断罪中、味方が多すぎて王子が孤立している件について

夏乃みのり

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「……叔父上にあんなことされて、ただで済むと思っているのか……!」


王城の自室に戻ったジェラルド殿下は、濡れ鼠のような姿で震えていた。
先ほど公爵邸の庭で、氷の上を滑って転がされ、ほうほうの体で逃げ帰ってきたのだ。
プライドはずたずたである。


「許さん……絶対に許さんぞ……! 私は王族だ! この国の支配者になる男だぞ!」


「殿下ぁ……寒いですぅ……」


隣ではミナもガタガタと震えている。
彼女もまた、公爵邸の冷気にあてられ、すっかり風邪気味だ。


「大丈夫か、ミナ。くそっ、医者を呼べ! ……あ、医務室の連中は『ラミリア様がいないと薬の在庫管理ができない』とか言ってストライキ中だった!」


殿下は自身の無力さに絶望しかけた。
だが、そこでミナが悪魔の囁きをした。


「ねえ、殿下……。今は陛下が療養中で不在なんですよね?」


「あ、ああ。父上は南の島で湯治中だ」


「だったら、今のこの国のトップは、殿下代理であるジェラルド様じゃないですか?」


ミナの言葉に、殿下の目が怪しく光った。


「……そうか。私は『国王代理』だ」


「そうですぅ! 個人の力で勝てないなら、権力を使えばいいんです! 『国王代理命令』を出して、公爵家からラミリアを引きずり出しましょう!」


「天才か! そうだ、法的に命令すれば、さすがの叔父上も逆らえないはずだ!」


殿下は狂喜乱舞し、すぐに羊皮紙を取り出した。
震える手で、公的文書を書き上げる。


『国王代理命令:ラミリア・バーンスタインを直ちに王城へ返還せよ。拒否すれば、アレクセイ公爵を反逆者とみなす』


「ははは! これだ! これを見せれば一発だ!」


愚かな王子は気づいていなかった。
『氷の公爵』相手に、生半可な権力を振りかざすことが、どれほど危険な行為であるかを。


***


公爵邸のリビング。
私は暖炉の前で、アレクセイ様と向かい合っていた。
先ほどの騒動の後、彼は妙に無口だった。


「……アレクセイ様? まだ怒っていらっしゃいますか?」


「……怒っていない」


彼は短く答えたが、持っているティーカップの中身が、うっすらと凍り始めている。
めちゃくちゃ怒っている。


「ジェラルド殿下のことは、もう気にしないでください。あの方も、少し頭を冷やせば諦めるでしょうし」


私が慰めようとした時、セバスチャンさんが入ってきた。
その表情は、先日の汚物(手紙)を見た時以上に険しい。


「旦那様。……王城より、勅使が参りました」


「勅使だと?」


「はい。ジェラルド殿下の署名入り『国王代理命令書』を持参しております」


部屋の空気が、ピキリと凍りついた。


「……通せ」


アレクセイ様の声が低い。
やがて、仰々しい礼服を着た役人が、震えながら入ってきた。
彼はアレクセイ様の殺気に当てられ、すでに涙目である。


「し、失礼いたします……! こ、国王代理、ジェラルド殿下より、公爵閣下へ命令書を……!」


役人は震える手で、羊皮紙を差し出した。
アレクセイ様はそれを受け取らず、指先だけで弾いて開いた。
宙に浮いた羊皮紙に、書かれた文字が浮かび上がる。


『直ちに返還せよ』
『反逆者とみなす』


その文言を見た瞬間。


パキィィィンッ!!


部屋中の窓ガラスが一斉にひび割れた。


「ひぃっ!?」


役人が悲鳴を上げて床にへたり込む。
私も思わず身を縮めた。
怖い。
今まで見た中で、一番怖い。
アレクセイ様の銀色の髪が、怒りの魔力で逆立ち、瞳が青白い炎のように燃え上がっている。


「……反逆者、だと?」


アレクセイ様が、ゆっくりと立ち上がった。
その一挙手一投足に合わせて、部屋の温度が急激に下がっていく。
暖炉の火が消えた。
花瓶の水が凍った。
私の吐く息が白くなる。


「あ、あの馬鹿は……本気で私を怒らせたいらしい」


彼は羊皮紙を掴んだ。
次の瞬間、羊皮紙は青い炎に包まれ、一瞬で塵となって消滅した。


「使者よ。……伝言だ」


アレクセイ様が役人を見下ろす。
役人は「あわわわ」と腰を抜かしている。


「ジェラルドに伝えろ」


一言一句、噛み締めるように、彼は告げた。


「『王家の権威を、己の痴話喧嘩に利用するな』」


「は、はい……!」


「そして、『次にラミリアに対し、そのふざけた権力を行使してみろ。……その時は』」


ゴゴゴゴ……と屋敷全体が揺れる。
魔力の暴走ではない。
制御された、純粋な威圧だ。


「『貴様の王位継承権ごと、この国を地図から消し去ってやる』とな」


「~~~~ッ!!」


役人は泡を吹いて気絶した。
セバスチャンさんが慣れた手つきで役人を抱え上げ、「外に捨ててまいります」と退室していく。


部屋に残されたのは、魔王のように佇む公爵様と、震える私だけ。
静寂が痛い。


「……アレクセイ様」


私が恐る恐る声をかけると、彼はハッとしてこちらを向いた。
その瞳から、狂気じみた光が消え、焦りの色が浮かぶ。


「ラミリア! すまない、怖がらせたか!? 寒くはないか!?」


彼は慌てて魔力を収め、私に駆け寄ってきた。
冷え切った私の手を、自分の両手で包み込み、温めようとしてくれる。


「大丈夫です。……でも、アレクセイ様、手が震えていますよ?」


「……くそっ」


彼は私の手を握りしめたまま、自身の額を私の肩に押し付けた。
弱々しい姿だった。
さっきの魔王とは別人のようだ。


「怖かったのだ」


「え?」


「お前が……権力という暴力によって、私から奪われるのではないかと。……そう考えただけで、はらわたが煮えくり返りそうで……どうにかなりそうだった」


彼の声が震えている。
『氷の公爵』と呼ばれる最強の男が、たかが一人の女のために、こんなにも取り乱している。


「私は、お前がいない世界になど耐えられない。……ラミリア、頼む。どこにも行かないでくれ」


子供のような懇願だった。
私は胸が締め付けられるような愛おしさを感じた。
この人は、強いけれど、脆い。
そして、不器用なほどに一途だ。


私は彼の手を離し、そっと彼の背中に腕を回した。
抱きしめ返す。


「行きませんよ。……アレクセイ様が、私を離さない限り」


「離すものか。……一生だ」


彼は私の腰に腕を回し、強く、強く抱きしめた。
骨が軋むほどだったが、痛くはなかった。
彼の体温が、鼓動が、直に伝わってくる。


「……ラミリア」


「はい」


「明日、礼服を用意してくれ」


彼の声に、決意の色が宿った。
顔を上げると、そこにはいつもの冷静沈着な、しかし熱い炎を秘めた公爵の顔があった。


「こんな中途半端な状態だから、あの馬鹿がつけあがるのだ。……決着をつける」


「決着、ですか?」


「ああ。お前を正式に、誰にも文句を言わせない形で、私のものにする」


彼の言葉の意味を、私はまだ完全には理解していなかった。
けれど、その瞳の真剣さに、ただ頷くことしかできなかった。


「はい。……お供します、アレクセイ様」


こうして、王子の浅はかな権力行使は、眠れる獅子ならぬ、眠れる魔王を完全に目覚めさせてしまったのだった。
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