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美しい庭園を見渡せるように置かれたテーブルを挟み、エリーネとノルトは休日の時間を共に過ごしていた。
「珍しい香りのする紅茶だな」
「隣国から新しく取り寄せた茶葉です。苦みがあって美味しいですよ」
ノルトはティーカップを傾け紅茶を口に含むと、「いいな」と呟いた。
それを聞いて、エリーネは嬉しそうに微笑む。
エリーネ・フォスティアとノルト・ランヴァールの婚約が結ばれたのは、およそ半年前のことだ。
ランヴァール伯爵家の次男で、王立学園の生徒会にも属している優秀なノルトとの婚約は、フォスティア家にとって願ってもない話だった。
家同士が決めた婚約とは言えこうして会いに来てくれる程、ノルトはエリーネに歩み寄ろうとしてくれている。
だからこそエリーネも、それ見合うだけの価値のある婚約者になる必要があった。
「では、また」
「ええ、いつでもお越しください」
落ち着いた声色で短くそう言ったノルトに、エリーネはお手本のようにお辞儀をした。
馬車に乗り遠ざかっていく彼を見送って、エリーネは緊張が解けたように大きく息をつく。
「アンナ、私、大丈夫だったかしら?」
不安そうな顔で聞いてくる自分の主人に、アンナは慣れたように「何の問題もございませんでしたよ」と答える。
「でもまたお仕事の話ばかりだったわ。もっと何か話題があれば…ノルト様の好きなものって何なのかしら」
「聞いてみたらよろしいじゃないですか」
「そうよね…」
誰が見ても、自分はノルトと釣り合ってるとは言えないだろう、とエリーネは思っていた。
身分はもちろん、個人としての能力も高いノルトとは違って、自分には特に目立った特技も、美しさもなかった。
強いて言えば、隣国との取引が多い家に生まれたこともあって、語学に強いということだろうか。
それすらも、学園の中では、というレベルだが。
その自信のなさもあってか、エリーネはノルトが自分のことをどう思っているのか、わからなかった。
彼は感情をわかりやすく表に出す人ではない。
常に落ち着いていて、誰にでも平等に接する。
婚約者として相応に扱ってもらえているが、果たしてそれがエリーネ・フォスティアという人を大事に思っているからかと言われると、肯定するのは躊躇われた。
大きく溜息をついて、階段を上り自室へと向かう。
せめて、伯爵家の婚約者らしい華やかさだけでもあったら良かったのに。
―――――
「エリーネ、おはよう」
「おはよう、ルチア」
登校早々に声をかけてきたのは、エリーネの親友ルチアだった。
いつものように明るい笑顔でエリーネに駆け寄ってくる。
「今日の課題やった?少しわからないところがあって―――」
話し出したルチアの言葉が止まり、エリーネは首を傾げる。
ルチアの視線はエリーネではなく、その先に向いていた。
「―――ベルティーナ様だ。また別の男性といる」
ルチアの向いている方を見ると、そこにはウェーブがかった長い赤髪を揺らしながら、男と腕を組んで楽しそうに歩くベルティーナ・エスペランサの姿があった。
入学時から男の噂の絶えない、所謂遊び人。
だが彼女にはそれを納得させてしまうほどの美貌があった。
あの神秘的なアメジストの瞳で見つめられ、艶やかな赤い唇から誘惑的な言葉を紡がれたら、女であっても胸を掴まれてしまうだろう。
「前から男遊びが豪快ではあったけど、最近特に酷いよね」
ルチアの言う通り、近頃のベルティーナは以前にも増して節操がなかった。
相手を本気にさせて、プレゼントを貢いでもらったり、笑い者にしたり―――そういった情報に疎いエリーネの耳にも、噂が入ってきていた。
とはいえ、所詮住む世界の違う人だ。
いずれ貴族社会で関わることがあったとしても、今は自分が彼女の目に入ることすらないだろう。
「やっぱりあれくらい派手な方が男性は好きなのかなぁ」
「そうね…」
「でも、エリーネは安心よね!」
「え?」
「だってノルト様が、派手な女に惹かれるわけないもん!」
「そう…なのかしら」
「真面目なノルト様と才女のエリーネ!お似合いの二人だよ」
お似合い、と言われて、エリーネは困ったように顔を顰めた。
「そう言ってくれるのは嬉しいけれど、なんだかピンと来ないわ。ノルト様が私をどうお思いなのかわからないし、それに、私も…」
そこまで言って、言葉を濁す。
気持ちがわからないのは、ノルトだけではない。
エリーネ自身も、ノルトをどう思っているのか、自分でもよくわかっていなかった。
彼にふさわしい婚約者であろうとはすれど、所詮は親の決めた婚約。
いつか彼に愛情を感じる日が来るのか―――そもそも、貴族の結婚にそんなことを考える方が間違っているのか。
「もう!自信がないのはエリーネの悪いところ!」
ふざけて怒ったように頬を膨らませるルチアに、エリーネはくすっと笑った。
「さ、教室行こう」
歩き出したルチアの背を追って、エリーネも歩き出す。
遠くの方で、ベルティーナが笑っている声が聞こえた。
あの美しさがあれば、私も自信が持てたのかしら…
彼女の堂々とした振る舞いが、少しだけ羨ましく感じた。
「珍しい香りのする紅茶だな」
「隣国から新しく取り寄せた茶葉です。苦みがあって美味しいですよ」
ノルトはティーカップを傾け紅茶を口に含むと、「いいな」と呟いた。
それを聞いて、エリーネは嬉しそうに微笑む。
エリーネ・フォスティアとノルト・ランヴァールの婚約が結ばれたのは、およそ半年前のことだ。
ランヴァール伯爵家の次男で、王立学園の生徒会にも属している優秀なノルトとの婚約は、フォスティア家にとって願ってもない話だった。
家同士が決めた婚約とは言えこうして会いに来てくれる程、ノルトはエリーネに歩み寄ろうとしてくれている。
だからこそエリーネも、それ見合うだけの価値のある婚約者になる必要があった。
「では、また」
「ええ、いつでもお越しください」
落ち着いた声色で短くそう言ったノルトに、エリーネはお手本のようにお辞儀をした。
馬車に乗り遠ざかっていく彼を見送って、エリーネは緊張が解けたように大きく息をつく。
「アンナ、私、大丈夫だったかしら?」
不安そうな顔で聞いてくる自分の主人に、アンナは慣れたように「何の問題もございませんでしたよ」と答える。
「でもまたお仕事の話ばかりだったわ。もっと何か話題があれば…ノルト様の好きなものって何なのかしら」
「聞いてみたらよろしいじゃないですか」
「そうよね…」
誰が見ても、自分はノルトと釣り合ってるとは言えないだろう、とエリーネは思っていた。
身分はもちろん、個人としての能力も高いノルトとは違って、自分には特に目立った特技も、美しさもなかった。
強いて言えば、隣国との取引が多い家に生まれたこともあって、語学に強いということだろうか。
それすらも、学園の中では、というレベルだが。
その自信のなさもあってか、エリーネはノルトが自分のことをどう思っているのか、わからなかった。
彼は感情をわかりやすく表に出す人ではない。
常に落ち着いていて、誰にでも平等に接する。
婚約者として相応に扱ってもらえているが、果たしてそれがエリーネ・フォスティアという人を大事に思っているからかと言われると、肯定するのは躊躇われた。
大きく溜息をついて、階段を上り自室へと向かう。
せめて、伯爵家の婚約者らしい華やかさだけでもあったら良かったのに。
―――――
「エリーネ、おはよう」
「おはよう、ルチア」
登校早々に声をかけてきたのは、エリーネの親友ルチアだった。
いつものように明るい笑顔でエリーネに駆け寄ってくる。
「今日の課題やった?少しわからないところがあって―――」
話し出したルチアの言葉が止まり、エリーネは首を傾げる。
ルチアの視線はエリーネではなく、その先に向いていた。
「―――ベルティーナ様だ。また別の男性といる」
ルチアの向いている方を見ると、そこにはウェーブがかった長い赤髪を揺らしながら、男と腕を組んで楽しそうに歩くベルティーナ・エスペランサの姿があった。
入学時から男の噂の絶えない、所謂遊び人。
だが彼女にはそれを納得させてしまうほどの美貌があった。
あの神秘的なアメジストの瞳で見つめられ、艶やかな赤い唇から誘惑的な言葉を紡がれたら、女であっても胸を掴まれてしまうだろう。
「前から男遊びが豪快ではあったけど、最近特に酷いよね」
ルチアの言う通り、近頃のベルティーナは以前にも増して節操がなかった。
相手を本気にさせて、プレゼントを貢いでもらったり、笑い者にしたり―――そういった情報に疎いエリーネの耳にも、噂が入ってきていた。
とはいえ、所詮住む世界の違う人だ。
いずれ貴族社会で関わることがあったとしても、今は自分が彼女の目に入ることすらないだろう。
「やっぱりあれくらい派手な方が男性は好きなのかなぁ」
「そうね…」
「でも、エリーネは安心よね!」
「え?」
「だってノルト様が、派手な女に惹かれるわけないもん!」
「そう…なのかしら」
「真面目なノルト様と才女のエリーネ!お似合いの二人だよ」
お似合い、と言われて、エリーネは困ったように顔を顰めた。
「そう言ってくれるのは嬉しいけれど、なんだかピンと来ないわ。ノルト様が私をどうお思いなのかわからないし、それに、私も…」
そこまで言って、言葉を濁す。
気持ちがわからないのは、ノルトだけではない。
エリーネ自身も、ノルトをどう思っているのか、自分でもよくわかっていなかった。
彼にふさわしい婚約者であろうとはすれど、所詮は親の決めた婚約。
いつか彼に愛情を感じる日が来るのか―――そもそも、貴族の結婚にそんなことを考える方が間違っているのか。
「もう!自信がないのはエリーネの悪いところ!」
ふざけて怒ったように頬を膨らませるルチアに、エリーネはくすっと笑った。
「さ、教室行こう」
歩き出したルチアの背を追って、エリーネも歩き出す。
遠くの方で、ベルティーナが笑っている声が聞こえた。
あの美しさがあれば、私も自信が持てたのかしら…
彼女の堂々とした振る舞いが、少しだけ羨ましく感じた。
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