断罪中、味方が多すぎて王子が孤立している件について

夏乃みのり

文字の大きさ
14 / 28

14

しおりを挟む
「……叔父上にあんなことされて、ただで済むと思っているのか……!」


王城の自室に戻ったジェラルド殿下は、濡れ鼠のような姿で震えていた。
先ほど公爵邸の庭で、氷の上を滑って転がされ、ほうほうの体で逃げ帰ってきたのだ。
プライドはずたずたである。


「許さん……絶対に許さんぞ……! 私は王族だ! この国の支配者になる男だぞ!」


「殿下ぁ……寒いですぅ……」


隣ではミナもガタガタと震えている。
彼女もまた、公爵邸の冷気にあてられ、すっかり風邪気味だ。


「大丈夫か、ミナ。くそっ、医者を呼べ! ……あ、医務室の連中は『ラミリア様がいないと薬の在庫管理ができない』とか言ってストライキ中だった!」


殿下は自身の無力さに絶望しかけた。
だが、そこでミナが悪魔の囁きをした。


「ねえ、殿下……。今は陛下が療養中で不在なんですよね?」


「あ、ああ。父上は南の島で湯治中だ」


「だったら、今のこの国のトップは、殿下代理であるジェラルド様じゃないですか?」


ミナの言葉に、殿下の目が怪しく光った。


「……そうか。私は『国王代理』だ」


「そうですぅ! 個人の力で勝てないなら、権力を使えばいいんです! 『国王代理命令』を出して、公爵家からラミリアを引きずり出しましょう!」


「天才か! そうだ、法的に命令すれば、さすがの叔父上も逆らえないはずだ!」


殿下は狂喜乱舞し、すぐに羊皮紙を取り出した。
震える手で、公的文書を書き上げる。


『国王代理命令:ラミリア・バーンスタインを直ちに王城へ返還せよ。拒否すれば、アレクセイ公爵を反逆者とみなす』


「ははは! これだ! これを見せれば一発だ!」


愚かな王子は気づいていなかった。
『氷の公爵』相手に、生半可な権力を振りかざすことが、どれほど危険な行為であるかを。


***


公爵邸のリビング。
私は暖炉の前で、アレクセイ様と向かい合っていた。
先ほどの騒動の後、彼は妙に無口だった。


「……アレクセイ様? まだ怒っていらっしゃいますか?」


「……怒っていない」


彼は短く答えたが、持っているティーカップの中身が、うっすらと凍り始めている。
めちゃくちゃ怒っている。


「ジェラルド殿下のことは、もう気にしないでください。あの方も、少し頭を冷やせば諦めるでしょうし」


私が慰めようとした時、セバスチャンさんが入ってきた。
その表情は、先日の汚物(手紙)を見た時以上に険しい。


「旦那様。……王城より、勅使が参りました」


「勅使だと?」


「はい。ジェラルド殿下の署名入り『国王代理命令書』を持参しております」


部屋の空気が、ピキリと凍りついた。


「……通せ」


アレクセイ様の声が低い。
やがて、仰々しい礼服を着た役人が、震えながら入ってきた。
彼はアレクセイ様の殺気に当てられ、すでに涙目である。


「し、失礼いたします……! こ、国王代理、ジェラルド殿下より、公爵閣下へ命令書を……!」


役人は震える手で、羊皮紙を差し出した。
アレクセイ様はそれを受け取らず、指先だけで弾いて開いた。
宙に浮いた羊皮紙に、書かれた文字が浮かび上がる。


『直ちに返還せよ』
『反逆者とみなす』


その文言を見た瞬間。


パキィィィンッ!!


部屋中の窓ガラスが一斉にひび割れた。


「ひぃっ!?」


役人が悲鳴を上げて床にへたり込む。
私も思わず身を縮めた。
怖い。
今まで見た中で、一番怖い。
アレクセイ様の銀色の髪が、怒りの魔力で逆立ち、瞳が青白い炎のように燃え上がっている。


「……反逆者、だと?」


アレクセイ様が、ゆっくりと立ち上がった。
その一挙手一投足に合わせて、部屋の温度が急激に下がっていく。
暖炉の火が消えた。
花瓶の水が凍った。
私の吐く息が白くなる。


「あ、あの馬鹿は……本気で私を怒らせたいらしい」


彼は羊皮紙を掴んだ。
次の瞬間、羊皮紙は青い炎に包まれ、一瞬で塵となって消滅した。


「使者よ。……伝言だ」


アレクセイ様が役人を見下ろす。
役人は「あわわわ」と腰を抜かしている。


「ジェラルドに伝えろ」


一言一句、噛み締めるように、彼は告げた。


「『王家の権威を、己の痴話喧嘩に利用するな』」


「は、はい……!」


「そして、『次にラミリアに対し、そのふざけた権力を行使してみろ。……その時は』」


ゴゴゴゴ……と屋敷全体が揺れる。
魔力の暴走ではない。
制御された、純粋な威圧だ。


「『貴様の王位継承権ごと、この国を地図から消し去ってやる』とな」


「~~~~ッ!!」


役人は泡を吹いて気絶した。
セバスチャンさんが慣れた手つきで役人を抱え上げ、「外に捨ててまいります」と退室していく。


部屋に残されたのは、魔王のように佇む公爵様と、震える私だけ。
静寂が痛い。


「……アレクセイ様」


私が恐る恐る声をかけると、彼はハッとしてこちらを向いた。
その瞳から、狂気じみた光が消え、焦りの色が浮かぶ。


「ラミリア! すまない、怖がらせたか!? 寒くはないか!?」


彼は慌てて魔力を収め、私に駆け寄ってきた。
冷え切った私の手を、自分の両手で包み込み、温めようとしてくれる。


「大丈夫です。……でも、アレクセイ様、手が震えていますよ?」


「……くそっ」


彼は私の手を握りしめたまま、自身の額を私の肩に押し付けた。
弱々しい姿だった。
さっきの魔王とは別人のようだ。


「怖かったのだ」


「え?」


「お前が……権力という暴力によって、私から奪われるのではないかと。……そう考えただけで、はらわたが煮えくり返りそうで……どうにかなりそうだった」


彼の声が震えている。
『氷の公爵』と呼ばれる最強の男が、たかが一人の女のために、こんなにも取り乱している。


「私は、お前がいない世界になど耐えられない。……ラミリア、頼む。どこにも行かないでくれ」


子供のような懇願だった。
私は胸が締め付けられるような愛おしさを感じた。
この人は、強いけれど、脆い。
そして、不器用なほどに一途だ。


私は彼の手を離し、そっと彼の背中に腕を回した。
抱きしめ返す。


「行きませんよ。……アレクセイ様が、私を離さない限り」


「離すものか。……一生だ」


彼は私の腰に腕を回し、強く、強く抱きしめた。
骨が軋むほどだったが、痛くはなかった。
彼の体温が、鼓動が、直に伝わってくる。


「……ラミリア」


「はい」


「明日、礼服を用意してくれ」


彼の声に、決意の色が宿った。
顔を上げると、そこにはいつもの冷静沈着な、しかし熱い炎を秘めた公爵の顔があった。


「こんな中途半端な状態だから、あの馬鹿がつけあがるのだ。……決着をつける」


「決着、ですか?」


「ああ。お前を正式に、誰にも文句を言わせない形で、私のものにする」


彼の言葉の意味を、私はまだ完全には理解していなかった。
けれど、その瞳の真剣さに、ただ頷くことしかできなかった。


「はい。……お供します、アレクセイ様」


こうして、王子の浅はかな権力行使は、眠れる獅子ならぬ、眠れる魔王を完全に目覚めさせてしまったのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私の容姿は中の下だと、婚約者が話していたのを小耳に挟んでしまいました

山田ランチ
恋愛
想い合う二人のすれ違いラブストーリー。 ※以前掲載しておりましたものを、加筆の為再投稿致しました。お読み下さっていた方は重複しますので、ご注意下さいませ。 コレット・ロシニョール 侯爵家令嬢。ジャンの双子の姉。 ジャン・ロシニョール 侯爵家嫡男。コレットの双子の弟。 トリスタン・デュボワ 公爵家嫡男。コレットの婚約者。 クレマン・ルゥセーブル・ジハァーウ、王太子。 シモン・グレンツェ 辺境伯家嫡男。コレットの従兄。 ルネ ロシニョール家の侍女でコレット付き。 シルヴィー・ペレス 子爵令嬢。 〈あらすじ〉  コレットは愛しの婚約者が自分の容姿について話しているのを聞いてしまう。このまま大好きな婚約者のそばにいれば疎まれてしまうと思ったコレットは、親類の領地へ向かう事に。そこで新しい商売を始めたコレットは、知らない間に国の重要人物になってしまう。そしてトリスタンにも女性の影が見え隠れして……。  ジレジレ、すれ違いラブストーリー

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろう、ベリーズカフェにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

夫の妹に財産を勝手に使われているらしいので、第三王子に全財産を寄付してみた

今川幸乃
恋愛
ローザン公爵家の跡継ぎオリバーの元に嫁いだレイラは若くして父が死んだため、実家の財産をすでにある程度相続していた。 レイラとオリバーは穏やかな新婚生活を送っていたが、なぜかオリバーは妹のエミリーが欲しがるものを何でも買ってあげている。 不審に思ったレイラが調べてみると、何とオリバーはレイラの財産を勝手に売り払ってそのお金でエミリーの欲しいものを買っていた。 レイラは実家を継いだ兄に相談し、自分に敵対する者には容赦しない”冷血王子”と恐れられるクルス第三王子に全財産を寄付することにする。 それでもオリバーはレイラの財産でエミリーに物を買い与え続けたが、自分に寄付された財産を勝手に売り払われたクルスは激怒し…… ※短め

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

病弱を演じる妹に婚約者を奪われましたが、大嫌いだったので大助かりです

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」「ノベルバ」に同時投稿しています。 『病弱を演じて私から全てを奪う妹よ、全て奪った後で梯子を外してあげます』 メイトランド公爵家の長女キャメロンはずっと不当な扱いを受け続けていた。天性の悪女である妹のブリトニーが病弱を演じて、両親や周りの者を味方につけて、姉キャメロンが受けるはずのモノを全て奪っていた。それはメイトランド公爵家のなかだけでなく、社交界でも同じような状況だった。生まれて直ぐにキャメロンはオーガスト第一王子と婚約していたが、ブリトニーがオーガスト第一王子を誘惑してキャメロンとの婚約を破棄させようとしたいた。だがキャメロンはその機会を捉えて復讐を断行した。

夫から「用済み」と言われ追い出されましたけれども

神々廻
恋愛
2人でいつも通り朝食をとっていたら、「お前はもう用済みだ。門の前に最低限の荷物をまとめさせた。朝食をとったら出ていけ」 と言われてしまいました。夫とは恋愛結婚だと思っていたのですが違ったようです。 大人しく出ていきますが、後悔しないで下さいね。 文字数が少ないのでサクッと読めます。お気に入り登録、コメントください!

不貞の子を身籠ったと夫に追い出されました。生まれた子供は『精霊のいとし子』のようです。

桧山 紗綺
恋愛
【完結】嫁いで5年。子供を身籠ったら追い出されました。不貞なんてしていないと言っても聞く耳をもちません。生まれた子は間違いなく夫の子です。夫の子……ですが。 私、離婚された方が良いのではないでしょうか。 戻ってきた実家で子供たちと幸せに暮らしていきます。 『精霊のいとし子』と呼ばれる存在を授かった主人公の、可愛い子供たちとの暮らしと新しい恋とか愛とかのお話です。 ※※番外編も完結しました。番外編は色々な視点で書いてます。 時系列も結構バラバラに本編の間の話や本編後の色々な出来事を書きました。 一通り主人公の周りの視点で書けたかな、と。 番外編の方が本編よりも長いです。 気がついたら10万文字を超えていました。 随分と長くなりましたが、お付き合いくださってありがとうございました!

【完結】貴方が好きなのはあくまでも私のお姉様

すだもみぢ
恋愛
伯爵令嬢であるカリンは、隣の辺境伯の息子であるデュークが苦手だった。 彼の悪戯にひどく泣かされたことがあったから。 そんな彼が成長し、年の離れたカリンの姉、ヨーランダと付き合い始めてから彼は変わっていく。 ヨーランダは世紀の淑女と呼ばれた女性。 彼女の元でどんどんと洗練され、魅力に満ちていくデュークをカリンは傍らから見ていることしかできなかった。 しかしヨーランダはデュークではなく他の人を選び、結婚してしまう。 それからしばらくして、カリンの元にデュークから結婚の申し込みが届く。 私はお姉さまの代わりでしょうか。 貴方が私に優しくすればするほど悲しくなるし、みじめな気持ちになるのに……。 そう思いつつも、彼を思う気持ちは抑えられなくなっていく。 8/21 MAGI様より表紙イラストを、9/24にはMAGI様の作曲された この小説のイメージソング「意味のない空」をいただきました。 https://www.youtube.com/watch?v=L6C92gMQ_gE MAGI様、ありがとうございます! イメージが広がりますので聞きながらお話を読んでくださると嬉しいです。

処理中です...