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しおりを挟む「エリーネ嬢を選んだのは、私だ」
「えっ?」
「私が、貴女と婚約したいと父に申し出たのだ」
驚きで固まっているエリーネを、ノルトがじっと見つめる。
吸い込まれそうな群青色の瞳に映る自分を見てエリーネははっと我に返り、絞り出すようにノルトに問いかける。
「どうして、私を?」
「エリーネ嬢が入学したての頃、隣国からの留学生がいただろう。語学が堪能な貴女はその案内役に選ばれて、偶然その姿を目にした。流暢な発語はもちろんだが、何より貴女の温かな対応に彼らの緊張もすぐに和らいでいって…そうだな、その時私はすでに貴女に惹かれていたのだと思う」
確かに、そんなこともあった。
けれど、それは一年以上も前の話だ。
「何度か貴女に話しかけようとはしたのだが、なかなか出来ずにいた。そうこうしている間に、貴女が誰かと婚約してしまうかと思うと気持ちが焦り―――父に頼んだのだ」
「そう、だったのですね。そんなこと、お父様は何も…」
「フォスティア子爵にも黙っていてもらった」
ノルトは再びエリーネの手を取り、ぎゅっと力を込める。
「…不安だった。エリーネ嬢が拒否できないことを知りながら、私の気持ちを押し付けるような婚約を結んでしまった。もしこれを貴女が知ったら、失望されるかもしれないと思うと…。情けないだろう、私は自分かわいさに、貴女と向き合うことから逃げていた」
そう言うノルトはすっかり気落ちした様子で、いつもの毅然とした彼からは想像もできない表情をしていた。
まるで夢でも見ているかのような展開に、エリーネは言いたいことも聞きたいことも、たくさんあった。
しかしそれ以上に、目の前にいるノルトがどうしようもない程、愛しく思えた。
「…不安に思うことは、何もありません」
落ち着いた声でエリーネはそう言い、自身の手を掴むノルトの手に、もう片方の手をそっと重ねる。
「私も、ノルト様のことを心からお慕いしておりますから」
その言葉を聞き、ノルトははっと驚きで顔を上げた後、安心したようにくしゃっとした笑顔を見せた。
―――あぁ、ノルト様はこんな顔で笑うのね。
愛おしさを伝えるかのように、エリーネもノルトに柔らかな微笑みを返した。
―――――
「あぁもう!イライラする!」
怒りを隠すことなく、べルティーナは人通りの多い廊下を歩いていく。
彼女はべルティーナになる前から、自分は男を惹き付ける女だという自信があった。
そのプライドを、下に見ていた男に折られるとは。
「なんで私があんなこと言われなきゃならないの!…って、あれ?」
前方に見知った人物を見つけ、べルティーナはニヤリと笑みを浮かべると、その者の腕に飛びついた。
「久しぶりじゃない!」
ノルトに出会う前に自分に言い寄って来た男だ。
何度かデートしたが、軽い感じが気に食わなくて、会うのを避けていた。
「ねぇ、またデートしましょうよ!今なら貴方の誘いにものってあげるわよ?」
するりと男の手に自身の手を重ね、指を絡ませようとする。
「―――やめろ!」
男は勢いよくべルティーナの腕を振り払う。
その目には軽蔑の色が浮かんでいた。
「…何よ。それが女性にする態度なの!?」
「お前と一緒にしないでくれ!」
「は?どういうこと?」
「お前、婚約者がいる男に手を出しただろ」
ノルトのことだ、とべルティーナはすぐに分かった。
先程のことが思い出され、更にイライラが募っていく。
「だから何」
「そんなことしたら、家名に傷をつけることくらい、お前だってわかるだろ!」
「知らないわよ、そんなの!盗られるほうが悪いんじゃない!!」
男は呆れたように溜息をつく。
「お前からしたら俺みたいな男は考えなしに遊んでるように見えるかもしれないが、俺だって貴族だ。守るべきルールがある。お前はそれを破った。…この学園には、もうお前を相手にする男はいないよ」
そう言って、男はべルティーナに背を向けた。
べルティーナは体の力が抜けたように、その場に座り込む。
二人の言い争いは廊下中に響き渡っており、何事かと人が集まり始めていた。
「…もういい。もう飽きた、こんな夢!大学の方がマシ!!早く覚めてよ!!」
べルティーナにとって、もはや人目などどうでも良かった。
どうせ夢なら、何が起ころうともう関係ない。
だが、彼女を取り巻く世界は、一向に変わらなかった。
「なんで覚めないの!!私がこんな目に合うはずない!全部夢なんでしょ!!」
気が触れたように喚き叫ぶべルティーナに、周りの学生も混乱の目を向ける。
離れた場所からその騒ぎに気付いたエリーネは、思わず足を止めた。
「気にすることはない。これで彼女も反省すればいいのだが」
隣にいたノルトにそう言われ、エリーネは小さく頷く。
「それより…」
ノルトは少しだけ身をかがめ、エリーネの顔を覗き込む。
「明日、予定がないと言っていたな」
「ええ」
「では、明日また二人で会えないだろうか。…今度は、ちゃんと言葉にするから」
耳まで真っ赤に染めたノルトが、エリーネに左手を差し出す。
その姿が可愛らしくて、エリーネは思わずくすっと笑いを零した。
「もちろんです!たくさんお洒落していきますね」
エリーネがその手を取ると、ノルトは嬉しそうに微笑む。
触れ合った指先から、二人はお互いの温もりを確かに感じていた。
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