31 / 49
31.盤の上の三ヶ月
しおりを挟む
あっという間の三ヶ月だった。
新しく仕上がったチェス盤を前に、レオナールが目を丸くしている。
その表情を見るだけで、少しくすぐったくなった。この駒たちはどれも全部、わたしが関わって作った、大事な子たちなのだ。
「これ……すごいね。まるで芸術品じゃないか」
レオナールは半ば感心するように言いながら、白い駒を慎重につまみ上げる。陶器同士が触れ合い、こつん、と澄んだ音がした。
「そんな、大げさですわ」
笑いながら言ったけれど、内心ではやっぱり嬉しい。
横ではロバート先生が、なぜか自慢げに腕を組んでいた。
「私は最初から期待していましたよ。『遠回りでも歴史書を読みなさい』と言ったのを覚えていますかな?」
「覚えておりますわ。おかげで夜更かし続きでしたもの」
「ほう、夜更かしとは、それは頑張りましたね」
ロバート先生がそう言い、レオナールがくすっと笑う。
レオナール様に自由に読んでいいと言われていた歴史書、端から端まで読みあさった。
おかげで例の日記には手を伸ばす時間がなかった。いいえ、正しく言うと“伸ばさなかった”だけだけれど。
「商会の方たちと、何度も試作をしたんですの。最初は“宰相の駒”なんてどうかしらと思っていたのですが……」
「宰相?」
レオナールが目を瞬かせる。
「ええ。ですが、どうにも盤の上での役割がしっくりこなくて」
あの頃の悩んでいた自分を思い出しながら続ける。
「最終的に、もっとぴったりの駒を見つけましたの。聖職者ですわ」
ロバート先生がぱっと顔を明るくして、ぐっと身を乗り出す。
「聖職者とは実に面白い選択ですな。確かに、王と王妃のそばにあるというのも自然ですね。この駒でしょうか?」
「そうです。その駒です」
私は嬉しくなって、別の駒も持ち上げる。
「砦と兵士は最初から迷いませんでしたわ。守る砦と、まっすぐ進む兵士。とても分かりやすいですもの」
レオナールが砦の駒を手に取りながら頷く。
「確かに見ただけで役割が分かる」
――ただし。ここからが本当に、大変だった。
「形が決まったあと、陶器の職人さんを探していただいたのですけれど……」
ロバート先生が、すでに苦労を察してくれているようにうなずく。
「焼き直しを何度もお願いして、色も重さも調整して……。ようやく“これだわ”と思えるものができましたの」
「ふむ。実に扱いやすい。手にしっくりとなじむ。よくここまで整えましたね」
ロバート先生は駒を持ち上げながら言った。
褒められて、つい頬が緩んでしまった。
頑張った3ヶ月が、今ようやく報われた。そんな気持ちが、胸の中で広がっていった。
「最後に、ルールを文にまとめましたの」
わたしは薄い冊子を両手で支えて差し出した。新しい紙の匂いがふわっと立ちのぼる。ページの端には小さな挿絵、図解、補足。
「新しい遊戯を作るからには、遊ぶ人たちが困らないようにしたかったのですわ。これで、やっと“ひとつの形”になりましたの」
レオナール様は静かに冊子を受け取り、丁寧にページをめくった。カサ、と紙が鳴るたび、胸がそわそわする。
「すごいね、アイラ。ただ遊びを作ったのではない。君は文化を生んだんだ」
1から作り上げたわけではない。残っていた知識を借りただけ。それでも嬉しい。そんな気持ちが胸の中で混ざる。
「じゃあ、ロバート先生。冊子を見ながらやってみましょうか」
「いいですね。やりましょう」
先生はキングの駒を持ち上げ、光の下にかざして言った。
「目的はただ一つ、相手のキングを“詰める”こと。シンプルなルールほど奥が深いものですね」
陶器の白がきらりと光って、また少し誇らしくなる。
「そうですね。局面ごとに選択肢が無限に広がる。どう相手を出し抜くかを考える瞬間が、癖になりそうですね、ロバート先生」
「ええ、まさしく」
先生はナイトをひょいっと跳ねさせた。駒の影が盤に落ち、ふっと空気が変わる。さっきまで談笑していたのに、二人とも真剣な顔になる。
レオナール様はじっと盤を見つめ、静かに言った。
「相手の最善手を読み続け、限られたもので勝ち筋を作る、ということか」
「そう。まさに思考の勝負ですわ」
ロバート先生は満足げに頷く。
「交渉にも計画にも通じる先読みが身につく。これは実に素晴らしい」
三ヶ月の試行錯誤も、商会との相談も、深夜のスケッチも全部、報われた気がした。
レオナールは盤にそっと手を伸ばし、最後の一手をつまんだ。
「チェックメイト、私の勝ちですね。先生」
「いや、今は油断しただけだ。もう一度やりましょう」
「はは、いいですよ」
二人が楽しそうに駒を並べ直すその横顔を見て、あんしんした。。
「アーガントン侯爵夫人も絶対気に入ってくれるよ、アイラ。……あ、そうだ。招待状を預かっているんだった」
さらりと言って、レオナールは封筒を差し出す。
深紅の封蝋。王家の紋章。王太子妃殿下からの招待状。
……はい。そう来ると思っていました。
完成した、このタイミングで招待状。
やっぱり完全に見透かされていますわね。
レオナールが軽い微笑みを浮かべているのが、なぜだか少し腹立たしい。
不安と期待がごちゃ混ぜになって、ぐるぐる渦を巻く。
――さて、頑張るとしますか。
新しく仕上がったチェス盤を前に、レオナールが目を丸くしている。
その表情を見るだけで、少しくすぐったくなった。この駒たちはどれも全部、わたしが関わって作った、大事な子たちなのだ。
「これ……すごいね。まるで芸術品じゃないか」
レオナールは半ば感心するように言いながら、白い駒を慎重につまみ上げる。陶器同士が触れ合い、こつん、と澄んだ音がした。
「そんな、大げさですわ」
笑いながら言ったけれど、内心ではやっぱり嬉しい。
横ではロバート先生が、なぜか自慢げに腕を組んでいた。
「私は最初から期待していましたよ。『遠回りでも歴史書を読みなさい』と言ったのを覚えていますかな?」
「覚えておりますわ。おかげで夜更かし続きでしたもの」
「ほう、夜更かしとは、それは頑張りましたね」
ロバート先生がそう言い、レオナールがくすっと笑う。
レオナール様に自由に読んでいいと言われていた歴史書、端から端まで読みあさった。
おかげで例の日記には手を伸ばす時間がなかった。いいえ、正しく言うと“伸ばさなかった”だけだけれど。
「商会の方たちと、何度も試作をしたんですの。最初は“宰相の駒”なんてどうかしらと思っていたのですが……」
「宰相?」
レオナールが目を瞬かせる。
「ええ。ですが、どうにも盤の上での役割がしっくりこなくて」
あの頃の悩んでいた自分を思い出しながら続ける。
「最終的に、もっとぴったりの駒を見つけましたの。聖職者ですわ」
ロバート先生がぱっと顔を明るくして、ぐっと身を乗り出す。
「聖職者とは実に面白い選択ですな。確かに、王と王妃のそばにあるというのも自然ですね。この駒でしょうか?」
「そうです。その駒です」
私は嬉しくなって、別の駒も持ち上げる。
「砦と兵士は最初から迷いませんでしたわ。守る砦と、まっすぐ進む兵士。とても分かりやすいですもの」
レオナールが砦の駒を手に取りながら頷く。
「確かに見ただけで役割が分かる」
――ただし。ここからが本当に、大変だった。
「形が決まったあと、陶器の職人さんを探していただいたのですけれど……」
ロバート先生が、すでに苦労を察してくれているようにうなずく。
「焼き直しを何度もお願いして、色も重さも調整して……。ようやく“これだわ”と思えるものができましたの」
「ふむ。実に扱いやすい。手にしっくりとなじむ。よくここまで整えましたね」
ロバート先生は駒を持ち上げながら言った。
褒められて、つい頬が緩んでしまった。
頑張った3ヶ月が、今ようやく報われた。そんな気持ちが、胸の中で広がっていった。
「最後に、ルールを文にまとめましたの」
わたしは薄い冊子を両手で支えて差し出した。新しい紙の匂いがふわっと立ちのぼる。ページの端には小さな挿絵、図解、補足。
「新しい遊戯を作るからには、遊ぶ人たちが困らないようにしたかったのですわ。これで、やっと“ひとつの形”になりましたの」
レオナール様は静かに冊子を受け取り、丁寧にページをめくった。カサ、と紙が鳴るたび、胸がそわそわする。
「すごいね、アイラ。ただ遊びを作ったのではない。君は文化を生んだんだ」
1から作り上げたわけではない。残っていた知識を借りただけ。それでも嬉しい。そんな気持ちが胸の中で混ざる。
「じゃあ、ロバート先生。冊子を見ながらやってみましょうか」
「いいですね。やりましょう」
先生はキングの駒を持ち上げ、光の下にかざして言った。
「目的はただ一つ、相手のキングを“詰める”こと。シンプルなルールほど奥が深いものですね」
陶器の白がきらりと光って、また少し誇らしくなる。
「そうですね。局面ごとに選択肢が無限に広がる。どう相手を出し抜くかを考える瞬間が、癖になりそうですね、ロバート先生」
「ええ、まさしく」
先生はナイトをひょいっと跳ねさせた。駒の影が盤に落ち、ふっと空気が変わる。さっきまで談笑していたのに、二人とも真剣な顔になる。
レオナール様はじっと盤を見つめ、静かに言った。
「相手の最善手を読み続け、限られたもので勝ち筋を作る、ということか」
「そう。まさに思考の勝負ですわ」
ロバート先生は満足げに頷く。
「交渉にも計画にも通じる先読みが身につく。これは実に素晴らしい」
三ヶ月の試行錯誤も、商会との相談も、深夜のスケッチも全部、報われた気がした。
レオナールは盤にそっと手を伸ばし、最後の一手をつまんだ。
「チェックメイト、私の勝ちですね。先生」
「いや、今は油断しただけだ。もう一度やりましょう」
「はは、いいですよ」
二人が楽しそうに駒を並べ直すその横顔を見て、あんしんした。。
「アーガントン侯爵夫人も絶対気に入ってくれるよ、アイラ。……あ、そうだ。招待状を預かっているんだった」
さらりと言って、レオナールは封筒を差し出す。
深紅の封蝋。王家の紋章。王太子妃殿下からの招待状。
……はい。そう来ると思っていました。
完成した、このタイミングで招待状。
やっぱり完全に見透かされていますわね。
レオナールが軽い微笑みを浮かべているのが、なぜだか少し腹立たしい。
不安と期待がごちゃ混ぜになって、ぐるぐる渦を巻く。
――さて、頑張るとしますか。
1,035
あなたにおすすめの小説
【完結】記憶喪失の令嬢は無自覚のうちに周囲をタラシ込む。
ゆらゆらぎ
恋愛
王国の筆頭公爵家であるヴェルガム家の長女であるティアルーナは食事に混ぜられていた遅延性の毒に苦しめられ、生死を彷徨い…そして目覚めた時には何もかもをキレイさっぱり忘れていた。
毒によって記憶を失った令嬢が使用人や両親、婚約者や兄を無自覚のうちにタラシ込むお話です。
年増令嬢と記憶喪失
くきの助
恋愛
「お前みたいな年増に迫られても気持ち悪いだけなんだよ!」
そう言って思い切りローズを突き飛ばしてきたのは今日夫となったばかりのエリックである。
ちなみにベッドに座っていただけで迫ってはいない。
「吐き気がする!」と言いながら自室の扉を音を立てて開けて出ていった。
年増か……仕方がない……。
なぜなら彼は5才も年下。加えて付き合いの長い年下の恋人がいるのだから。
次の日事故で頭を強く打ち記憶が混濁したのを記憶喪失と間違われた。
なんとか誤解と言おうとするも、今までとは違う彼の態度になかなか言い出せず……
三年の想いは小瓶の中に
月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。
※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。
「本当に僕の子供なのか検査して調べたい」子供と顔が似てないと責められ離婚と多額の慰謝料を請求された。
佐藤 美奈
恋愛
ソフィア伯爵令嬢は、公爵位を継いだ恋人で幼馴染のジャックと結婚して公爵夫人になった。何一つ不自由のない環境で誰もが羨むような生活をして、二人の子供に恵まれて幸福の絶頂期でもあった。
「長男は僕に似てるけど、次男の顔は全く似てないから病院で検査したい」
ある日、ジャックからそう言われてソフィアは、時間が止まったような気持ちで精神的な打撃を受けた。すぐに返す言葉が出てこなかった。この出来事がきっかけで仲睦まじい夫婦にひびが入り崩れ出していく。
愛されなかった公爵令嬢のやり直し
ましゅぺちーの
恋愛
オルレリアン王国の公爵令嬢セシリアは、誰からも愛されていなかった。
母は幼い頃に亡くなり、父である公爵には無視され、王宮の使用人達には憐れみの眼差しを向けられる。
婚約者であった王太子と結婚するが夫となった王太子には冷遇されていた。
そんなある日、セシリアは王太子が寵愛する愛妾を害したと疑われてしまう。
どうせ処刑されるならと、セシリアは王宮のバルコニーから身を投げる。
死ぬ寸前のセシリアは思う。
「一度でいいから誰かに愛されたかった。」と。
目が覚めた時、セシリアは12歳の頃に時間が巻き戻っていた。
セシリアは決意する。
「自分の幸せは自分でつかみ取る!」
幸せになるために奔走するセシリア。
だがそれと同時に父である公爵の、婚約者である王太子の、王太子の愛妾であった男爵令嬢の、驚くべき真実が次々と明らかになっていく。
小説家になろう様にも投稿しています。
タイトル変更しました!大幅改稿のため、一部非公開にしております。
【完結】転生したら悪役継母でした
入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。
その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。
しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。
絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。
記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。
夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。
◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆
*旧題:転生したら悪妻でした
夫に顧みられない王妃は、人間をやめることにしました~もふもふ自由なセカンドライフを謳歌するつもりだったのに、何故かペットにされています!~
狭山ひびき
恋愛
もう耐えられない!
隣国から嫁いで五年。一度も国王である夫から関心を示されず白い結婚を続けていた王妃フィリエルはついに決断した。
わたし、もう王妃やめる!
政略結婚だから、ある程度の覚悟はしていた。けれども幼い日に淡い恋心を抱いて以来、ずっと片思いをしていた相手から冷たくされる日々に、フィリエルの心はもう限界に達していた。政略結婚である以上、王妃の意思で離婚はできない。しかしもうこれ以上、好きな人に無視される日々は送りたくないのだ。
離婚できないなら人間をやめるわ!
王妃で、そして隣国の王女であるフィリエルは、この先生きていてもきっと幸せにはなれないだろう。生まれた時から政治の駒。それがフィリエルの人生だ。ならばそんな「人生」を捨てて、人間以外として生きたほうがましだと、フィリエルは思った。
これからは自由気ままな「猫生」を送るのよ!
フィリエルは少し前に知り合いになった、「廃墟の塔の魔女」に頼み込み、猫の姿に変えてもらう。
よし!楽しいセカンドラウフのはじまりよ!――のはずが、何故か夫(国王)に拾われ、ペットにされてしまって……。
「ふふ、君はふわふわで可愛いなぁ」
やめてえ!そんなところ撫でないで~!
夫(人間)妻(猫)の奇妙な共同生活がはじまる――
さようなら、わたくしの騎士様
夜桜
恋愛
騎士様からの突然の『さようなら』(婚約破棄)に辺境伯令嬢クリスは微笑んだ。
その時を待っていたのだ。
クリスは知っていた。
騎士ローウェルは裏切ると。
だから逆に『さようなら』を言い渡した。倍返しで。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる