断罪中、味方が多すぎて王子が孤立している件について

夏乃みのり

文字の大きさ
13 / 28

13

しおりを挟む
公爵邸の門前が、にわかに騒がしくなっていた。


「開けろ! 私を誰だと思っている! この国の第二王子、ジェラルドだぞ!」


鉄格子越しに響く怒号。
優雅なアフタヌーンティーを楽しんでいた私とアレクセイ様の手が、同時に止まった。


「……やかましいな」


アレクセイ様が不快そうに眉を寄せる。
スノーも、せっかくの昼寝を邪魔されて「シャーッ」と低い声で威嚇している。


「ジェラルド殿下ですね。……どうしましょう? 居留守を使いますか?」


「いや、ここまで来て無視するのも面倒だ。庭に通せ。ハーブティーの出し殻くらいなら出してやる」


アレクセイ様の指示で、重厚な鉄の門が開かれた。
ドカドカと足音荒く入ってきたのは、目を血走らせたジェラルド殿下と、その後ろに続く二十名ほどの近衛騎士たちだった。


殿下は、私を見つけるなり、鬼の首を取ったような顔で指差した。


「いたな、ラミリア! 逃げ隠れしても無駄だぞ!」


「別に隠れていませんけれど。ここ、私の家(仮)ですし」


私が冷静に返すと、殿下はさらにヒートアップした。
その身なりは、以前のキラキラ王子とは程遠い。
目の下には濃いクマ、服のボタンは掛け違えられ、髪には寝癖がついている。
相当、精神的に追い詰められているようだ。


「黙れ! 貴様のせいで、私の生活はめちゃくちゃだ! 書類は終わらないし、ミナは『ネイルが折れた』と泣いてばかりだし、食堂の飯は不味いし!」


「それは殿下のマネジメント能力不足では?」


「うるさい! 全部貴様の陰謀だろう! 私を困らせて、気を引こうという魂胆は見え透いているんだよ!」


殿下は、恐ろしいほどのポジティブシンキング(被害妄想とも言う)を展開した。
どうやら、私がまだ彼に未練があり、わざと彼を困らせて「やはり君が必要だ」と言わせようとしている……と解釈しているらしい。


「残念ながら、私は今、アレクセイ様の下で大変充実した日々を送っております。殿下の気を引く暇など、1秒もございません」


私がきっぱりと否定すると、殿下は顔を真っ赤にして地団駄を踏んだ。


「嘘をつくな! 平民に落ちた貴様が、幸せなはずがない! 強がりはやめて、私の元へ戻ってこい! そして今すぐあの書類の山を片付けろ!」


結局、それが本音か。
愛ではなく、労働力が欲しいだけだ。
私は呆れて溜息をついた。


「お断りします」


「なっ……!?」


「私はもう、殿下の婚約者でも、都合の良い雑用係でもありません。公爵家の食客です。お引き取りください」


私が冷たく突き放すと、殿下の中で何かが切れた音がした。
逆ギレである。


「……そうか。口で言っても分からないなら、実力行使だ」


殿下は、背後に控える騎士たちに向かって右手を掲げた。


「騎士たちよ! この女を捕らえろ! 国家反逆罪……いや、王族への不敬罪だ! 無理やりにでも城へ連れ戻すんだ!」


号令がかかる。
普通なら、ここで屈強な騎士たちが私を取り囲み、手錠をかける展開だ。
アレクセイ様が腰の剣に手をかけ、殺気を放とうとした、その時。


「…………」


シーン。
何も起きなかった。
風が吹き抜け、庭の木の葉がカサカサと鳴っただけだ。


「……おい? どうした? 聞こえなかったのか?」


殿下は振り返った。
騎士たちは、そこに立っていた。
槍を持ち、整列している。
だが、誰一人として動こうとしない。


「命令だぞ! ラミリアを捕らえろと言っているんだ!」


殿下が叫ぶ。
しかし、騎士たちは微動だにしない。
それどころか、全員が明後日の方向を見たり、空の雲を数え始めたりしている。


「おい! 3番隊長! お前がいけ!」


名指しされた隊長格の騎士が、バツが悪そうに口を開いた。


「あー、いや、その……本日は肩が痛くて……剣が抜けません」


「はあ!? 朝の訓練ではブンブン振り回していただろうが!」


「いえ、急に痛みが……古傷が……うっ、痛い」


隊長は棒読みで痛がるフリをした。
すると、他の騎士たちも口々に言い訳を始めた。


「あ、俺もです。急に腹痛が……」
「俺は、ラミリア様に近づくと蕁麻疹が出る体質でして(大嘘)」
「俺は宗教上の理由で、女性に触れることができません」
「俺は今日、占いで『西に進むと凶』と言われたので動けません」


見事なまでのサボタージュ。
全員が、私を捕らえることを拒否しているのだ。


「き、貴様ら……! 謀反か!? 王子の命令だぞ!?」


殿下が顔を歪ませる。
その時、最後列にいた若い騎士が、ボソリと呟いた。


「……だって、ラミリア様だし」


その一言が、引き金となった。


「そうだよなぁ。ラミリア様を捕まえるなんて、バチが当たるよな」
「俺、先月実家の母ちゃんが倒れた時、ラミリア様に有給休暇の申請を通してもらったんだよ。恩人だよ」
「俺なんか、借金の相談に乗ってもらったぞ。金利の計算までしてくれて……」
「あの方の手作りクッキーを食べた恩を忘れて、剣を向けるなんて騎士の恥だ」


騎士たちが、殿下を無視して盛り上がり始めた。
彼らの視線は、私に向けられている。
敵意ではない。
「ラミリア様、お元気そうで!」「肌ツヤ良くなりましたね!」「今の服、似合ってます!」という、アイドルのファンミーティングのような眼差しだ。


「みなさん……」


私は胸が熱くなった。
王城でのあの日々。
騎士団の詰め所に差し入れを持って行ったり、彼らの愚痴を聞いたり、ボロボロになったマントを縫ってあげたりした日々は、無駄ではなかったのだ。


私はニッコリと微笑み、彼らに手を振った。


「お久しぶりですね、皆さん。……3番隊長さん、肩の痛みには、温湿布より冷湿布の方が効きますよ?」


「! ……は、はいっ! ありがとうございますラミリア様! 一生冷やします!」


3番隊長が直立不動で敬礼した。
もはや、どちらが主人か分からない。


「な、な、な……」


殿下はわなないた。
自分の配下だと思っていた騎士たちが、完全に私の手の中にいる。
その事実に、プライドが耐えきれないようだ。


「どいつもこいつも……裏切り者め! いいだろう、ならば私が直接やる!」


殿下は腰の剣を抜き放った。
王族が丸腰の令嬢に剣を向けるなど、前代未聞の醜態だ。


「来い、ラミリア! 抵抗すれば怪我をするぞ!」


殿下が私に向かって踏み出した。
その切っ先が、私に向けられる――よりも早く。


ガキンッ!!


甲高い金属音が響き、殿下の剣が宙を舞った。


「……へ?」


殿下の手から剣が弾き飛ばされ、地面に突き刺さる。
その衝撃波の出所は、私の隣。
優雅に紅茶を置いて立ち上がった、『氷の公爵』だった。


アレクセイ様は、鞘に入ったままの剣を一閃させただけだった。
それだけで、殿下の剣を弾き飛ばしたのだ。


「……ジェラルド」


地獄の底から響くような、低く、冷たい声。
先ほどまでの騎士たちへの呆れムードは消え失せ、そこにあるのは純粋な殺意だ。


「私の庭で、私の婚約者に、抜刀したな?」


「ひっ……!」


「騎士たちが動かなかったのは、賢明な判断だ。……彼らは知っていたのだよ。もしラミリアに指一本でも触れれば、この屋敷から生きて出られないことを」


アレクセイ様の背後から、目に見えるほどの冷気が立ち上る。
庭のバラが、一瞬にして凍りついた。
物理的に、冬が来た。


「お、叔父上……。ち、違うんです、これは……」


「何が違う? お前は今、力ずくで彼女を奪おうとした。……それはつまり、私への宣戦布告と受け取っていいのだな?」


アレクセイ様が一歩近づく。
殿下は二歩下がる。
騎士たちは「あ、これアカンやつや」と悟り、ササッと左右に退避して道を開けた。


「ま、待ってください! 話せば分かります!」


「話す必要はない。……消えろ」


アレクセイ様が指を鳴らした瞬間、巨大な氷の塊が殿下の足元に隆起した。


「うわああああっ!?」


殿下は尻餅をつき、氷の上を滑って転がった。


「二度と敷居を跨ぐな。次に来た時は、その愚かな頭を氷漬けにして、王城のオブジェにしてやる」


「ひ、ひぃぃぃっ!! 覚えてろぉぉぉ!」


殿下は転がるようにして逃げ出した。
剣を拾う余裕すらない。
まさに負け犬の逃走だった。


「……あ、殿下! お待ちください!」


騎士たちが、慌てず騒がず、しかし申し訳なさそうに私の前を通り過ぎる。


「すみませんラミリア様、お騒がせしました!」
「また差し入れ待ってます!」
「今度、公爵家に転職してもいいですかね?」


口々に挨拶を残し、彼らは殿下を追いかけていった。
……追いかける足取りが妙に軽いのは、気のせいだろうか。


嵐が去った庭には、再び静寂が戻った。
突き刺さったままの殿下の剣と、一部が凍りついたバラを除いて。


「……ふん。口ほどにもない」


アレクセイ様は鼻を鳴らし、剣を置いた。
そして、すぐに私の方を向き、血相を変えて抱きしめてきた。


「ラミリア! 怪我はないか!? 怖くなかったか!? ……あいつ、殺しておけばよかったか?」


「だ、大丈夫です、アレクセイ様! 指一本触れられていませんから!」


過保護すぎる公爵様に抱きしめられながら、私は苦笑した。
それにしても。


「……騎士の皆さんが、あんなに私を庇ってくれるなんて」


「当然だ。人は、パンを与えてくれる者には従うが、心を救ってくれた者には命を懸ける」


アレクセイ様は私の頭を撫でた。


「お前が撒いた種が、芽を出して、お前自身を守ったのだ。……誇っていい」


「はい……」


私は胸がいっぱいになった。
特別な力はない。
でも、私が積み重ねてきた「普通」の行動は、決して無駄ではなかった。
それが何よりの自信になった。


「さて、冷えてきたな。部屋に戻ろう。……スノーも、氷の上で滑って遊んでいるようだし」


見れば、殿下が転んだ氷の上で、スノーが楽しそうにツルツルと滑っている。
なんて呑気な猫だろう。


私たちは寄り添って屋敷へと戻った。
これで殿下も懲りただろう……と、その時は思っていた。
しかし、権力に固執する者の執念深さを、私たちはまだ少し甘く見ていたのかもしれません。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

幼い頃、義母に酸で顔を焼かれた公爵令嬢は、それでも愛してくれた王太子が冤罪で追放されたので、ついていくことにしました。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 設定はゆるくなっています、気になる方は最初から読まないでください。 ウィンターレン公爵家令嬢ジェミーは、幼い頃に義母のアイラに酸で顔を焼かれてしまった。何とか命は助かったものの、とても社交界にデビューできるような顔ではなかった。だが不屈の精神力と仮面をつける事で、社交界にデビューを果たした。そんなジェミーを、心優しく人の本質を見抜ける王太子レオナルドが見初めた。王太子はジェミーを婚約者に選び、幸せな家庭を築くかに思われたが、王位を狙う邪悪な弟に冤罪を着せられ追放刑にされてしまった。

手放してみたら、けっこう平気でした。

朝山みどり
恋愛
エリザ・シスレーは伯爵家の後継として、勉強、父の手伝いと努力していた。父の親戚の婚約者との仲も良好で、結婚する日を楽しみしていた。 そんなある日、父が急死してしまう。エリザは学院をやめて、領主の仕事に専念した。 だが、領主として努力するエリザを家族は理解してくれない。彼女は家族のなかで孤立していく。

妹に傷物と言いふらされ、父に勘当された伯爵令嬢は男子寮の寮母となる~そしたら上位貴族のイケメンに囲まれた!?~

サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢ヴィオレットは魔女の剣によって下腹部に傷を受けた。すると妹ルージュが“姉は子供を産めない体になった”と嘘を言いふらす。その所為でヴィオレットは婚約者から婚約破棄され、父からは娼館行きを言い渡される。あまりの仕打ちに父と妹の秘密を暴露すると、彼女は勘当されてしまう。そしてヴィオレットは母から託された古い屋敷へ行くのだが、そこで出会った美貌の双子からここを男子寮とするように頼まれる。寮母となったヴィオレットが上位貴族の令息達と暮らしていると、ルージュが現れてこう言った。「私のために家柄の良い美青年を集めて下さいましたのね、お姉様?」しかし令息達が性悪妹を歓迎するはずがなかった――

妹に魅了された婚約者の王太子に顔を斬られ追放された公爵令嬢は辺境でスローライフを楽しむ。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。  マクリントック公爵家の長女カチュアは、婚約者だった王太子に斬られ、顔に醜い傷を受けてしまった。王妃の座を狙う妹が王太子を魅了して操っていたのだ。カチュアは顔の傷を治してももらえず、身一つで辺境に追放されてしまった。

そんなに妹が好きなら死んであげます。

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』 フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。 それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。 そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。 イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。 異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。 何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

夫の妹に財産を勝手に使われているらしいので、第三王子に全財産を寄付してみた

今川幸乃
恋愛
ローザン公爵家の跡継ぎオリバーの元に嫁いだレイラは若くして父が死んだため、実家の財産をすでにある程度相続していた。 レイラとオリバーは穏やかな新婚生活を送っていたが、なぜかオリバーは妹のエミリーが欲しがるものを何でも買ってあげている。 不審に思ったレイラが調べてみると、何とオリバーはレイラの財産を勝手に売り払ってそのお金でエミリーの欲しいものを買っていた。 レイラは実家を継いだ兄に相談し、自分に敵対する者には容赦しない”冷血王子”と恐れられるクルス第三王子に全財産を寄付することにする。 それでもオリバーはレイラの財産でエミリーに物を買い与え続けたが、自分に寄付された財産を勝手に売り払われたクルスは激怒し…… ※短め

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

処理中です...