遊び人の令嬢が目を付けたのは、私の真面目な婚約者でした

おいどん

文字の大きさ
1 / 6

1

しおりを挟む
美しい庭園を見渡せるように置かれたテーブルを挟み、エリーネとノルトは休日の時間を共に過ごしていた。

「珍しい香りのする紅茶だな」
「隣国から新しく取り寄せた茶葉です。苦みがあって美味しいですよ」

ノルトはティーカップを傾け紅茶を口に含むと、「いいな」と呟いた。
それを聞いて、エリーネは嬉しそうに微笑む。

エリーネ・フォスティアとノルト・ランヴァールの婚約が結ばれたのは、およそ半年前のことだ。
ランヴァール伯爵家の次男で、王立学園の生徒会にも属している優秀なノルトとの婚約は、フォスティア家にとって願ってもない話だった。
家同士が決めた婚約とは言えこうして会いに来てくれる程、ノルトはエリーネに歩み寄ろうとしてくれている。
だからこそエリーネも、それ見合うだけの価値のある婚約者になる必要があった。



「では、また」
「ええ、いつでもお越しください」

落ち着いた声色で短くそう言ったノルトに、エリーネはお手本のようにお辞儀をした。
馬車に乗り遠ざかっていく彼を見送って、エリーネは緊張が解けたように大きく息をつく。

「アンナ、私、大丈夫だったかしら?」

不安そうな顔で聞いてくる自分の主人に、アンナは慣れたように「何の問題もございませんでしたよ」と答える。

「でもまたお仕事の話ばかりだったわ。もっと何か話題があれば…ノルト様の好きなものって何なのかしら」
「聞いてみたらよろしいじゃないですか」
「そうよね…」

誰が見ても、自分はノルトと釣り合ってるとは言えないだろう、とエリーネは思っていた。
身分はもちろん、個人としての能力も高いノルトとは違って、自分には特に目立った特技も、美しさもなかった。
強いて言えば、隣国との取引が多い家に生まれたこともあって、語学に強いということだろうか。
それすらも、学園の中では、というレベルだが。

その自信のなさもあってか、エリーネはノルトが自分のことをどう思っているのか、わからなかった。
彼は感情をわかりやすく表に出す人ではない。
常に落ち着いていて、誰にでも平等に接する。
婚約者として相応に扱ってもらえているが、果たしてそれがエリーネ・フォスティアという人を大事に思っているからかと言われると、肯定するのは躊躇われた。

大きく溜息をついて、階段を上り自室へと向かう。

せめて、伯爵家の婚約者らしい華やかさだけでもあったら良かったのに。



―――――



「エリーネ、おはよう」
「おはよう、ルチア」

登校早々に声をかけてきたのは、エリーネの親友ルチアだった。
いつものように明るい笑顔でエリーネに駆け寄ってくる。

「今日の課題やった?少しわからないところがあって―――」

話し出したルチアの言葉が止まり、エリーネは首を傾げる。
ルチアの視線はエリーネではなく、その先に向いていた。

「―――ベルティーナ様だ。また別の男性といる」

ルチアの向いている方を見ると、そこにはウェーブがかった長い赤髪を揺らしながら、男と腕を組んで楽しそうに歩くベルティーナ・エスペランサの姿があった。
入学時から男の噂の絶えない、所謂遊び人。
だが彼女にはそれを納得させてしまうほどの美貌があった。
あの神秘的なアメジストの瞳で見つめられ、艶やかな赤い唇から誘惑的な言葉を紡がれたら、女であっても胸を掴まれてしまうだろう。

「前から男遊びが豪快ではあったけど、最近特に酷いよね」

ルチアの言う通り、近頃のベルティーナは以前にも増して節操がなかった。
相手を本気にさせて、プレゼントを貢いでもらったり、笑い者にしたり―――そういった情報に疎いエリーネの耳にも、噂が入ってきていた。
とはいえ、所詮住む世界の違う人だ。
いずれ貴族社会で関わることがあったとしても、今は自分が彼女の目に入ることすらないだろう。

「やっぱりあれくらい派手な方が男性は好きなのかなぁ」
「そうね…」
「でも、エリーネは安心よね!」
「え?」
「だってノルト様が、派手な女に惹かれるわけないもん!」
「そう…なのかしら」
「真面目なノルト様と才女のエリーネ!お似合いの二人だよ」

お似合い、と言われて、エリーネは困ったように顔を顰めた。

「そう言ってくれるのは嬉しいけれど、なんだかピンと来ないわ。ノルト様が私をどうお思いなのかわからないし、それに、私も…」

そこまで言って、言葉を濁す。
気持ちがわからないのは、ノルトだけではない。
エリーネ自身も、ノルトをどう思っているのか、自分でもよくわかっていなかった。
彼にふさわしい婚約者であろうとはすれど、所詮は親の決めた婚約。
いつか彼に愛情を感じる日が来るのか―――そもそも、貴族の結婚にそんなことを考える方が間違っているのか。

「もう!自信がないのはエリーネの悪いところ!」

ふざけて怒ったように頬を膨らませるルチアに、エリーネはくすっと笑った。

「さ、教室行こう」

歩き出したルチアの背を追って、エリーネも歩き出す。
遠くの方で、ベルティーナが笑っている声が聞こえた。

あの美しさがあれば、私も自信が持てたのかしら…

彼女の堂々とした振る舞いが、少しだけ羨ましく感じた。





しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

9時から5時まで悪役令嬢

西野和歌
恋愛
「お前は動くとロクな事をしない、だからお前は悪役令嬢なのだ」 婚約者である第二王子リカルド殿下にそう言われた私は決意した。 ならば私は願い通りに動くのをやめよう。 学園に登校した朝九時から下校の夕方五時まで 昼休憩の一時間を除いて私は椅子から動く事を一切禁止した。 さあ望むとおりにして差し上げました。あとは王子の自由です。 どうぞ自らがヒロインだと名乗る彼女たちと仲良くして下さい。 卒業パーティーもご自身でおっしゃった通りに、彼女たちから選ぶといいですよ? なのにどうして私を部屋から出そうとするんですか? 嫌です、私は初めて自分のためだけの自由の時間を手に入れたんです。 今まで通り、全てあなたの願い通りなのに何が不満なのか私は知りません。 冷めた伯爵令嬢と逆襲された王子の話。 ☆別サイトにも掲載しています。 ※感想より続編リクエストがありましたので、突貫工事並みですが、留学編を追加しました。 これにて完結です。沢山の皆さまに感謝致します。

冷遇妃マリアベルの監視報告書

Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。 第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。 そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。 王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。 (小説家になろう様にも投稿しています)

【完結】復讐は計画的に~不貞の子を身籠った彼女と殿下の子を身籠った私

紅位碧子 kurenaiaoko
恋愛
公爵令嬢であるミリアは、スイッチ国王太子であるウィリアムズ殿下と婚約していた。 10年に及ぶ王太子妃教育も終え、学園卒業と同時に結婚予定であったが、卒業パーティーで婚約破棄を言い渡されてしまう。 婚約者の彼の隣にいたのは、同じ公爵令嬢であるマーガレット様。 その場で、マーガレット様との婚約と、マーガレット様が懐妊したことが公表される。 それだけでも驚くミリアだったが、追い討ちをかけるように不貞の疑いまでかけられてしまいーーーー? 【作者よりみなさまへ】 *誤字脱字多数あるかと思います。 *初心者につき表現稚拙ですので温かく見守ってくださいませ *ゆるふわ設定です

[完結]気付いたらザマァしてました(お姉ちゃんと遊んでた日常報告してただけなのに)

みちこ
恋愛
お姉ちゃんの婚約者と知らないお姉さんに、大好きなお姉ちゃんとの日常を報告してただけなのにザマァしてたらしいです 顔文字があるけどウザかったらすみません

婚約者の番

ありがとうございました。さようなら
恋愛
私の婚約者は、獅子の獣人だ。 大切にされる日々を過ごして、私はある日1番恐れていた事が起こってしまった。 「彼を譲ってくれない?」 とうとう彼の番が現れてしまった。

《完結》金貨5000枚で売られた王太子妃

ぜらちん黒糖
恋愛
​「愛している。必ず迎えに行くから待っていてくれ」 ​甘い言葉を信じて、隣国へ「人質」となった王太子妃イザベラ。 旅立ちの前の晩、二人は愛し合い、イザベラのお腹には新しい命が宿った。すぐに夫に知らせた イザベラだったが、夫から届いた返信は、信じられない内容だった。 「それは本当に私の子供なのか?」

友人の結婚式で友人兄嫁がスピーチしてくれたのだけど修羅場だった

海林檎
恋愛
え·····こんな時代錯誤の家まだあったんだ····? 友人の家はまさに嫁は義実家の家政婦と言った風潮の生きた化石でガチで引いた上での修羅場展開になった話を書きます·····(((((´°ω°`*))))))

【短編】ちゃんと好きになる前に、終わっただけ

月下花音
恋愛
曖昧な関係を続けていたユウトとの恋は、彼のインスタ投稿によって一方的に終わりを告げた。 泣くのも違う。怒るのも違う。 ただ静かに消えよう。 そう決意してトーク履歴を消そうとした瞬間、指が滑った。 画面に表示されたのは、間の抜けたクマのスタンプ。 相手に気付かれた? 見られた? 「未練ある」って思われる!? 恐怖でブロックボタンを連打した夜。 カモメのフンより、失恋より、最後の誤爆が一番のトラウマになった女子大生の叫び。

処理中です...