3 / 49
3.攻略日記
しおりを挟む
さすがに三日も寝込んでいたせいだろう。
夜なのか朝なのか、よくわからない変な時間にぱちりと目が覚めてしまった。
暖炉の火はまだかすかに揺れていて、部屋がしんと静まり返っている分、パチパチという薪の音だけがやけに大きく響いている。
私はそっとベッドの端に足を下ろし、体を起こす。ふらつくかと思ったけれど、それほどでもない。
静まり返った床を踏みしめながら、ゆっくりとクローゼットへ向かう。胸元からネックレスを引き出し、小さく光る鍵を指先でつまむ。
鍵穴に差し込むと、カチリ、と控えめな音が響いた。
そこには、びっしりと日記帳の背表紙が並んでいた。
ぎっしり、整然と。同じ色、同じ大きさ、同じ厚み。
微妙に年数を追うごとに紙の質が変わっている気もするが、それでも十年分が整然と並んでいる様子は、壮観というほかない。
——結構まめな人間だったのね、“ララ”は。
背表紙を撫でると、手触りはどれもよく使い込まれていて、丁寧に大事にしていたことが分かる。
中ほどに埋もれていた一冊を抜き取ろうとして、ふと思い直し、一番手前ではなく、一番奥。表紙に最も古い日付が記された日記を手に取る。
「概要は聞いたから、私の記憶がない初めのほうがいいわね」
暖炉の明かりだけでは心許ないので、机の上に置かれたろうそくにも火を灯した。ほのかな光がページを照らす。
深く息を吸って、そっとページをめくった。
*****
ララの日記
やったわ!!
目が覚めた瞬間、見知らぬ天井が視界いっぱいに広がっていて、思わず息を呑んだ。
寝返りをうつと、ふわりと軽やかな髪が頬をかすめる。その感触に首をひねり、鏡のある方向へ視線を向けた。そして私は固まってしまった。
鏡の中には、淡い光を受けてきらめくピンク色の髪が、絹のように柔らかく肩へ流れ落ちていて、宝石じみたブルーの瞳がまっすぐ私を映していた。
これ“アイラ・ラングフォード”だわ。
私が前世で何百時間もプレイして、完全攻略を夢見た乙女ゲームのヒロイン……!!!
胸がドキドキして、思わず手で顔を押さえたわ。当たりキャラ、引いちゃったじゃないの!?
ゲームで散々シミュレーションしてきたあの完璧なキャラクターが、まさか本当に自分になるなんて、信じられない!
しかも、もうすぐ学院入学……え? 明日!?
明日ってあの“アレ”よね? ゲーム本編が始まる、あのスタートイベントの日よね!?
準備は!? 制服は!? 寮は!?
時間は足りないけど、こんな幸運、逃す手はないわ。最高のスタートを神様から与えられたってことよね!
さて、どのルートを攻略しようかな。
最近攻略しようとしていたのは、セルジュ・アーガントン。宰相の息子で、クール系のイケメンだけど、時々見せる優しさがズルいのよね。
あのギャップ、心臓に悪すぎるわ……。ゲームで何度も選択肢を迷ったあの瞬間を、現実で体験できるなんて、もう天国じゃない!?
でも、コリン・ライクスバートの騎士ルートも捨てがたい。
お姫様抱っことか、されたいじゃない? いや、もちろん決してやましい意味じゃなく! 腕力自慢の騎士にふわっと抱えられるとか、絵面だけで胸が高鳴るじゃないの。
レオナール・ウェストレイは、簡単に攻略できるんだったっけ。顔は確かにタイプだけど、正直今は後回しでもいいかな。
なんかこう、「とりあえず押さえておく」程度の位置付けで、後でゆっくり攻略すればいいよね。
と、なると、やっぱり、王太子!
王道中の王道。
王子様と恋に落ちて、障害を乗り越えて、きらめくエンディングを迎える……乙女ゲームの黄金コース!
しかも初期イベントの印象で、攻略難度がガラッと変わるあのルート。
これは出遅れるわけにはいかないわ。
私、ここで本気出すわよ!!
絶対に、最高のハッピーエンドを掴んでみせるんだから!
*****
sideアイラ
え? 何これ?
気をしっかり保たなくては、このままじゃ倒れそうだ。情報量が多すぎる。
これが、“ララ”。十年間の、私のスタート。
日記には、この先ひたすら、喜びの声、攻略相手のランク付け、作戦会議のメモがびっしり書かれ、そして一冊ご終わっている。
目覚めたら、自分ではない人間になっているのに、こんなに喜べるものなのかしら。
転生して、元の世界に戻れないララ。
置いてきた人たちに惜別の思いはなかったのかしら。……残念な人ね。
ふふふ、ああ……そうだった。私だった。
それにしても、レオナール様は、ララにとってランクが一番下なのね。なぜ今一緒にいるのかしら。ほかの全員駄目だったってこと?
私はそっと日記を持ち上げ、暖炉の中へ投げ入れた。紙がぱちぱちと音を立てて燃え上がる。
これは、この世に残してはいけないもの。人目に触れさせては絶対にいけない代物。
そう思うと、他の日記も早く確認しなくてはと焦る気持ちが湧いた。おそらく全てこの世から消すことにはなるのだろう。
ただ、今から読むのは私の神経が持たない。
クローゼットにむかい箱の中身を見る。軽く30冊以上はある。
箱の鍵だけでは、心許ないわね。クローゼットにも鍵をつけて、もっと厳重に誰の目にも触れないようにしておくべきかもしれない。
窓の外は、うっすらと明るくなってきた。まだ眠りから覚めきらない世界は静かで、遠くの樹木の輪郭がぼんやりと浮かぶだけ。思わず目を細める。
頭の中の混乱と途方に暮れる感情を静めようとしたが、駄目だった。
「とりあえず、もう一度寝ることにするわ」
眠れるかしら……。ああ、そうだ。明日目覚めたら、覚悟を決めて鏡を見なくてはいけないわ。
十年か……。
夜なのか朝なのか、よくわからない変な時間にぱちりと目が覚めてしまった。
暖炉の火はまだかすかに揺れていて、部屋がしんと静まり返っている分、パチパチという薪の音だけがやけに大きく響いている。
私はそっとベッドの端に足を下ろし、体を起こす。ふらつくかと思ったけれど、それほどでもない。
静まり返った床を踏みしめながら、ゆっくりとクローゼットへ向かう。胸元からネックレスを引き出し、小さく光る鍵を指先でつまむ。
鍵穴に差し込むと、カチリ、と控えめな音が響いた。
そこには、びっしりと日記帳の背表紙が並んでいた。
ぎっしり、整然と。同じ色、同じ大きさ、同じ厚み。
微妙に年数を追うごとに紙の質が変わっている気もするが、それでも十年分が整然と並んでいる様子は、壮観というほかない。
——結構まめな人間だったのね、“ララ”は。
背表紙を撫でると、手触りはどれもよく使い込まれていて、丁寧に大事にしていたことが分かる。
中ほどに埋もれていた一冊を抜き取ろうとして、ふと思い直し、一番手前ではなく、一番奥。表紙に最も古い日付が記された日記を手に取る。
「概要は聞いたから、私の記憶がない初めのほうがいいわね」
暖炉の明かりだけでは心許ないので、机の上に置かれたろうそくにも火を灯した。ほのかな光がページを照らす。
深く息を吸って、そっとページをめくった。
*****
ララの日記
やったわ!!
目が覚めた瞬間、見知らぬ天井が視界いっぱいに広がっていて、思わず息を呑んだ。
寝返りをうつと、ふわりと軽やかな髪が頬をかすめる。その感触に首をひねり、鏡のある方向へ視線を向けた。そして私は固まってしまった。
鏡の中には、淡い光を受けてきらめくピンク色の髪が、絹のように柔らかく肩へ流れ落ちていて、宝石じみたブルーの瞳がまっすぐ私を映していた。
これ“アイラ・ラングフォード”だわ。
私が前世で何百時間もプレイして、完全攻略を夢見た乙女ゲームのヒロイン……!!!
胸がドキドキして、思わず手で顔を押さえたわ。当たりキャラ、引いちゃったじゃないの!?
ゲームで散々シミュレーションしてきたあの完璧なキャラクターが、まさか本当に自分になるなんて、信じられない!
しかも、もうすぐ学院入学……え? 明日!?
明日ってあの“アレ”よね? ゲーム本編が始まる、あのスタートイベントの日よね!?
準備は!? 制服は!? 寮は!?
時間は足りないけど、こんな幸運、逃す手はないわ。最高のスタートを神様から与えられたってことよね!
さて、どのルートを攻略しようかな。
最近攻略しようとしていたのは、セルジュ・アーガントン。宰相の息子で、クール系のイケメンだけど、時々見せる優しさがズルいのよね。
あのギャップ、心臓に悪すぎるわ……。ゲームで何度も選択肢を迷ったあの瞬間を、現実で体験できるなんて、もう天国じゃない!?
でも、コリン・ライクスバートの騎士ルートも捨てがたい。
お姫様抱っことか、されたいじゃない? いや、もちろん決してやましい意味じゃなく! 腕力自慢の騎士にふわっと抱えられるとか、絵面だけで胸が高鳴るじゃないの。
レオナール・ウェストレイは、簡単に攻略できるんだったっけ。顔は確かにタイプだけど、正直今は後回しでもいいかな。
なんかこう、「とりあえず押さえておく」程度の位置付けで、後でゆっくり攻略すればいいよね。
と、なると、やっぱり、王太子!
王道中の王道。
王子様と恋に落ちて、障害を乗り越えて、きらめくエンディングを迎える……乙女ゲームの黄金コース!
しかも初期イベントの印象で、攻略難度がガラッと変わるあのルート。
これは出遅れるわけにはいかないわ。
私、ここで本気出すわよ!!
絶対に、最高のハッピーエンドを掴んでみせるんだから!
*****
sideアイラ
え? 何これ?
気をしっかり保たなくては、このままじゃ倒れそうだ。情報量が多すぎる。
これが、“ララ”。十年間の、私のスタート。
日記には、この先ひたすら、喜びの声、攻略相手のランク付け、作戦会議のメモがびっしり書かれ、そして一冊ご終わっている。
目覚めたら、自分ではない人間になっているのに、こんなに喜べるものなのかしら。
転生して、元の世界に戻れないララ。
置いてきた人たちに惜別の思いはなかったのかしら。……残念な人ね。
ふふふ、ああ……そうだった。私だった。
それにしても、レオナール様は、ララにとってランクが一番下なのね。なぜ今一緒にいるのかしら。ほかの全員駄目だったってこと?
私はそっと日記を持ち上げ、暖炉の中へ投げ入れた。紙がぱちぱちと音を立てて燃え上がる。
これは、この世に残してはいけないもの。人目に触れさせては絶対にいけない代物。
そう思うと、他の日記も早く確認しなくてはと焦る気持ちが湧いた。おそらく全てこの世から消すことにはなるのだろう。
ただ、今から読むのは私の神経が持たない。
クローゼットにむかい箱の中身を見る。軽く30冊以上はある。
箱の鍵だけでは、心許ないわね。クローゼットにも鍵をつけて、もっと厳重に誰の目にも触れないようにしておくべきかもしれない。
窓の外は、うっすらと明るくなってきた。まだ眠りから覚めきらない世界は静かで、遠くの樹木の輪郭がぼんやりと浮かぶだけ。思わず目を細める。
頭の中の混乱と途方に暮れる感情を静めようとしたが、駄目だった。
「とりあえず、もう一度寝ることにするわ」
眠れるかしら……。ああ、そうだ。明日目覚めたら、覚悟を決めて鏡を見なくてはいけないわ。
十年か……。
955
あなたにおすすめの小説
【完結】記憶喪失の令嬢は無自覚のうちに周囲をタラシ込む。
ゆらゆらぎ
恋愛
王国の筆頭公爵家であるヴェルガム家の長女であるティアルーナは食事に混ぜられていた遅延性の毒に苦しめられ、生死を彷徨い…そして目覚めた時には何もかもをキレイさっぱり忘れていた。
毒によって記憶を失った令嬢が使用人や両親、婚約者や兄を無自覚のうちにタラシ込むお話です。
年増令嬢と記憶喪失
くきの助
恋愛
「お前みたいな年増に迫られても気持ち悪いだけなんだよ!」
そう言って思い切りローズを突き飛ばしてきたのは今日夫となったばかりのエリックである。
ちなみにベッドに座っていただけで迫ってはいない。
「吐き気がする!」と言いながら自室の扉を音を立てて開けて出ていった。
年増か……仕方がない……。
なぜなら彼は5才も年下。加えて付き合いの長い年下の恋人がいるのだから。
次の日事故で頭を強く打ち記憶が混濁したのを記憶喪失と間違われた。
なんとか誤解と言おうとするも、今までとは違う彼の態度になかなか言い出せず……
三年の想いは小瓶の中に
月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。
※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。
「本当に僕の子供なのか検査して調べたい」子供と顔が似てないと責められ離婚と多額の慰謝料を請求された。
佐藤 美奈
恋愛
ソフィア伯爵令嬢は、公爵位を継いだ恋人で幼馴染のジャックと結婚して公爵夫人になった。何一つ不自由のない環境で誰もが羨むような生活をして、二人の子供に恵まれて幸福の絶頂期でもあった。
「長男は僕に似てるけど、次男の顔は全く似てないから病院で検査したい」
ある日、ジャックからそう言われてソフィアは、時間が止まったような気持ちで精神的な打撃を受けた。すぐに返す言葉が出てこなかった。この出来事がきっかけで仲睦まじい夫婦にひびが入り崩れ出していく。
愛されなかった公爵令嬢のやり直し
ましゅぺちーの
恋愛
オルレリアン王国の公爵令嬢セシリアは、誰からも愛されていなかった。
母は幼い頃に亡くなり、父である公爵には無視され、王宮の使用人達には憐れみの眼差しを向けられる。
婚約者であった王太子と結婚するが夫となった王太子には冷遇されていた。
そんなある日、セシリアは王太子が寵愛する愛妾を害したと疑われてしまう。
どうせ処刑されるならと、セシリアは王宮のバルコニーから身を投げる。
死ぬ寸前のセシリアは思う。
「一度でいいから誰かに愛されたかった。」と。
目が覚めた時、セシリアは12歳の頃に時間が巻き戻っていた。
セシリアは決意する。
「自分の幸せは自分でつかみ取る!」
幸せになるために奔走するセシリア。
だがそれと同時に父である公爵の、婚約者である王太子の、王太子の愛妾であった男爵令嬢の、驚くべき真実が次々と明らかになっていく。
小説家になろう様にも投稿しています。
タイトル変更しました!大幅改稿のため、一部非公開にしております。
【完結】転生したら悪役継母でした
入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。
その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。
しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。
絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。
記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。
夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。
◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆
*旧題:転生したら悪妻でした
夫に顧みられない王妃は、人間をやめることにしました~もふもふ自由なセカンドライフを謳歌するつもりだったのに、何故かペットにされています!~
狭山ひびき
恋愛
もう耐えられない!
隣国から嫁いで五年。一度も国王である夫から関心を示されず白い結婚を続けていた王妃フィリエルはついに決断した。
わたし、もう王妃やめる!
政略結婚だから、ある程度の覚悟はしていた。けれども幼い日に淡い恋心を抱いて以来、ずっと片思いをしていた相手から冷たくされる日々に、フィリエルの心はもう限界に達していた。政略結婚である以上、王妃の意思で離婚はできない。しかしもうこれ以上、好きな人に無視される日々は送りたくないのだ。
離婚できないなら人間をやめるわ!
王妃で、そして隣国の王女であるフィリエルは、この先生きていてもきっと幸せにはなれないだろう。生まれた時から政治の駒。それがフィリエルの人生だ。ならばそんな「人生」を捨てて、人間以外として生きたほうがましだと、フィリエルは思った。
これからは自由気ままな「猫生」を送るのよ!
フィリエルは少し前に知り合いになった、「廃墟の塔の魔女」に頼み込み、猫の姿に変えてもらう。
よし!楽しいセカンドラウフのはじまりよ!――のはずが、何故か夫(国王)に拾われ、ペットにされてしまって……。
「ふふ、君はふわふわで可愛いなぁ」
やめてえ!そんなところ撫でないで~!
夫(人間)妻(猫)の奇妙な共同生活がはじまる――
さようなら、わたくしの騎士様
夜桜
恋愛
騎士様からの突然の『さようなら』(婚約破棄)に辺境伯令嬢クリスは微笑んだ。
その時を待っていたのだ。
クリスは知っていた。
騎士ローウェルは裏切ると。
だから逆に『さようなら』を言い渡した。倍返しで。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる