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番外編
大神官の祈り
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獣王国の神殿は、いつにも増して、静寂な空気に満ちていた。
大神官セラフィオは祭壇の前で、静かに目を閉じ祈りを捧げていた。
彼の祈りは、特定の神に向けられたものではない。
この地に息づく全ての生命と、天に輝く星々、そして、彼が長年仕えてきた聖獣たちへと向けられた、感謝と祝福の祈りだった。
(……長き道のりでした)
セラフィオの脳裏に、数年前の光景が鮮やかに蘇る。
隣国から、一人のΩの少年が人質として献上された、あの日。
ライオネルは、父王が番への執着の末に狂った過去に縛られ、自らの運命の番であるユリアンを、頑なに拒絶した。
(あのお方は、あまりにも不器用で、そして、臆病でいらした)
セラフィオは、幼い頃からライオネルを見守ってきた。先王の狂気と、母である王妃の死。その全てを、たった一人で背負い、心を氷の鎧で閉ざしてしまった、孤独な王。
彼の魂が、運命の番であるユリアンを求め激しく叫びを上げているのを、大神官であるセラフィオは、痛いほど感じ取っていた。
だが、運命は、他人が手助けできるほど、単純なものではない。二人が自らの意志で、その手を取り合うその時まで、ただ静かに見守ることしかできなかった。
何度、神殿で聖獣たちに問いかけたことだろう。
あのお二人は、本当に、この国の未来を照らす光となるのでしょうか、と。
聖獣たちは、ただ沈黙し、時の流れを見つめていた。まるで、全てを承知しているかのように。
転機となったのは、セレスタ国の侵攻だった。
ユリアン様が、自らの命を賭して王を、そして国を守ろうとした、あの瞬間。
王もまた、自らの力の全てを投げ打ってでも、ユリアン様を救い出そうとした、あの時。
二つの魂は、ようやく、真の意味で一つに結ばれようとしていた。
セラフィオは、己の身を削り、古の秘術を用いて、二人の命を繋ぎとめた。
それは、大神官として当然の務めだった。だが、それ以上に、彼らを救いたいと、心の底から願ったのだ。この国の未来を、この若き二人に託したい、と。
(……私の役目も、もうすぐ終わる)
セラフィオは、そっと目を開け、祭壇を見上げた。
彼の体は、秘術の代償として、少しずつ、光の粒子となって、この世界に溶け出そうとしている。
それは、大神官として、代々受け継がれてきた宿命だった。
ふと、背後に人の気配を感じ、セラフィオはゆっくりと振り返った。
そこに立っていたのは、ユリアンだった。その腕には、幼いアステル王子が抱かれている。
「セラフィオ様。……お体の具合は、いかがですか?」
ユリアンの声には、隠しきれない憂いの色が滲んでいる。彼は、セラフィオの運命に、気づいているのだ。
「何も、心配はいりませんよ、ユリアン様。
私は、ただ、あるべき場所へ還るだけです。それよりも、アステル王子は、随分と大きくなられましたな」
セラフィオが、優しい笑みを浮かべると、アステルは、きらきらとした青い瞳で、彼を見つめ返した。
そして、おぼつかない足取りで、セラフィオのもとへ歩み寄り、その法衣の裾を、小さな手でぎゅっと掴んだ。
「……おや」
その瞬間、アステルの体から、淡く、しかし、強い黄金の光が放たれ、セラフィオの体を優しく包み込んだ。
それは、獅子の血を引く、次代の王が持つ、生命の輝き。
光が、セラフィオの消えかけていた魂を、そっと繋ぎとめるかのように、温かく流れ込んでくる。
「……これは……」
驚くセラフィオに、ユリアンは、微笑みながら言った。
「この子も、あなたに、まだここにいてほしいと願っているのです。
ライオネルも私も、そして、この国の民も皆、同じ気持ちです」
アステルは、セラフィオを見上げ、きゃっきゃと嬉しそうに笑った。
その純粋な笑顔は、何よりも強い希望の光だった。
(……まだ、もう少しだけ……)
セラフィオは、そっとアステルの頭を撫でた。
もう少しだけ、この温かい世界に、留まることを許されるのかもしれない。
二人の王と、この小さな希望の星が、輝かしい未来を築いていく、その様を、もう少しだけ、見守っていくことを。
セラフィオは、再び祭壇に向き直り、深く、そして、穏やかな祈りを捧げた。
それは、もはや、神々に問いかけるものではない。
自らが愛し、仕えてきた、この国の輝かしい未来そのものに向けられた祝福の祈りだった。
大神官セラフィオは祭壇の前で、静かに目を閉じ祈りを捧げていた。
彼の祈りは、特定の神に向けられたものではない。
この地に息づく全ての生命と、天に輝く星々、そして、彼が長年仕えてきた聖獣たちへと向けられた、感謝と祝福の祈りだった。
(……長き道のりでした)
セラフィオの脳裏に、数年前の光景が鮮やかに蘇る。
隣国から、一人のΩの少年が人質として献上された、あの日。
ライオネルは、父王が番への執着の末に狂った過去に縛られ、自らの運命の番であるユリアンを、頑なに拒絶した。
(あのお方は、あまりにも不器用で、そして、臆病でいらした)
セラフィオは、幼い頃からライオネルを見守ってきた。先王の狂気と、母である王妃の死。その全てを、たった一人で背負い、心を氷の鎧で閉ざしてしまった、孤独な王。
彼の魂が、運命の番であるユリアンを求め激しく叫びを上げているのを、大神官であるセラフィオは、痛いほど感じ取っていた。
だが、運命は、他人が手助けできるほど、単純なものではない。二人が自らの意志で、その手を取り合うその時まで、ただ静かに見守ることしかできなかった。
何度、神殿で聖獣たちに問いかけたことだろう。
あのお二人は、本当に、この国の未来を照らす光となるのでしょうか、と。
聖獣たちは、ただ沈黙し、時の流れを見つめていた。まるで、全てを承知しているかのように。
転機となったのは、セレスタ国の侵攻だった。
ユリアン様が、自らの命を賭して王を、そして国を守ろうとした、あの瞬間。
王もまた、自らの力の全てを投げ打ってでも、ユリアン様を救い出そうとした、あの時。
二つの魂は、ようやく、真の意味で一つに結ばれようとしていた。
セラフィオは、己の身を削り、古の秘術を用いて、二人の命を繋ぎとめた。
それは、大神官として当然の務めだった。だが、それ以上に、彼らを救いたいと、心の底から願ったのだ。この国の未来を、この若き二人に託したい、と。
(……私の役目も、もうすぐ終わる)
セラフィオは、そっと目を開け、祭壇を見上げた。
彼の体は、秘術の代償として、少しずつ、光の粒子となって、この世界に溶け出そうとしている。
それは、大神官として、代々受け継がれてきた宿命だった。
ふと、背後に人の気配を感じ、セラフィオはゆっくりと振り返った。
そこに立っていたのは、ユリアンだった。その腕には、幼いアステル王子が抱かれている。
「セラフィオ様。……お体の具合は、いかがですか?」
ユリアンの声には、隠しきれない憂いの色が滲んでいる。彼は、セラフィオの運命に、気づいているのだ。
「何も、心配はいりませんよ、ユリアン様。
私は、ただ、あるべき場所へ還るだけです。それよりも、アステル王子は、随分と大きくなられましたな」
セラフィオが、優しい笑みを浮かべると、アステルは、きらきらとした青い瞳で、彼を見つめ返した。
そして、おぼつかない足取りで、セラフィオのもとへ歩み寄り、その法衣の裾を、小さな手でぎゅっと掴んだ。
「……おや」
その瞬間、アステルの体から、淡く、しかし、強い黄金の光が放たれ、セラフィオの体を優しく包み込んだ。
それは、獅子の血を引く、次代の王が持つ、生命の輝き。
光が、セラフィオの消えかけていた魂を、そっと繋ぎとめるかのように、温かく流れ込んでくる。
「……これは……」
驚くセラフィオに、ユリアンは、微笑みながら言った。
「この子も、あなたに、まだここにいてほしいと願っているのです。
ライオネルも私も、そして、この国の民も皆、同じ気持ちです」
アステルは、セラフィオを見上げ、きゃっきゃと嬉しそうに笑った。
その純粋な笑顔は、何よりも強い希望の光だった。
(……まだ、もう少しだけ……)
セラフィオは、そっとアステルの頭を撫でた。
もう少しだけ、この温かい世界に、留まることを許されるのかもしれない。
二人の王と、この小さな希望の星が、輝かしい未来を築いていく、その様を、もう少しだけ、見守っていくことを。
セラフィオは、再び祭壇に向き直り、深く、そして、穏やかな祈りを捧げた。
それは、もはや、神々に問いかけるものではない。
自らが愛し、仕えてきた、この国の輝かしい未来そのものに向けられた祝福の祈りだった。
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