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しおりを挟む「下がっていいわ」
「失礼いたします」
侍女が部屋を出ていったのを確認し、ベルティーナはふぅと息をついた。
鏡に写る自身の姿を見て、確認するかのように頬を撫でる。
「ホントに綺麗な顔。モデルみたい」
彼女の意識がこの世界を認識したのは、二ヶ月前。
明確にこのタイミング、というのはわからない。
気付いた時、彼女はもうベルティーナであった。
だからこそ彼女は、これを夢だと確信していた。
「随分長い夢だけど、もう少し楽しませてほしいなぁ~。起きたらまた課題とバイトだし。それにに、こっちはイケメンばっかりだしね」
ふふん、と楽しげに鼻を鳴らす。
彼女にとっての幸運は、ベルティーナが自分と同じ、自分自身が好きで、男が好きなことだった。
綺麗な女がモテるのは、どこの世界も同じ。
唯一異なっていたのは、ベルティーナの周りには軽薄な男しかいなかったこと。
それは彼女を、とても退屈にさせた。
相手を本気にさせて、搾り取れるだけ搾り取ったら捨てる、それこそが男女のおもしろいところだ。
特に、彼女持ちの男なんて最高だ。
少し刺激すれば簡単に落ちるし、安心し切ってぬるま湯に浸かってる女の顔を見るのもおもしろい。
「こっちの男はみーんな単純なんだよねぇ。すぐ言うこと聞いてくれるし。新しい相手でも探そうかなぁ」
うーん、と指を顎に当てて考える。
しばらくして、ベルティーナの頭に一人の男の姿が思い浮かんだ。
「…ノルト・ランヴァール。そうだ!あの人がいい!」
真面目で堅物、婚約者がいるけれど、それ以外の浮ついた噂は何もない。
生徒会にも入っていて、上流貴族との繋がりも多い。
何より、派手さこそないが、清廉な顔付きが美しい。
ターゲットにするには打ってつけの人物だった。
「あの婚約者、名前なんだっけ…あ、そうそう、エリーネ・フォスティア!」
特段目立つこともない、冴えない子爵令嬢。
おおよそ家の都合で婚約しただけで、ノルトが彼女を気に入ってなんてことはないだろう。
「真面目クンは壁さえ破っちゃえばこっちのもんだからね~」
楽しそうに鼻歌を歌いながら、ドレッサーに並んだ香水から一つを手に取り、自身に振り掛ける。
甘いバラの香りがベルティーナを包み込んだ。
「明日からが楽しみだな~、待っててね、ノルト様!」
ベルティーナは目を細め、少女に似つかわしくない妖しげな笑みを浮かべた。
―――――
図書室の本棚の陰に隠れ、べルティーナはある一点を見ていた。
その先には、時折眼鏡をかけ直し、何かを探すように整然と並べられた本の背表紙をなぞっているノルトの姿があった。
ノルトについての情報は集めれるだけ集めた。
人類学を専攻しており、学園の中でもトップを争うほどの成績を収めている。
その真面目さから責任感も強く、教師生徒問わず、人からの頼まれごとは拒まない性格であり、当然他者からの信頼も厚い。
こういう類の男は、自分の弱みを見せまいと、強がってピンと糸を張っているものだ。
特にこの世界の男なら尚更、貴族社会のしがらみを当たり前と受け入れ、その向こう側にある自由から目を背ける。
きっと、恋という背徳的な魅惑の味を知らないのだろう。
その片鱗を少しでも感じることがあれば、堕ちていくことは容易い。
べルティーナは自然と浮かんでいた笑みを押さえつけ、ノルトのいる方へと歩みを進める。
ノルトの背後を抜け、彼がある本に手を伸ばそうとしたタイミングを見逃さず、振り返るようにして自身の手をその本へと伸ばした。
「あっ…申し訳ございません」
「いや、こちらこそすまない」
ノルトの目が完全にこちらに向いたのを確認し、べルティーナはわざとらしく驚いたように目を見開き、すぐに柔らかな笑みを浮かべた。
「…お初にお目にかかります。エスペランサ子爵家の娘、べルティーナ・エスペランサと申します」
「エスペランサ家の…私はノルト・ランヴァールだ」
「ええ、もちろん存じております。とても誠実な御方だと」
べルティーナがくすっと笑って首を傾けると、ノルトは不意を突かれたように口をきゅっと結んだ。
このように女性から真っ直ぐに褒められることもないのだろうと想像すると、べルティーナは彼が愛らしい少年のように思えた。
「…それで、べルティーナ嬢はこの本を探していたのか?」
ノルトが先程の本を手に取り、それをべルティーナに渡す。
それを受け取り、べルティーナは大事そうに胸に抱えた。
「ありがとうございます。その…人類学に興味がありまして」
「そうなのか?」
ノルトの声色が僅かに和らいだのを、べルティーナは聞き逃さなかった。
「来年は人類学を専攻しようかと…確かノルト様も専攻されておりましたよね」
「ああ」
「でしたらぜひ、お勧めの本を教えていただけませんか?」
「それくらいのことなら…例えばこの著者のものは―――」
「あっ!そうだわ、私先生のところへ行かないと」
ノルトの声を遮り、べルティーナはさも今思い出したかのように声を上げた。
「申し訳ございません、ノルト様。明日、お昼休みにまた図書室へ伺いますわ」
失礼します、と軽く頭を下げ、ノルトが止める間もなくべルティーナは彼に背を向け小走りでその場を後にする。
ノルトは止めようと上げた腕を仕方なく下ろし、困ったように溜息をついた。
約束なんて、強引な方がいい。
真面目な彼なら、この約束を無下にはできず、絶対に明日ここへ来るだろう。
ノルトに渡された本を乱暴に鞄に詰め込み、べルティーナは図書室を出て行った。
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