、その額に優しく口づけを落とした。

「お前は、もうただの俺の番ではない。この国を、そして大陸の未来を導く、真の王だ」

その言葉が、何よりの褒美だった。
ユリアンは、愛する王の胸に顔をうずめた。

過去の痛みは、消えることはないかもしれない。
だが、その痛みを乗り越え、人は強くなれる。
二つの国が、過去の憎しみを乗り越え、新しい未来へと歩み始めたように。



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