断罪中、味方が多すぎて王子が孤立している件について

夏乃みのり

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公爵邸の門前が、にわかに騒がしくなっていた。


「開けろ! 私を誰だと思っている! この国の第二王子、ジェラルドだぞ!」


鉄格子越しに響く怒号。
優雅なアフタヌーンティーを楽しんでいた私とアレクセイ様の手が、同時に止まった。


「……やかましいな」


アレクセイ様が不快そうに眉を寄せる。
スノーも、せっかくの昼寝を邪魔されて「シャーッ」と低い声で威嚇している。


「ジェラルド殿下ですね。……どうしましょう? 居留守を使いますか?」


「いや、ここまで来て無視するのも面倒だ。庭に通せ。ハーブティーの出し殻くらいなら出してやる」


アレクセイ様の指示で、重厚な鉄の門が開かれた。
ドカドカと足音荒く入ってきたのは、目を血走らせたジェラルド殿下と、その後ろに続く二十名ほどの近衛騎士たちだった。


殿下は、私を見つけるなり、鬼の首を取ったような顔で指差した。


「いたな、ラミリア! 逃げ隠れしても無駄だぞ!」


「別に隠れていませんけれど。ここ、私の家(仮)ですし」


私が冷静に返すと、殿下はさらにヒートアップした。
その身なりは、以前のキラキラ王子とは程遠い。
目の下には濃いクマ、服のボタンは掛け違えられ、髪には寝癖がついている。
相当、精神的に追い詰められているようだ。


「黙れ! 貴様のせいで、私の生活はめちゃくちゃだ! 書類は終わらないし、ミナは『ネイルが折れた』と泣いてばかりだし、食堂の飯は不味いし!」


「それは殿下のマネジメント能力不足では?」


「うるさい! 全部貴様の陰謀だろう! 私を困らせて、気を引こうという魂胆は見え透いているんだよ!」


殿下は、恐ろしいほどのポジティブシンキング(被害妄想とも言う)を展開した。
どうやら、私がまだ彼に未練があり、わざと彼を困らせて「やはり君が必要だ」と言わせようとしている……と解釈しているらしい。


「残念ながら、私は今、アレクセイ様の下で大変充実した日々を送っております。殿下の気を引く暇など、1秒もございません」


私がきっぱりと否定すると、殿下は顔を真っ赤にして地団駄を踏んだ。


「嘘をつくな! 平民に落ちた貴様が、幸せなはずがない! 強がりはやめて、私の元へ戻ってこい! そして今すぐあの書類の山を片付けろ!」


結局、それが本音か。
愛ではなく、労働力が欲しいだけだ。
私は呆れて溜息をついた。


「お断りします」


「なっ……!?」


「私はもう、殿下の婚約者でも、都合の良い雑用係でもありません。公爵家の食客です。お引き取りください」


私が冷たく突き放すと、殿下の中で何かが切れた音がした。
逆ギレである。


「……そうか。口で言っても分からないなら、実力行使だ」


殿下は、背後に控える騎士たちに向かって右手を掲げた。


「騎士たちよ! この女を捕らえろ! 国家反逆罪……いや、王族への不敬罪だ! 無理やりにでも城へ連れ戻すんだ!」


号令がかかる。
普通なら、ここで屈強な騎士たちが私を取り囲み、手錠をかける展開だ。
アレクセイ様が腰の剣に手をかけ、殺気を放とうとした、その時。


「…………」


シーン。
何も起きなかった。
風が吹き抜け、庭の木の葉がカサカサと鳴っただけだ。


「……おい? どうした? 聞こえなかったのか?」


殿下は振り返った。
騎士たちは、そこに立っていた。
槍を持ち、整列している。
だが、誰一人として動こうとしない。


「命令だぞ! ラミリアを捕らえろと言っているんだ!」


殿下が叫ぶ。
しかし、騎士たちは微動だにしない。
それどころか、全員が明後日の方向を見たり、空の雲を数え始めたりしている。


「おい! 3番隊長! お前がいけ!」


名指しされた隊長格の騎士が、バツが悪そうに口を開いた。


「あー、いや、その……本日は肩が痛くて……剣が抜けません」


「はあ!? 朝の訓練ではブンブン振り回していただろうが!」


「いえ、急に痛みが……古傷が……うっ、痛い」


隊長は棒読みで痛がるフリをした。
すると、他の騎士たちも口々に言い訳を始めた。


「あ、俺もです。急に腹痛が……」
「俺は、ラミリア様に近づくと蕁麻疹が出る体質でして(大嘘)」
「俺は宗教上の理由で、女性に触れることができません」
「俺は今日、占いで『西に進むと凶』と言われたので動けません」


見事なまでのサボタージュ。
全員が、私を捕らえることを拒否しているのだ。


「き、貴様ら……! 謀反か!? 王子の命令だぞ!?」


殿下が顔を歪ませる。
その時、最後列にいた若い騎士が、ボソリと呟いた。


「……だって、ラミリア様だし」


その一言が、引き金となった。


「そうだよなぁ。ラミリア様を捕まえるなんて、バチが当たるよな」
「俺、先月実家の母ちゃんが倒れた時、ラミリア様に有給休暇の申請を通してもらったんだよ。恩人だよ」
「俺なんか、借金の相談に乗ってもらったぞ。金利の計算までしてくれて……」
「あの方の手作りクッキーを食べた恩を忘れて、剣を向けるなんて騎士の恥だ」


騎士たちが、殿下を無視して盛り上がり始めた。
彼らの視線は、私に向けられている。
敵意ではない。
「ラミリア様、お元気そうで!」「肌ツヤ良くなりましたね!」「今の服、似合ってます!」という、アイドルのファンミーティングのような眼差しだ。


「みなさん……」


私は胸が熱くなった。
王城でのあの日々。
騎士団の詰め所に差し入れを持って行ったり、彼らの愚痴を聞いたり、ボロボロになったマントを縫ってあげたりした日々は、無駄ではなかったのだ。


私はニッコリと微笑み、彼らに手を振った。


「お久しぶりですね、皆さん。……3番隊長さん、肩の痛みには、温湿布より冷湿布の方が効きますよ?」


「! ……は、はいっ! ありがとうございますラミリア様! 一生冷やします!」


3番隊長が直立不動で敬礼した。
もはや、どちらが主人か分からない。


「な、な、な……」


殿下はわなないた。
自分の配下だと思っていた騎士たちが、完全に私の手の中にいる。
その事実に、プライドが耐えきれないようだ。


「どいつもこいつも……裏切り者め! いいだろう、ならば私が直接やる!」


殿下は腰の剣を抜き放った。
王族が丸腰の令嬢に剣を向けるなど、前代未聞の醜態だ。


「来い、ラミリア! 抵抗すれば怪我をするぞ!」


殿下が私に向かって踏み出した。
その切っ先が、私に向けられる――よりも早く。


ガキンッ!!


甲高い金属音が響き、殿下の剣が宙を舞った。


「……へ?」


殿下の手から剣が弾き飛ばされ、地面に突き刺さる。
その衝撃波の出所は、私の隣。
優雅に紅茶を置いて立ち上がった、『氷の公爵』だった。


アレクセイ様は、鞘に入ったままの剣を一閃させただけだった。
それだけで、殿下の剣を弾き飛ばしたのだ。


「……ジェラルド」


地獄の底から響くような、低く、冷たい声。
先ほどまでの騎士たちへの呆れムードは消え失せ、そこにあるのは純粋な殺意だ。


「私の庭で、私の婚約者に、抜刀したな?」


「ひっ……!」


「騎士たちが動かなかったのは、賢明な判断だ。……彼らは知っていたのだよ。もしラミリアに指一本でも触れれば、この屋敷から生きて出られないことを」


アレクセイ様の背後から、目に見えるほどの冷気が立ち上る。
庭のバラが、一瞬にして凍りついた。
物理的に、冬が来た。


「お、叔父上……。ち、違うんです、これは……」


「何が違う? お前は今、力ずくで彼女を奪おうとした。……それはつまり、私への宣戦布告と受け取っていいのだな?」


アレクセイ様が一歩近づく。
殿下は二歩下がる。
騎士たちは「あ、これアカンやつや」と悟り、ササッと左右に退避して道を開けた。


「ま、待ってください! 話せば分かります!」


「話す必要はない。……消えろ」


アレクセイ様が指を鳴らした瞬間、巨大な氷の塊が殿下の足元に隆起した。


「うわああああっ!?」


殿下は尻餅をつき、氷の上を滑って転がった。


「二度と敷居を跨ぐな。次に来た時は、その愚かな頭を氷漬けにして、王城のオブジェにしてやる」


「ひ、ひぃぃぃっ!! 覚えてろぉぉぉ!」


殿下は転がるようにして逃げ出した。
剣を拾う余裕すらない。
まさに負け犬の逃走だった。


「……あ、殿下! お待ちください!」


騎士たちが、慌てず騒がず、しかし申し訳なさそうに私の前を通り過ぎる。


「すみませんラミリア様、お騒がせしました!」
「また差し入れ待ってます!」
「今度、公爵家に転職してもいいですかね?」


口々に挨拶を残し、彼らは殿下を追いかけていった。
……追いかける足取りが妙に軽いのは、気のせいだろうか。


嵐が去った庭には、再び静寂が戻った。
突き刺さったままの殿下の剣と、一部が凍りついたバラを除いて。


「……ふん。口ほどにもない」


アレクセイ様は鼻を鳴らし、剣を置いた。
そして、すぐに私の方を向き、血相を変えて抱きしめてきた。


「ラミリア! 怪我はないか!? 怖くなかったか!? ……あいつ、殺しておけばよかったか?」


「だ、大丈夫です、アレクセイ様! 指一本触れられていませんから!」


過保護すぎる公爵様に抱きしめられながら、私は苦笑した。
それにしても。


「……騎士の皆さんが、あんなに私を庇ってくれるなんて」


「当然だ。人は、パンを与えてくれる者には従うが、心を救ってくれた者には命を懸ける」


アレクセイ様は私の頭を撫でた。


「お前が撒いた種が、芽を出して、お前自身を守ったのだ。……誇っていい」


「はい……」


私は胸がいっぱいになった。
特別な力はない。
でも、私が積み重ねてきた「普通」の行動は、決して無駄ではなかった。
それが何よりの自信になった。


「さて、冷えてきたな。部屋に戻ろう。……スノーも、氷の上で滑って遊んでいるようだし」


見れば、殿下が転んだ氷の上で、スノーが楽しそうにツルツルと滑っている。
なんて呑気な猫だろう。


私たちは寄り添って屋敷へと戻った。
これで殿下も懲りただろう……と、その時は思っていた。
しかし、権力に固執する者の執念深さを、私たちはまだ少し甘く見ていたのかもしれません。
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