断罪中、味方が多すぎて王子が孤立している件について

夏乃みのり

文字の大きさ
10 / 28

10

しおりを挟む
公爵邸の朝は、今日も平和だった。


私はサンルームで、スノーを膝に乗せながら優雅に紅茶を飲んでいた。
窓の外には、先日手懐けた(?)庭師たちが、楽しそうに鼻歌を歌いながらバラの手入れをしている。
アレクセイ様は執務に出かけており、私は「公爵家の華」として、ただひたすらにぼーっとする業務に従事していた。


「……平和だなぁ」


スノーの背中を撫でながら、しみじみと呟く。
王城での、分刻みのスケジュールに追われていた日々が嘘のようだ。
ストレスフリーすぎて、肌の調子もすこぶる良い。


と、その時だった。
サロンの扉がノックされ、セバスチャンさんが入ってきた。
その手には銀のトレイが乗せられているのだが、彼はなぜか、トレイの上に置かれた封筒を、長い火箸で摘んでいた。


「……セバスチャンさん? それは?」


「汚物でございます」


「えっ」


「失礼、言葉が過ぎました。……王城から、ラミリア様宛の手紙でございます。差出人はジェラルド殿下です」


セバスチャンさんは、まるで放射性廃棄物を扱うかのように、慎重にその手紙をテーブルの端に置いた。
封筒には王家の紋章。
そして、見覚えのある乱雑な筆跡で『ラミリアへ』と書かれている。


「殿下から……? 今さら何でしょう?」


「旦那様にはすでに報告済みです。『燃やせ』と仰せでしたが、一応ラミリア様の目に通してからの方がよろしいかと」


「ありがとうございます。読んでみますね」


私は封筒を手に取った。
火箸で摘むほどではないと思うが、セバスチャンさんはすぐに消毒用アルコールで火箸を拭いている。
徹底している。


ペーパーナイフで封を切り、中身を取り出す。
そこには、驚くべき内容が記されていた。


***


『拝啓 ラミリアへ


この手紙を読んでいるということは、君は今頃、冷酷な公爵の屋敷で、恐怖に震えながら泣いていることだろう。
可哀想に。
僕という太陽を失った君の絶望を思うと、胸が痛むよ。


さて、本題だ。
君がいなくなってから、城の中が少しばかり騒がしい。
書類が見当たらないとか、お茶が不味いだとか、些細なことだが、下々の者たちがうるさくてかなわない。
ミナも「ラミリア様がいないと仕事の引き継ぎが分からない」と泣いている。


そこでだ。
僕は寛大にも、君を許すことにした。


戻ってきなさい。
今すぐ戻ってきて、溜まった書類を片付け、ミナに仕事のやり方を丁寧に教え、僕の世話を完璧にこなしなさい。
そうすれば、今回の騒動は不問にし、側室……いや、ミナの専属メイドとして城に置くことを許可してやろう。


これは僕からの慈悲だ。
泣いて喜び、すぐに馬車を飛ばしてくるように。
なお、帰ってくる際は、僕の好きなアップルパイを焼いてくるのを忘れないこと。


追伸:金がない。戻ってきたらすぐに補填するように。


ジェラルド・フォン・アルカディア』


***


「…………」


読み終えた私は、静かに手紙をテーブルに置いた。
スノーが「なにそれ?」と首を傾げて覗き込んでくる。


「ラミリア様? いかがなさいましたか? もしや、脅迫文でしょうか?」


セバスチャンさんが心配そうに尋ねてくる。
私は深く息を吸い込み、そして言った。


「……赤ペンを」


「はい?」


「赤ペンを持ってきてください、セバスチャンさん。今すぐに!!」


私の目には、怒りの炎が宿っていた。
内容への怒りではない。
もっと根源的な、事務官としてのプライドを逆撫でされた怒りだ。


「なんなのこの文章構成!? 起承転結がめちゃくちゃじゃない! それに、誤字脱字が15箇所もあるわよ!?」


「そ、そこですか?」


「見てこれ! 『慈悲』の『慈』の字、心が一つ足りないわ! 心ないんかい! あと『補填』が『補店』になってる! 店を補ってどうするのよ!」


私は運ばれてきた赤インクのペンをひったくると、猛然と手紙に書き込みを始めた。
職業病が爆発した瞬間だ。


「まず冒頭! 時候の挨拶が抜けてる! 王族の手紙として0点!」


キュッ、キュッ、と赤い線が走る。


「『戻ってきなさい』? 命令形の使い方が雑! 人に物を頼む態度はこう!」
『大変恐縮ですが、業務委託のご相談をさせていただきたく~』と赤字で修正を入れる。


「『ミナの専属メイド』? 雇用条件の提示が不明確! 労働基準法違反! 給与、福利厚生、休日日数を明記しなさい!」


「『アップルパイを焼け』? 業務外労働です! 却下!」


「『金がない』? 知らんがな! 家計簿つけてから出直してこい!」


紙面があっという間に真っ赤に染まっていく。
私は最後に、用紙の右下に大きく花丸……ではなく、バツ印を書き殴り、特大の文字でこう添えた。


『再提出。やり直し』


「ふぅ……」


ペンを置き、私は額の汗を拭った。
スッキリした。
久しぶりに全力で添削指導をしてしまった。


「……ラミリア様」


恐る恐る声をかけてきたセバスチャンさんを見ると、彼は感動で震えていた。


「素晴らしい……。あのふざけた手紙が、見るも無惨な『赤点のテスト用紙』に早変わりしました。これぞ最強の返信です」


「あら、いけない。つい熱くなってしまって。……本当はこんな手紙、破り捨ててしまえばよかったですね」


私が我に返ると、いつの間にか部屋の入り口に人影があった。
アレクセイ様だ。
いつ帰ってきたのだろう。
彼は壁に寄りかかり、クックッと肩を震わせて笑っていた。


「いや、最高だラミリア。破り捨てるよりも、遥かにあいつの精神を抉るだろう」


「アレクセイ様! お、お見苦しいところを……」


「とんでもない。お前のその、仕事に対する厳格な姿勢、惚れ直したぞ」


アレクセイ様は近づいてくると、真っ赤に添削された手紙を覗き込んだ。


「ほう。『心ないんかい!』というツッコミ、秀逸だ。……よし、これをこのまま送り返してやろう。私が直々に封をしてやる」


「えっ、公爵家の封蝋で送り返すのですか? 宣戦布告に見えませんか?」


「構わん。事実上の宣戦布告だ。……『私の婚約者にゴミを送りつけた罪は重い』とな」


アレクセイ様の目が、一瞬だけ笑っていなかった。
どうやら、本気で怒っていらっしゃるようだ。
でも、その怒り方は私への溺愛ゆえだと分かるので、怖くはない。


「では、セバスチャン。これを至急、王城へ送り返せ。使者にはこう伝えさせろ。『当家のラミリアは、低レベルな文章の解読をする暇はない』と」


「承知いたしました。最速の馬を出します」


セバスチャンさんは、今度は火箸ではなく、恭しく手袋をして手紙(赤点答案)を回収していった。


***


数時間後。
王城のジェラルド殿下の執務室。


「おっ、返事が来たか! 早かったな!」


殿下は、公爵家の紋章が入った封筒を見て、満面の笑みを浮かべた。


「やはりな! あいつも強がってはいたが、僕からの手紙を待っていたんだ! すぐに戻ります、愛していますと書いてあるに違いない!」


「殿下、開けてみましょう」


隣で新しいドレス(借金で購入)を着たミナも、ワクワクしている。


「そうだな。どれどれ……」


殿下は自信満々に封を開け、中身を取り出した。
そして、その紙面を見た瞬間、固まった。


「…………は?」


そこにあったのは、真っ赤なインクで埋め尽くされた、彼の手紙だった。


『字が汚い』
『漢字を勉強しろ』
『論理破綻』
『何様のつもり?』
『再提出』


容赦ない赤ペンの嵐。
ラミリアの几帳面な文字で、彼のプライドはズタズタに切り裂かれていた。


「な、な、なんだこれはぁぁぁ!?」


殿下の手が震える。


「しゃ、謝罪は!? 愛の言葉は!? なんで添削されてるんだ!? しかも『再提出』って、僕は王族だぞ!?」


「殿下、裏にも何か書いてありますよ?」


ミナが裏面を指差す。
そこには、アレクセイ公爵の流麗かつ冷徹な筆跡で、一言だけ添えられていた。


『次、このような駄文を私の愛しい人に送ったら、城ごと凍らせる。 ――アレクセイ』


ヒュッ。
殿下の喉が鳴った。
物理的な殺害予告だ。


「ひ、ひぃぃぃっ!!」


殿下は手紙を取り落とし、腰を抜かした。
その顔は、断罪劇の時よりも遥かに青ざめていた。


「ど、どうすれば……どうすればいいんだ……! ラミリアは戻ってこない……ミナは仕事ができない……金はない……叔父上には殺される……!」


四面楚歌。
いや、八方塞がりだ。


「書き直しますか? 殿下?」


空気の読めない文官が、新しい便箋を差し出す。
殿下は虚ろな目でそれを見つめ、そして静かに涙を流した。


「……漢字ドリルを……持ってきてくれ……」


王子のプライドが、完全にへし折れた瞬間だった。


一方、公爵邸では。
私はアレクセイ様と向かい合い、美味しいアップルパイを食べていた。


「ん、美味い。やはり王城のシェフより、うちのシェフの方が腕が良いな」


「はい。殿下が食べたがっていたアップルパイですが、私たちが食べる方が有意義ですね」


「その通りだ。……ラミリア、口元にクリームがついているぞ」


「えっ、どこですか?」


「……ここだ」


アレクセイ様が指で私の唇を拭い、それを自分の口へと運んだ。
その仕草があまりに自然で、そして色っぽくて。


「!!」


私はボンッ!と音が出るほど顔を赤くした。


「あ、あ、アレクセイ様!?」


「ふふ。……甘いな」


彼は悪戯っぽく微笑む。
王子からの手紙なんて、もうどうでもよくなっていた。
この最強で、ちょっと(かなり)過保護な公爵様との生活が、私にとっての「ハッピーエンド」なのだから。


(……でも、また手紙が来たら、次は青ペンで添削しようかな)


転んでもただでは起きない、私の事務官魂はまだまだ健在だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

幼い頃、義母に酸で顔を焼かれた公爵令嬢は、それでも愛してくれた王太子が冤罪で追放されたので、ついていくことにしました。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 設定はゆるくなっています、気になる方は最初から読まないでください。 ウィンターレン公爵家令嬢ジェミーは、幼い頃に義母のアイラに酸で顔を焼かれてしまった。何とか命は助かったものの、とても社交界にデビューできるような顔ではなかった。だが不屈の精神力と仮面をつける事で、社交界にデビューを果たした。そんなジェミーを、心優しく人の本質を見抜ける王太子レオナルドが見初めた。王太子はジェミーを婚約者に選び、幸せな家庭を築くかに思われたが、王位を狙う邪悪な弟に冤罪を着せられ追放刑にされてしまった。

手放してみたら、けっこう平気でした。

朝山みどり
恋愛
エリザ・シスレーは伯爵家の後継として、勉強、父の手伝いと努力していた。父の親戚の婚約者との仲も良好で、結婚する日を楽しみしていた。 そんなある日、父が急死してしまう。エリザは学院をやめて、領主の仕事に専念した。 だが、領主として努力するエリザを家族は理解してくれない。彼女は家族のなかで孤立していく。

妹に傷物と言いふらされ、父に勘当された伯爵令嬢は男子寮の寮母となる~そしたら上位貴族のイケメンに囲まれた!?~

サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢ヴィオレットは魔女の剣によって下腹部に傷を受けた。すると妹ルージュが“姉は子供を産めない体になった”と嘘を言いふらす。その所為でヴィオレットは婚約者から婚約破棄され、父からは娼館行きを言い渡される。あまりの仕打ちに父と妹の秘密を暴露すると、彼女は勘当されてしまう。そしてヴィオレットは母から託された古い屋敷へ行くのだが、そこで出会った美貌の双子からここを男子寮とするように頼まれる。寮母となったヴィオレットが上位貴族の令息達と暮らしていると、ルージュが現れてこう言った。「私のために家柄の良い美青年を集めて下さいましたのね、お姉様?」しかし令息達が性悪妹を歓迎するはずがなかった――

妹に魅了された婚約者の王太子に顔を斬られ追放された公爵令嬢は辺境でスローライフを楽しむ。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。  マクリントック公爵家の長女カチュアは、婚約者だった王太子に斬られ、顔に醜い傷を受けてしまった。王妃の座を狙う妹が王太子を魅了して操っていたのだ。カチュアは顔の傷を治してももらえず、身一つで辺境に追放されてしまった。

そんなに妹が好きなら死んであげます。

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』 フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。 それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。 そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。 イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。 異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。 何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

夫の妹に財産を勝手に使われているらしいので、第三王子に全財産を寄付してみた

今川幸乃
恋愛
ローザン公爵家の跡継ぎオリバーの元に嫁いだレイラは若くして父が死んだため、実家の財産をすでにある程度相続していた。 レイラとオリバーは穏やかな新婚生活を送っていたが、なぜかオリバーは妹のエミリーが欲しがるものを何でも買ってあげている。 不審に思ったレイラが調べてみると、何とオリバーはレイラの財産を勝手に売り払ってそのお金でエミリーの欲しいものを買っていた。 レイラは実家を継いだ兄に相談し、自分に敵対する者には容赦しない”冷血王子”と恐れられるクルス第三王子に全財産を寄付することにする。 それでもオリバーはレイラの財産でエミリーに物を買い与え続けたが、自分に寄付された財産を勝手に売り払われたクルスは激怒し…… ※短め

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

処理中です...