婚約破棄された公爵令嬢は心を閉ざして生きていく

おいどん

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心の奥底にしまって

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アメリアの意識が戻った時、外はすでに日が落ち、屋敷は静寂に満ちていた。
ゆっくりと重い体を持ち上げて、ベッドから降りる。
ベッドサイドに置かれた水差しからグラスに水を注ぎ、一気に飲み干す。
クローゼットから取り出したストールを巻き、アメリアはベランダに続く窓を開けた。

「綺麗ね…」

ベランダから見上げた星空には数えきれない程の星が瞬き、月明かりが美しい屋敷の庭園を照らしていた。

昼間の出来事が、走馬灯のように脳裏を巡る。

こんな結末を迎えるのなら、一体何のために私はこれまでの時間を過ごしてきたのかしら。

アメリアの人生の大部分は、王妃になるためのものだった。
両親からは十分すぎるほど愛情を注いでもらったし、友人との時間もあったけれど、それでも一般的な貴族令嬢と比べて自由は少なかった。
なにより、王妃になるという責任を感じながら過ごす生は、常に重圧との戦いだった。
それでもここまで乗り越えてきたのは、「王妃になる」ということがアメリアの生きる意味そのものだったからだ。

「私はこれから、何のために生きればいいのかしら」

信頼していた王太子ルシアンの裏切り。
何も知らぬロゼットに全てを奪われた屈辱。
喪失感と嫉妬に駆られた感情が、アメリアを襲う。

「どうして、私がこんな目にあわなければならないの…」

鼓動が激しく高鳴り、目元がじんわりと熱くなる。

ああ、今すぐこの柵を飛び越えて、逃げ出してしまいたい!

突然、びゅうと、強い風がベランダを吹き抜けていった。


「あっ!」

肩にかけていたストールが宙を舞って、庭園の方へと落ちていく。
それに気付いた見回り番の兵士が、腕を伸ばしてストールを掴んだ。
兵士はベランダに立つアメリアに気付き、慌てて礼をした後、無事でしたよと言わんばかりに嬉しそうにストールを掴んだ腕を持ち上げた。

「ふふ、ありがとう!」

アメリアは兵士に手を振って返事をし、部屋の中へと戻る。

そうよ、私には守らなければならない家臣がいる。
例え目的が失われたとしても、逃げ出してはいけない。
私はグランシエール家の令嬢であり、この国の貴族だもの。
決して誰かを恨んだり、憎んだりしてはいけない。
常に気高く、いつも通りのアメリア・グランシエールでいなくては―――





それからのアメリアの様子は、不自然なほどに以前と何も変わらなかった。
アメリアの両親は休学してしばらく療養することを勧めたが、アメリアは受け入れなかった。
「大丈夫だから」を繰り返し、益々勉学に励み、王妃教育が無くなって空いた時間は、自室で本を読んで過ごすことが多くなった。
友人も心配してくれたが、泣き言を言うわけにはいかなかった。
婚約破棄に不満を言うことは、王家に対する不満と同意義になってしまうからだ。

なるべく普段通りを心掛けているつもりではあったが、食欲不審と寝不足だけはアメリアにも解決する術がなかった。
日に日に不健康になる顔を化粧で隠してもらいながら、アメリアは自分の心を閉ざして生き続けていた。





授業が終わり、アメリアは教科書を鞄に詰め、席を立つ。
クラスメイトと挨拶を交わし、校門までの渡り廊下を歩いていく。
今日はいつも帰りを共にする友人のソフィーがお休みで、久しぶりの一人での帰り道だった。
一人と言っても、校門には迎えが来ているのだけれど。

…一人は嫌だわ。
あの二人に会わないように、早く帰りましょう…

ソフィーがいれば、ルシアンとロゼットに話しかけられることは絶対になかった。
目が合っても、軽くお辞儀をして、ソフィーがすぐに腕を引っ張ってくれるからだ。

ソフィーには何も話していないけれど、いつも気を遣ってくれているのよね。

その優しさに感謝しつつも、自分の本心を話すことは躊躇われた。
何事もなく卒業までの時間を過ごせるのなら、それに越したことはない。

「アメリア嬢!」

突然後ろから名を呼ばれ、アメリアは足を止めて振り返る。

「レオナール様?お久しぶりです」

笑顔で走り寄って来たのは、ガルニエ公爵家の令息、レオナール・ガルニエだった。
ルシアンの従兄にあたる人物で、アメリアも何度も顔を合わせたことがある。
穏やかで控えめなルシアンとは違い、快活で勇ましい印象のある男性だ。
アメリアより年上で、学園では学年が異なることもあり、なかなか会う機会はなかった。

「ちょうど俺も帰るところなんだ、校門まで一緒にどうかな?」
「ええ、ぜひ」

二人並んで歩き出す。
歩くたびにレオナールの一つにくくられた金色の髪がさらさらと揺れ、力強くも軽快な足音が心地の良いリズムを刻んでいた。

「最近はだいぶ暖かくなってきたね」
「えぇ、そうですね。うちの庭園も蕾が花開く季節になってまいりました」
「グランシエール家の庭園は見事だと有名だからね。さぞかし美しいことだろう」
「ありがとうございます」
「うちは花より筋肉の男ばかりの所帯だから、皆美しいものに頓着がなくてね
…それでは女性にモテないぞと言っているのだが」

冗談めかして言うレオナールに、アメリアはくすくすと笑いを漏らす。

「そんなことありませんわ。強い男性にはいつだって惹かれるものですよ」
「花言葉の一つでも言える男になってもらいたいものだが」
「ふふ、それは少しレベルが高いかもしれませんわね」

他愛もない会話をしているうちに、校門へとたどり着く。

「レオナール様、楽しい時間をありがとうございました」
「いや、こちらこそありがとう
その…良ければ、今度グランシエール家の庭園を見せてくれないか」
「ええ、ぜひ!喜んでご招待いたしますわ」




一礼して迎えの馬車に乗り込むアメリアを見送って、レオナールはふぅ、と息をついた。

「レオナール様、いかがされましたか?」

迎えに来ていた侍従に鞄を渡し、レオナールは困ったように髪をかき上げる。

「アメリア嬢、化粧で隠しているようだが…随分とやつれた顔をしていた」
「…以前お会いした時よりも、大分お痩せになったかと」
「はぁ…そうだよなぁ、あんなことがあって、いつも通りでいられるはずがないよな」

婚約破棄の話を聞いた時、レオナールは大層驚いた。
ルシアンとアメリアは互いに信頼し合っていたし、決してどちらかに非があるとは思えなかったからだ。
その理由が、ルシアンがロゼットという平民と恋に落ちたことであると知り、がっかりしたと同時に激しい怒りが湧いた。
確かにロゼットは、平民という身分を乗り越えるほどの優秀な人材だ。
彼女が王族と結婚すること自体は、レオナールも歓迎したはずだ―――相手がルシアンでなければ。
ルシアンは王太子であり、すでに婚約者もいる。
自己の立場やアメリアの存在を軽んじるような判断を、許して良いのだろうか。

そんなことを悶々と考える日々の中、アメリアが普段通り通学していると聞き、レオナールは更に驚いた。
実はそれ程アメリアは傷ついておらず、むしろ時期王妃という立場から解放されて喜んでいるのではないか―――そんな期待のような疑問を抱き、レオナールはアメリアに話しかけた。
が、そんな簡単な話ではなかった。
細くしなやかだったアメリアの体は、手首にうっすらと骨の形が浮かぶほど痩せていた。
目元には疲れが見え、会話の合間にも、意識がこちらに向いていないような違和感があった。

それでも彼女は、美しく気高いアメリア・グランシエールを崩さなかった。

それは、王家の血を引くものとしての、罪悪感だったのかもしれない。
目の前の少女に対する、哀れみだったのかもしれない。

たった一人耐え抜く、強くて痛ましい彼女を助けてあげたいと、レオナールは思ったのだ。




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