断罪中、味方が多すぎて王子が孤立している件について

夏乃みのり

文字の大きさ
12 / 28

12

しおりを挟む
「……信じられない! なんでこの私が、こんな目に遭わなきゃいけないの!?」


王都の下町。
庶民が行き交う賑やかな市場の片隅で、頭巾を深く被った少女――男爵令嬢ミナは、ギリギリと奥歯を噛み締めていた。


彼女の現在の所持金は、銅貨数枚。
王城での生活は、ジェラルド王子の資産凍結により崩壊寸前だった。
豪華なドレスも、美味しいお菓子も、宝石も、何も買ってもらえない。
食事は質素なパンとスープのみ。


「これもあれも、全部ラミリアのせいよ!」


ミナは確信していた。
あの地味で無能なラミリアが、何らかの汚い手を使って王子を陥れ、自分だけちゃっかり公爵家に潜り込んだに違いないと。


「許せない……。私がヒロインなのに、脇役が幸せになるなんて脚本間違いよ!」


そこで彼女は思いついた。
名案、いや妙案である。


「そうだわ。ラミリアの悪評を流してやればいいのよ」


彼女はニヤリと笑った。
『ラミリアは公爵家の金を横領している』
『実は王子を呪っていた魔女だ』
そんな噂を街中に広めれば、世論は彼女を糾弾するはず。
そうすれば、アレクセイ公爵も彼女を捨て、代わりに可愛くて可哀想な私を保護してくれるに決まっている。


「私ってば天才! さあ、作戦開始よ!」


ミナは意気揚々と、井戸端会議をしている主婦たちの輪に突撃した。


「ねえねえ、奥様方! 聞いたことありますぅ? あの公爵家にいるラミリアって女の話!」


主婦たちが一斉に振り返る。
ミナは声を潜め、深刻そうな顔を作った。


「実はね、あの子、公爵様を騙して大金を横領しているらしいわよ? しかも、夜な夜な変な儀式をしてるって噂……怖いわよねぇ?」


さあ、驚け。
軽蔑しろ。
そしてラミリアを叩け。


しかし、主婦たちの反応は予想外だった。


「……は? あんた何言ってんの?」


一人の恰幅の良いおばちゃんが、怪訝な顔でミナを睨んだ。


「ラミリア様が横領? あのしっかり者のお嬢ちゃんが、そんなことするわけないじゃないか」


「え?」


「そうだよ。あの方はね、この前市場に来た時、『大根の葉っぱは捨てずに炒めると美味しいですよ』って、節約レシピを教えてくれたんだよ! あんなに食材を大事にする人が、お金を盗むわけないだろう!」


「そ、そうですわね!」


他の主婦も頷く。


「うちの子が熱を出した時、通りがかったラミリア様が、すぐに氷嚢を作って看病してくださったのよ! しかも『お母さんも休んでくださいね』って、私の肩まで揉んでくれて……。あの方は天使よ!」


「天使というより、オカンよね。若いのにお袋の味がするのよ」


「そ、そんな……!?」


ミナは後ずさった。
おかしい。
悪役令嬢のはずなのに、なぜこんなに感謝されているのだ。


「で、でもっ! 男好きだって噂も……!」


ミナは場所を変えた。
次は、強面の職人たちが集まる酒場だ。
ここなら、下世話な噂が広まりやすいはず。


「おじ様たちぃ、聞いてくださいよぉ。ラミリアって女、男をたぶらかすのが趣味らしいですよ?」


しかし、酒場の親父がカウンターをバン!と叩いた。


「ああん? ラミリア様の悪口を言ったのはどこのどいつだ!」


「ひっ」


「あの方はなぁ、俺たちが計算できなくて困ってた確定申告の書類を、たった一晩で仕上げてくれた恩人なんだぞ! おかげで税務署に怒られずに済んだんだ!」


「そうだそうだ! 俺の店の経営が傾いた時も、『回転率を上げるために座席配置を変えましょう』ってアドバイスくれて、V字回復したんだ!」


「ラミリア様は俺たちの経営コンサルタントだ! 侮辱する奴は、この店から叩き出すぞ!」


職人たちがジョッキを持って立ち上がる。
殺気立っている。


「ひ、ひぃぃぃっ! ごめんなさぁぁい!」


ミナは泣きながら逃げ出した。
どこへ行ってもこれだ。


パン屋に行けば「売れ残りのパンを孤児院に配るルートを作ってくれたのはラミリア様だ!」と怒られ。
花屋に行けば「廃棄寸前の花でポプリを作る事業を提案してくれたのよ!」と感謝され。
スラム街の子供たちに至っては、「ラミリア姉ちゃんは俺たちの勉強を見てくれたんだ! 石投げんぞ!」と石礫が飛んでくる始末。


王城に引きこもっていたミナは知らなかったのだ。
ラミリアが休日のたびに街へ繰り出し、お忍びでボランティア(という名の趣味の業務改善)を行っていたことを。
彼女にとって、街の人々は「守るべき国民」であり、同時に「将来の有力なコネクション」だったのだ。


「はぁ……はぁ……。なんなのよ、この国……」


路地裏に逃げ込んだミナは、へたり込んだ。
髪はボサボサ、ドレスは泥だらけ。
惨めだ。


「なんで全員、あの女の味方なのよ……。おかしいじゃない……」


そこへ、影から一人の男が現れた。
目深に帽子を被った、胡散臭い男だ。


「……お嬢ちゃん。随分と危ない橋を渡ろうとしてるな」


「だ、誰!?」


「ただの情報屋さ。……忠告しておいてやるよ。この街でラミリア様の悪口を言うのは、王様の悪口を言うよりリスクが高いぜ?」


男はニヤリと笑った。


「ここの連中はみんな、あの方に何かしらの恩がある。そして、あの方を悲しませる奴は、俺たち『裏の住人』も許さねえ」


「う、裏の……!?」


「ラミリア様は以前、俺がドブ川で溺れてた時に助けてくれてな。……これ以上騒ぎ立てるなら、公爵様に報告する前に、俺たちが黙っちゃいねえよ?」


男が懐からナイフをチラつかせると、ミナの顔から完全に血の気が引いた。


「い、嫌ぁぁぁっ!!」


ミナは悲鳴を上げて走り去った。
もう二度と、下町には来ないと誓いながら。


***


一方、公爵邸。


「……くしゅんっ!」


ラミリアが可愛らしいくしゃみをした。


「おや、風邪か?」


隣で書類(ラミリアが暇つぶしに整理した公爵領の収支報告書)を見ていたアレクセイ様が、すぐに反応して自分のストールを彼女の肩にかけた。


「いえ、なんだか……誰かに噂されているような気がして」


「ふむ。私の美貌と才能を持った婚約者の噂など、世界中でされているだろうな」


アレクセイ様は真顔で親バカならぬ婚約者バカを発揮した。


「だが、もしお前に害をなすような悪い噂があれば……その時は、噂の出所ごと消し去るまでだ」


その目が一瞬だけ『氷の公爵』モードになり、室温が下がった。


「あはは……。アレクセイ様、冗談がお上手ですね」


ラミリアは苦笑したが、彼が冗談を言っていないことを、スノーだけが知っていた。
猫は「やれやれ」といった様子で、ラミリアの膝の上で丸くなった。


ミナの悪あがきは、ラミリアの日頃の徳の高さ(と、アレクセイの過保護な監視網)の前には、あまりにも無力だったのである。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

幼い頃、義母に酸で顔を焼かれた公爵令嬢は、それでも愛してくれた王太子が冤罪で追放されたので、ついていくことにしました。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 設定はゆるくなっています、気になる方は最初から読まないでください。 ウィンターレン公爵家令嬢ジェミーは、幼い頃に義母のアイラに酸で顔を焼かれてしまった。何とか命は助かったものの、とても社交界にデビューできるような顔ではなかった。だが不屈の精神力と仮面をつける事で、社交界にデビューを果たした。そんなジェミーを、心優しく人の本質を見抜ける王太子レオナルドが見初めた。王太子はジェミーを婚約者に選び、幸せな家庭を築くかに思われたが、王位を狙う邪悪な弟に冤罪を着せられ追放刑にされてしまった。

手放してみたら、けっこう平気でした。

朝山みどり
恋愛
エリザ・シスレーは伯爵家の後継として、勉強、父の手伝いと努力していた。父の親戚の婚約者との仲も良好で、結婚する日を楽しみしていた。 そんなある日、父が急死してしまう。エリザは学院をやめて、領主の仕事に専念した。 だが、領主として努力するエリザを家族は理解してくれない。彼女は家族のなかで孤立していく。

妹に傷物と言いふらされ、父に勘当された伯爵令嬢は男子寮の寮母となる~そしたら上位貴族のイケメンに囲まれた!?~

サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢ヴィオレットは魔女の剣によって下腹部に傷を受けた。すると妹ルージュが“姉は子供を産めない体になった”と嘘を言いふらす。その所為でヴィオレットは婚約者から婚約破棄され、父からは娼館行きを言い渡される。あまりの仕打ちに父と妹の秘密を暴露すると、彼女は勘当されてしまう。そしてヴィオレットは母から託された古い屋敷へ行くのだが、そこで出会った美貌の双子からここを男子寮とするように頼まれる。寮母となったヴィオレットが上位貴族の令息達と暮らしていると、ルージュが現れてこう言った。「私のために家柄の良い美青年を集めて下さいましたのね、お姉様?」しかし令息達が性悪妹を歓迎するはずがなかった――

妹に魅了された婚約者の王太子に顔を斬られ追放された公爵令嬢は辺境でスローライフを楽しむ。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。  マクリントック公爵家の長女カチュアは、婚約者だった王太子に斬られ、顔に醜い傷を受けてしまった。王妃の座を狙う妹が王太子を魅了して操っていたのだ。カチュアは顔の傷を治してももらえず、身一つで辺境に追放されてしまった。

そんなに妹が好きなら死んであげます。

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』 フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。 それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。 そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。 イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。 異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。 何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

夫の妹に財産を勝手に使われているらしいので、第三王子に全財産を寄付してみた

今川幸乃
恋愛
ローザン公爵家の跡継ぎオリバーの元に嫁いだレイラは若くして父が死んだため、実家の財産をすでにある程度相続していた。 レイラとオリバーは穏やかな新婚生活を送っていたが、なぜかオリバーは妹のエミリーが欲しがるものを何でも買ってあげている。 不審に思ったレイラが調べてみると、何とオリバーはレイラの財産を勝手に売り払ってそのお金でエミリーの欲しいものを買っていた。 レイラは実家を継いだ兄に相談し、自分に敵対する者には容赦しない”冷血王子”と恐れられるクルス第三王子に全財産を寄付することにする。 それでもオリバーはレイラの財産でエミリーに物を買い与え続けたが、自分に寄付された財産を勝手に売り払われたクルスは激怒し…… ※短め

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

処理中です...