断罪中、味方が多すぎて王子が孤立している件について

夏乃みのり

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バタンッ!!


重厚な扉が閉ざされ、アレクセイ叔父上とラミリアの姿が見えなくなる。
その瞬間、大広間を支配していた強烈なプレッシャーが消失した。


「……ふん、せいぜい惨めな末路を辿るがいい」


私は乱れた呼吸を整え、精一杯の虚勢を張って鼻を鳴らした。
あんな「氷の公爵」の屋敷に連れて行かれるなんて、ラミリアも運がない。
きっと明日には、叔父上の愛猫の餌にされているに違いない。
あるいは、叔父上の趣味である氷像のモデルにされて凍らされるかだ。


「殿下……大丈夫ですか?」


隣でミナが不安そうに私を見上げている。
ああ、なんて可愛いんだ。
守ってあげたくなるこの儚さこそ、王太子妃にふさわしい。
無愛想で、可愛げのないラミリアとは大違いだ。


「ああ、問題ないよミナ。邪魔者はいなくなった。これからは僕たちの時代だ」


私は彼女の肩を抱き寄せ、会場の貴族たちに向けて声を張り上げた。


「皆の者! 騒がせてすまなかったな! 悪女は去った! 宴を再開しようではないか!」


さあ、音楽を奏でよ。
酒を振る舞え。
私の新しい門出を祝うのだ。


そう思ったのだが――。


「…………」


反応がない。
楽団は楽器を下ろしたままだし、給仕たちは壁際に直立不動。
招待客の貴族たちも、誰一人としてグラスを掲げようとしない。
それどころか、会場全体の空気が、まるで真冬の湖のように冷え切っている。


「おい、どうした? 聞こえなかったのか?」


私が眉を顰めると、目の前に立ちはだかっていた騎士団長ガレスが、低い声で唸った。


「……白けちまったな」


「なんだと?」


「ラミリア嬢を追い出した宴で、何を祝えと言うんです? 俺たちは帰らせてもらいますよ。胃が痛くなってきたんでね」


ガレス団長はそう吐き捨てると、踵を返した。
それに続くように、部下の騎士たちがゾロゾロと出口へ向かう。


「ま、待て! 騎士団長が王族の命令に背くのか!?」


「勤務時間外です。それに、俺たちの心のオアシスを奪った罪は重いですよ、殿下」


騎士たちが去っていく。
会場の警備がいなくなったことで、貴族たちがざわめき出した。


「あ、あの……私も失礼しますわ。明日の朝食の準備がありますので」


次に動いたのは侍女長のマーサだった。
彼女は冷ややかな瞳で私を一瞥し、完璧な礼をする。


「あ、明日の朝食? まだ夜の8時だぞ!?」


「ラミリア様がいらっしゃらなくなったので、献立のカロリー計算と栄養バランスの調整を、全て私が一からやり直さねばなりませんの。殿下が好き嫌いをして残された野菜を、どうやってスープに溶かし込むか……そのアイデアを出してくださっていたのはラミリア様でしたから」


「な……っ!?」


「それでは、ごきげんよう」


マーサが侍女たちを引き連れて去っていく。
王宮の裏方を支える彼女たちがストライキを起こしたら、明日の私の着替えは誰が用意するんだ?


さらに、宮廷魔術師のエルビンも、欠伸を噛み殺しながら杖を振った。


「ふわぁ……。私も帰ります。研究室の片付けをしないと、足の踏み場もないので。ああ、ラミリア嬢がいれば三分で終わるのに……。殿下、明日から結界のメンテナンスが遅れると思いますが、魔獣が出たら自力で倒してくださいね」


「無責任だぞエルビン!!」


主要な戦力が次々と離脱していく。
残されたのは、私とミナ、そして状況を飲み込めずにオロオロしている一部の貴族たちだけだ。


「ど、どうなってるんだ……。なんで全員、あんな無能女の肩を持つんだ!?」


私は叫ばずにはいられなかった。
ラミリアだぞ?
地味で、特徴がなくて、いつも書類に埋もれているだけの女だぞ?
あいつに何ができると言うんだ。


「……おや、まだご自身のお立場が理解できていないようですね」


その時、人混みを割って一人の男が現れた。
銀縁眼鏡に神経質そうな顔立ち。
手には分厚い帳簿のようなファイルを抱えている。
この国の金庫番、財務大臣のグラハム侯爵だ。


「グラハムか! ちょうどいい、お前からも言ってやれ! あいつらが狂っていると!」


私は味方を得た気分で彼に歩み寄った。
グラハムは王家の予算を管理する堅物だ。
感情論で動く騎士や侍女とは違い、数字で物事を判断する彼なら、私の正しさを分かってくれるはずだ。


しかし、グラハム侯爵は、ゴミを見るような目で私を見下ろした。
……あれ? 見下ろしてる?
私、王子なんだけど?


「殿下。単刀直入に申し上げますが、こちらの請求書はどうなさいますか?」


彼が突き出してきたのは、一枚の羊皮紙だった。
そこには『ミナ嬢への贈り物代(ドレス、宝石、馬車)』という項目と、目の飛び出るような金額が記されている。


「あ? そんなもの、いつものように王家の予備費から出しておけばいいだろう」


「その予備費が、底をついていると申し上げているのです」


「は?」


グラハム侯爵がピシャリと言った。


「殿下の浪費癖は年々悪化する一方です。本来ならば、三ヶ月前には王家の予算はショートし、殿下は自己破産しているはずでした」


「は、破産? 馬鹿な! 現にこうして金は使えているじゃないか!」


「ええ。誰かが裏で、必死に帳尻を合わせていたおかげで、ですがね」


グラハム侯爵は、バサリとファイルをめくった。
そこには、赤ペンでびっしりと書き込みがされた書類が挟まれていた。
見覚えのある、几帳面で美しい文字だ。


「ラミリア嬢ですよ」


「……え?」


「彼女は毎日、殿下が散財した領収書を私の元へ持ってきては、頭を下げていました。『王子がすみません、私が私財を切り崩して補填します』『王宮の無駄な照明を消して経費を浮かせました』『不用品を売却して利益を出しました』とね」


グラハム侯爵の声が、会場に冷たく響く。


「私の補佐官たちよりも優秀な計算能力と、恐ろしいほどの節約術。そして何より、私の計算ミスをこっそり直してくださる気遣い……。彼女のおかげで、殿下の体面は保たれていたのです」


「そ、そんな……まさか……」


「嘘だと思うなら、これをご覧ください」


突きつけられた書類には、ラミリアの署名と、彼女の実家の資産から補填された金額が記されていた。
その額は、私の想像を絶するものだった。


「彼女がいなくなった今、この穴埋めをする人間はいません。よって、この請求書は殿下の個人資産……いや、もう無いですね。給与から天引きさせていただきます。完済まで約五十年かかりますが、よろしいですね?」


「ご、五十年!?」


私は膝から崩れ落ちそうになった。
五十年タダ働き?
王子の私が?


「それと、殿下の執務室の書類整理、外交スケジュールの調整、陳情書の仕分け……これらも全てラミリア嬢が代行していました。明日からはご自身でお願いします」


「む、無理だ! あんな量、一人でできるわけがない!」


「でしょうね。ですが、手伝ってくれる文官はいませんよ。彼らは皆、ラミリア嬢を『師匠』と仰いでいましたから。師匠を追放した殿下のために働く者は、この城には一人もいないでしょう」


グラハム侯爵は、パタンとファイルを閉じた。
その音が、私の王族としての終わりの合図のように聞こえた。


「つまり、殿下。貴方は今、この国で最も孤独な人間になったということです」


「…………」


言葉が出なかった。
周りを見渡すと、貴族たちが遠巻きに私を見ている。
その目は、かつての畏敬の眼差しではない。
「終わったな、こいつ」という、憐れみの目だ。


「で、殿下ぁ……」


ミナが震える声で私を呼ぶ。
彼女の顔も真っ青だ。
当然だ。私が破産すれば、彼女に贅沢をさせてやることもできない。


「う、嘘だ……。嘘だと言ってくれ……」


私はガタガタと震え出した。
ラミリア。
あの地味で、いつも一歩下がっていた女。
彼女が、私の生活の全てを支えていたというのか?
魔力がない無能だと見下していた彼女が、実はこの国の誰よりも「力」を持っていたというのか?


「さて、私も帰ります。ラミリアロスでやる気が出ないので、明日は有給を取らせていただきます」


グラハム侯爵は冷淡に告げると、さっさと去っていった。


広い会場に残されたのは、莫大な借金を背負った私と、悪女(金食い虫)のミナだけ。
華やかなはずのパーティー会場は、まるでお通夜のような静寂に包まれていた。


これが、私の断罪劇の結末だというのか。
いや、違う。
これはまだ、地獄の入り口に過ぎなかったのだ。
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