断罪中、味方が多すぎて王子が孤立している件について

夏乃みのり

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「……信じられない! なんでこの私が、こんな目に遭わなきゃいけないの!?」


王都の下町。
庶民が行き交う賑やかな市場の片隅で、頭巾を深く被った少女――男爵令嬢ミナは、ギリギリと奥歯を噛み締めていた。


彼女の現在の所持金は、銅貨数枚。
王城での生活は、ジェラルド王子の資産凍結により崩壊寸前だった。
豪華なドレスも、美味しいお菓子も、宝石も、何も買ってもらえない。
食事は質素なパンとスープのみ。


「これもあれも、全部ラミリアのせいよ!」


ミナは確信していた。
あの地味で無能なラミリアが、何らかの汚い手を使って王子を陥れ、自分だけちゃっかり公爵家に潜り込んだに違いないと。


「許せない……。私がヒロインなのに、脇役が幸せになるなんて脚本間違いよ!」


そこで彼女は思いついた。
名案、いや妙案である。


「そうだわ。ラミリアの悪評を流してやればいいのよ」


彼女はニヤリと笑った。
『ラミリアは公爵家の金を横領している』
『実は王子を呪っていた魔女だ』
そんな噂を街中に広めれば、世論は彼女を糾弾するはず。
そうすれば、アレクセイ公爵も彼女を捨て、代わりに可愛くて可哀想な私を保護してくれるに決まっている。


「私ってば天才! さあ、作戦開始よ!」


ミナは意気揚々と、井戸端会議をしている主婦たちの輪に突撃した。


「ねえねえ、奥様方! 聞いたことありますぅ? あの公爵家にいるラミリアって女の話!」


主婦たちが一斉に振り返る。
ミナは声を潜め、深刻そうな顔を作った。


「実はね、あの子、公爵様を騙して大金を横領しているらしいわよ? しかも、夜な夜な変な儀式をしてるって噂……怖いわよねぇ?」


さあ、驚け。
軽蔑しろ。
そしてラミリアを叩け。


しかし、主婦たちの反応は予想外だった。


「……は? あんた何言ってんの?」


一人の恰幅の良いおばちゃんが、怪訝な顔でミナを睨んだ。


「ラミリア様が横領? あのしっかり者のお嬢ちゃんが、そんなことするわけないじゃないか」


「え?」


「そうだよ。あの方はね、この前市場に来た時、『大根の葉っぱは捨てずに炒めると美味しいですよ』って、節約レシピを教えてくれたんだよ! あんなに食材を大事にする人が、お金を盗むわけないだろう!」


「そ、そうですわね!」


他の主婦も頷く。


「うちの子が熱を出した時、通りがかったラミリア様が、すぐに氷嚢を作って看病してくださったのよ! しかも『お母さんも休んでくださいね』って、私の肩まで揉んでくれて……。あの方は天使よ!」


「天使というより、オカンよね。若いのにお袋の味がするのよ」


「そ、そんな……!?」


ミナは後ずさった。
おかしい。
悪役令嬢のはずなのに、なぜこんなに感謝されているのだ。


「で、でもっ! 男好きだって噂も……!」


ミナは場所を変えた。
次は、強面の職人たちが集まる酒場だ。
ここなら、下世話な噂が広まりやすいはず。


「おじ様たちぃ、聞いてくださいよぉ。ラミリアって女、男をたぶらかすのが趣味らしいですよ?」


しかし、酒場の親父がカウンターをバン!と叩いた。


「ああん? ラミリア様の悪口を言ったのはどこのどいつだ!」


「ひっ」


「あの方はなぁ、俺たちが計算できなくて困ってた確定申告の書類を、たった一晩で仕上げてくれた恩人なんだぞ! おかげで税務署に怒られずに済んだんだ!」


「そうだそうだ! 俺の店の経営が傾いた時も、『回転率を上げるために座席配置を変えましょう』ってアドバイスくれて、V字回復したんだ!」


「ラミリア様は俺たちの経営コンサルタントだ! 侮辱する奴は、この店から叩き出すぞ!」


職人たちがジョッキを持って立ち上がる。
殺気立っている。


「ひ、ひぃぃぃっ! ごめんなさぁぁい!」


ミナは泣きながら逃げ出した。
どこへ行ってもこれだ。


パン屋に行けば「売れ残りのパンを孤児院に配るルートを作ってくれたのはラミリア様だ!」と怒られ。
花屋に行けば「廃棄寸前の花でポプリを作る事業を提案してくれたのよ!」と感謝され。
スラム街の子供たちに至っては、「ラミリア姉ちゃんは俺たちの勉強を見てくれたんだ! 石投げんぞ!」と石礫が飛んでくる始末。


王城に引きこもっていたミナは知らなかったのだ。
ラミリアが休日のたびに街へ繰り出し、お忍びでボランティア(という名の趣味の業務改善)を行っていたことを。
彼女にとって、街の人々は「守るべき国民」であり、同時に「将来の有力なコネクション」だったのだ。


「はぁ……はぁ……。なんなのよ、この国……」


路地裏に逃げ込んだミナは、へたり込んだ。
髪はボサボサ、ドレスは泥だらけ。
惨めだ。


「なんで全員、あの女の味方なのよ……。おかしいじゃない……」


そこへ、影から一人の男が現れた。
目深に帽子を被った、胡散臭い男だ。


「……お嬢ちゃん。随分と危ない橋を渡ろうとしてるな」


「だ、誰!?」


「ただの情報屋さ。……忠告しておいてやるよ。この街でラミリア様の悪口を言うのは、王様の悪口を言うよりリスクが高いぜ?」


男はニヤリと笑った。


「ここの連中はみんな、あの方に何かしらの恩がある。そして、あの方を悲しませる奴は、俺たち『裏の住人』も許さねえ」


「う、裏の……!?」


「ラミリア様は以前、俺がドブ川で溺れてた時に助けてくれてな。……これ以上騒ぎ立てるなら、公爵様に報告する前に、俺たちが黙っちゃいねえよ?」


男が懐からナイフをチラつかせると、ミナの顔から完全に血の気が引いた。


「い、嫌ぁぁぁっ!!」


ミナは悲鳴を上げて走り去った。
もう二度と、下町には来ないと誓いながら。


***


一方、公爵邸。


「……くしゅんっ!」


ラミリアが可愛らしいくしゃみをした。


「おや、風邪か?」


隣で書類(ラミリアが暇つぶしに整理した公爵領の収支報告書)を見ていたアレクセイ様が、すぐに反応して自分のストールを彼女の肩にかけた。


「いえ、なんだか……誰かに噂されているような気がして」


「ふむ。私の美貌と才能を持った婚約者の噂など、世界中でされているだろうな」


アレクセイ様は真顔で親バカならぬ婚約者バカを発揮した。


「だが、もしお前に害をなすような悪い噂があれば……その時は、噂の出所ごと消し去るまでだ」


その目が一瞬だけ『氷の公爵』モードになり、室温が下がった。


「あはは……。アレクセイ様、冗談がお上手ですね」


ラミリアは苦笑したが、彼が冗談を言っていないことを、スノーだけが知っていた。
猫は「やれやれ」といった様子で、ラミリアの膝の上で丸くなった。


ミナの悪あがきは、ラミリアの日頃の徳の高さ(と、アレクセイの過保護な監視網)の前には、あまりにも無力だったのである。
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