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夢でみた現実
しおりを挟む「アメリアには申し訳ないが…婚約を破棄させてほしい」
そう言ったこの国の王太子、ルシアン・シャルトリエは、気まずさからなのか、二人を隔てるテーブルから視線を動かさなかった。
その隣で、ロゼットが不安げな表情を浮かべながら膝の上で両手を握り締めている。
―――ついに、この日が来てしまったのね。
王太子ルシアンの婚約者、公爵令嬢のアメリア・グランシエールは、こう言われることをとうの昔から知っていた。
王立学園に入学する前日、アメリアは不思議な夢を見た。
”日本”という国で、恋愛小説を読む少女の姿。
ヒロインは平民でありながら、由緒正しき学園に編入を許され、王子と出会い、恋に落ちる物語。
そこに登場する王子は、紛れもなくルシアンであり、またその婚約者は自分自身だった。
最初はたかが夢だと気にも留めなかったが、ロゼットが編入してきた日、その夢が未来を表わしていると確信せざるを得なかった。
ロゼットは、夢に出てきた小説のヒロインそのものだったからだ。
栗色のやわらかな髪は肩につくラインで切り揃えられ、焦げ茶色の丸い大きな瞳が素朴で可愛らしい印象を与える。
一般的な貴族令嬢らしい、金色の長髪に華やかな顔立ちのアメリアとは正反対の見た目だった。
王立学園に平民が入学することなんて、前代未聞だ。
それだけの優秀な頭脳を持って生まれたということ。
貴族とは違う純粋で活発な性格に加え、聡明さも兼ね備える――そんなロゼットに、たとえ物珍しさだとしても男性が興味を持つのは当然かと思っていたが、王太子であるルシアンもその一人とは。
婚約破棄される未来を知っていても、アメリアにはどうすることもできなかった。
幼い頃から受けてきた王妃教育を放り出すことなどできるはずがないし、『夢のお告げ』なんてもので、王家との婚約を白紙に戻せるはずもなかった。
なにより、ルシアンとは婚約者として信頼関係を築き上げてきた。
お互いに恋愛感情というものはなかったかもしれない。
それでも、国を担う者として、志を共に過ごしてきた時間は、むしろ恋人同士よりも深い絆で結ばれているように思えた。
だからこそ、夢で見た婚約破棄なんてものは起こりえないのだと、そう信じていたのだ。
アメリアは冷たくなる指先をぎゅっと握り、深く息を吸う。
ここで私が『婚約破棄は受け入れない』なんて言ったら、どうなるのかしら。
王太子の言葉に、たかが一公爵令嬢が異を唱えることなど、できるはずもない。
むしろ、紙一枚で破棄を告げられるより、わざわざ公爵家まで来ていただいたことを感謝すべきなのだろう。
アメリアは高ぶる鼓動を押さえつけるように、ゆっくりと息を吐く。
顔を上げ、口元に気品高き笑みを浮かべて、ルシアンとロゼットをまっすぐに見る。
「実は、私、お二人はとてもお似合いだと思っていましたの」
「アメリア…」
「ロゼット様は、殿下を支え、殿下と共にこの国を導ける方であると思います
私は、グランシエール家の一員として、愛するこの国の発展に尽力いたしますわ」
そう、私はグランシエール公爵家の娘。
こんなところで、無様に泣いて縋ったりなどしない。
「アメリア様、私…その…」
「そのようなお顔をする必要はありませんよ、ロゼット様
殿下と共に行くと、覚悟なさったのでしょう?」
「…はい!」
元気よく返事をしたロゼットの瞳は、キラキラと輝いていた。
アメリアは、その希望に満ちた少女から目を逸らしたくなる気持ちをぐっと堪え、ふわりと優しい笑みを返す。
「それならば、自信をお持ちなさい
大丈夫、貴女ならできますわ」
「アメリア様…ありがとうございます」
アメリアの優しい言葉に安心したのか、ロゼットはルシアンを見上げて嬉しそうに微笑んだ。
そんなロゼットに「良かったね」とでも言うかのように、ルシアンも笑みを向ける。
その二人の言葉もない僅かなやり取りに、アメリアは心臓がぐっと掴まれるような息苦しさを感じた。
「では、正式なものは王家を通じてグランシエール家に届けさせる」
「承知いたしました」
「…アメリア、本当にありがとう」
ソファーから立ち上がった二人が、廊下へと続く扉へ向かう。
アメリアも立ち上がり、二人の後ろに続いた。
決して近づきすぎず、それでいて互いの存在を確かめるように寄り添い歩く二人の後ろ姿が、アメリアの心を少しずつ蝕んでいく。
「それでは、また」
「アメリア様、失礼いたします」
二人を見送るこの瞬間、アメリアには言わなければならないことがあった。
夢で見た小説のアメリアは、ロゼットを引き留めて、ルシアンにばれないようにこう囁く。
『実は私、自由な恋愛をしてみたいと思っておりましたの』――と。
そして、二人だけの秘密とばかりに、人差し指を口の前に当ててみせるのだ。
その貴族令嬢らしからぬ無邪気な姿に、ロゼットはアメリアに親近感を覚え、二人は急激に仲を深めていく。
そしてロゼットはアメリアを側近として宮廷に迎え、将来的に女官長となるのだ。
小説のアメリアは、婚約破棄されたその直後であっても、王家との繋がりを残しグランシエール家に利益をもたらす最善の行動をとったのだ。
だから、私もそれをしなくては。
わかってはいるのに、言葉が出ない。
開いた口からは、ひゅぅと乾いた呼吸だけが辛うじて漏れていた。
ここでロゼットと仲良くなり宮廷に上がるという選択は、生涯この二人を間近で見続けることになる。
私が人生をかけて支えると決めたこの男と、
その決意をたった一年で無きものにしたこの女を―――
バタン、と重い音を響かせて、扉が閉まった。
突然足の力が抜け、崩れるようにアメリアはその場に膝をついた。
「お嬢様!」
メイドの悲鳴に近い声が遠くで聞こえる。
…ああ、言えなかった。
メイドの腕に支えられながら、アメリアの意識はゆっくりと遠退いていった。
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