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43.お留守番のご褒美
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馬車の中は、行きよりもずっと賑やかだった。規則正しく揺れる車内で、ラルはじっとしていられない様子で身を乗り出し、窓の外を指差しては、今日の出来事を次々と思い出したように語り出す。
「ねえねえ、お母様! 友達、二人もできたんだ!」
その声は少し裏返っていて、喜びを抑えきれないのが一目でわかる。膝の上で組んだ指先がそわそわと動き、目はきらきらと輝いていた。
「王子殿下はね、すごく剣が好きなんだって。セリーヌは本をたくさん読んでるんだ」
言葉が止まらない。ラルは友達のことを誇らしげに語る。その様子に、思わず微笑みがこぼれた。
「ふふ、そうなの。お母様も……お友達が、二人できたのよ……」
同じ“友達ができた”という言葉のはずなのに。ラルのように、何の影も曇りもなく、ただ嬉しいと感じられない自分が、少しだけ悲しい。
それでも――。
憂いが、少し減ったのは確かね。よかったわ。
ラルが学院で孤立することはない。初日から、自然に笑い合える相手を見つけられた。その事実だけで、心に溜まっていた不安が、静かにほどけていく。
ただ一つ、気がかりが残るとすれば。……辺境伯夫人のお子様。
脳裏に浮かぶその姿を、そっと押しやる。
「あとでエルも紹介するって、約束したんだ!」
誇らしげな声に、再びラルを見る。
「ええ。入学式、楽しみね」
「はい!」
大きくうなずくラルの声は、期待に満ちていた。
その元気な返事とともに、馬車はゆっくりと屋敷の門をくぐった。
「ああ、おかえり。待っていたよ」
玄関で迎えてくれたのはレオナール様だった。今日はお休みだったらしく、珍しく家にいる。もっとも、落ち着かない様子で外をうろうろしながら待っていた。
私たちの姿を見ると、ほっとしたように表情が緩んだ。
「どうかしました?」
そう尋ねると、レオナール様は小さく息を吐き、少し困ったように眉を下げる。
「いや……リズがね。すねて、ベッドから出てこないんだ」
まあ!
「置いていかれたと思っているのでしょうか?」
「説明して、言い聞かせたんだけど……多分ね」
その声音には、責めるよりも心配の方が滲んでいた。
私はラルと顔を見合わせる。ラルも同じことを思ったのだろう、無言のままこくりとうなずいた。
「行ってみましょう」
そのまま、皆でリズの部屋へ向かった。
「ただいま、リズ」
扉を開けると、部屋はひっそりと静まり返っていた。ベッドの上には小さな膨らみがあり、布団にすっぽりと潜り込んでいる。全く反応はない。
「かわいい顔が見たいわ、リズ。ベッドから出てきて、見せてちょうだい」
できるだけ柔らかく、いつもの調子で声をかける。
――無言。
しばらくして、布団の端がぴくりと動いた。それでも、出てくる気配はない。
そばでは侍女のルーシーとメリッサが、視線を交わしながら控えている。二人でも駄目だったようね。
「どうしましょう、ラル」
小声で尋ねると、ラルは一瞬考え込み、それから、少しだけいたずらっぽく口元を緩めた。
「お母様、せっかくリズの好きなイチゴのケーキを、王宮からもらってきたけど……」
わざと間を置き、
「ぐっすり寝ているようだし、起こすのもかわいそうだよね。お父様と三人で食べましょうか?」
次の瞬間。
ばさっと勢いよく布団がめくれ、リズが飛び起きた。
「起きてる! 私も食べる」
リズの声に、皆が思わず笑いをこらえる。
でも、ベッドから勢いよく飛び出してきたリズは、明らかに泣いた後だった。鼻も目も真っ赤なまま、一直線にこちらへ駆け寄ってくる。
ぎゅっと抱きつかれて、反射的にその小さな体を抱き留めた。
「まあ、起きていたのね。よかったわ」
背中を撫でると、リズの体が少し震える。
「置いていかれたと思って泣いてるんじゃないかって、心配していたのよ」
リズは何も言わず、ただ私の胸元に顔を埋める。
「そうよね。そんなわけないのにね。リズはお利口さんで、ちゃんとお留守番していたんだもの」
くぐもった鼻をすする音が、かすかに聞こえた。
「……ちゃんと待ってた。お利口さんだもの」
小さく、確かめるような声。その言葉に、レオナール様とラルは口元を押さえている。
「じゃあ、ご褒美にケーキを食べましょう。お利口のリズは、抱っこして連れていってあげるわ」
「……はい」
小さな返事。
顔を埋めたままのリズの頭を、横からレオナール様がそっと撫でる。その仕草は、とても優しい。
思わず、小さな笑いがこぼれた。
小さく鼻をすする音は、まだ少し続いている。ふふ、鼻をすする令嬢、なんて――。
王宮に着ていったドレス。少し高いものだけれど……鼻水がついても、まあいいわね。
ふと視線を上げると、ドレスを気にしたのが伝わったのか、ルーシーとメリッサが「大丈夫です」と言わんばかりに、大きくうなずいていた。
よかったわ。任せましょう。
リズを抱き上げながら、甘い匂いの待つホールへと足を向けた。
「ねえねえ、お母様! 友達、二人もできたんだ!」
その声は少し裏返っていて、喜びを抑えきれないのが一目でわかる。膝の上で組んだ指先がそわそわと動き、目はきらきらと輝いていた。
「王子殿下はね、すごく剣が好きなんだって。セリーヌは本をたくさん読んでるんだ」
言葉が止まらない。ラルは友達のことを誇らしげに語る。その様子に、思わず微笑みがこぼれた。
「ふふ、そうなの。お母様も……お友達が、二人できたのよ……」
同じ“友達ができた”という言葉のはずなのに。ラルのように、何の影も曇りもなく、ただ嬉しいと感じられない自分が、少しだけ悲しい。
それでも――。
憂いが、少し減ったのは確かね。よかったわ。
ラルが学院で孤立することはない。初日から、自然に笑い合える相手を見つけられた。その事実だけで、心に溜まっていた不安が、静かにほどけていく。
ただ一つ、気がかりが残るとすれば。……辺境伯夫人のお子様。
脳裏に浮かぶその姿を、そっと押しやる。
「あとでエルも紹介するって、約束したんだ!」
誇らしげな声に、再びラルを見る。
「ええ。入学式、楽しみね」
「はい!」
大きくうなずくラルの声は、期待に満ちていた。
その元気な返事とともに、馬車はゆっくりと屋敷の門をくぐった。
「ああ、おかえり。待っていたよ」
玄関で迎えてくれたのはレオナール様だった。今日はお休みだったらしく、珍しく家にいる。もっとも、落ち着かない様子で外をうろうろしながら待っていた。
私たちの姿を見ると、ほっとしたように表情が緩んだ。
「どうかしました?」
そう尋ねると、レオナール様は小さく息を吐き、少し困ったように眉を下げる。
「いや……リズがね。すねて、ベッドから出てこないんだ」
まあ!
「置いていかれたと思っているのでしょうか?」
「説明して、言い聞かせたんだけど……多分ね」
その声音には、責めるよりも心配の方が滲んでいた。
私はラルと顔を見合わせる。ラルも同じことを思ったのだろう、無言のままこくりとうなずいた。
「行ってみましょう」
そのまま、皆でリズの部屋へ向かった。
「ただいま、リズ」
扉を開けると、部屋はひっそりと静まり返っていた。ベッドの上には小さな膨らみがあり、布団にすっぽりと潜り込んでいる。全く反応はない。
「かわいい顔が見たいわ、リズ。ベッドから出てきて、見せてちょうだい」
できるだけ柔らかく、いつもの調子で声をかける。
――無言。
しばらくして、布団の端がぴくりと動いた。それでも、出てくる気配はない。
そばでは侍女のルーシーとメリッサが、視線を交わしながら控えている。二人でも駄目だったようね。
「どうしましょう、ラル」
小声で尋ねると、ラルは一瞬考え込み、それから、少しだけいたずらっぽく口元を緩めた。
「お母様、せっかくリズの好きなイチゴのケーキを、王宮からもらってきたけど……」
わざと間を置き、
「ぐっすり寝ているようだし、起こすのもかわいそうだよね。お父様と三人で食べましょうか?」
次の瞬間。
ばさっと勢いよく布団がめくれ、リズが飛び起きた。
「起きてる! 私も食べる」
リズの声に、皆が思わず笑いをこらえる。
でも、ベッドから勢いよく飛び出してきたリズは、明らかに泣いた後だった。鼻も目も真っ赤なまま、一直線にこちらへ駆け寄ってくる。
ぎゅっと抱きつかれて、反射的にその小さな体を抱き留めた。
「まあ、起きていたのね。よかったわ」
背中を撫でると、リズの体が少し震える。
「置いていかれたと思って泣いてるんじゃないかって、心配していたのよ」
リズは何も言わず、ただ私の胸元に顔を埋める。
「そうよね。そんなわけないのにね。リズはお利口さんで、ちゃんとお留守番していたんだもの」
くぐもった鼻をすする音が、かすかに聞こえた。
「……ちゃんと待ってた。お利口さんだもの」
小さく、確かめるような声。その言葉に、レオナール様とラルは口元を押さえている。
「じゃあ、ご褒美にケーキを食べましょう。お利口のリズは、抱っこして連れていってあげるわ」
「……はい」
小さな返事。
顔を埋めたままのリズの頭を、横からレオナール様がそっと撫でる。その仕草は、とても優しい。
思わず、小さな笑いがこぼれた。
小さく鼻をすする音は、まだ少し続いている。ふふ、鼻をすする令嬢、なんて――。
王宮に着ていったドレス。少し高いものだけれど……鼻水がついても、まあいいわね。
ふと視線を上げると、ドレスを気にしたのが伝わったのか、ルーシーとメリッサが「大丈夫です」と言わんばかりに、大きくうなずいていた。
よかったわ。任せましょう。
リズを抱き上げながら、甘い匂いの待つホールへと足を向けた。
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