6 / 10
第6話 大事な仕事
しおりを挟む
異常を異常として認識したのは、問題が重なってからだった。
結界の補強に使う魔力量が、明らかに増えている。魔力供給の調整が追いつかず、都市全体で不安定な時間帯が生まれ始めた。個別に見れば小さな問題だが、同時に起きる頻度が増えている。
「……さすがに、おかしい」
管理棟で最も経験の長い魔術師が、そう呟いた。彼は記録棚の前に立ち、過去数年分の数値を机に並べる。結界核の反応、魔力導管の流量、補強魔法の使用履歴。それらを一つずつ照らし合わせ、しばらく黙り込んだ。
「流れが、違う」
結界核は正常で、導管にも破損はない。それでも数値は戻らない。単発の異常ではなく、魔力そのものの巡り方が変質している。
「こんな状態、以前はなかったはずだ」
誰かがそう言い、別の魔術師が恐る恐る口を開く。
「……前の管理担当は、何をしていたんだ?」
その一言をきっかけに、記録は改めて精査された。
魔力循環の調整。結界の負荷分散。事故として表に出る前の、微細な歪みの処理。派手な魔法は一切使われていない。それなのに、“起きなかった問題”の数が異様に多い。
「これ……全部、一人で?」
声が落ちた。
魔法を撃たなかった理由が、ようやく形になる。問題が起きる前に、流れを整えていたのだ。触らず、足さず、逃がす。数値だけでは判断できない微妙な調整を、日常的に行っていた。
「代わりはいない、ということか」
その結論に至った瞬間、室内の空気が重く沈んだ。
「呼び戻すべきだ」
そう言った者はいた。だが、すぐに別の声が重なる。
「追放したのは、こちらだ」
「今さら、何と言う?」
「責任問題になる」
誰も、その言葉を否定しなかった。判断を誤ったことは分かっている。だが、それを公に認めることは、別の問題だった。
結界の歪みは、その間にも広がっていく。補強魔法で抑え込むほど、別の区画に負荷が集中する。魔力は行き場を失い、都市全体が不安定になりつつあった。
「……限界が近い」
そう告げた魔術師の声には、はっきりとした恐怖が混じっていた。
その頃、私はすでに別の国の研究区画にいた。ここでも、魔法は使わない。ただ流れを見て、必要なら整える。それだけで、結界は安定している。
「助かります」
そう言われることはあっても、派手な称賛はない。だが、それでいい。
魔法を使わなかったのではない。使わずに済むようにしていただけだ。その違いを理解する場所に来ただけの話だ。
一方、フローリア王国では、最後の判断が迫っていた。呼び戻すか。それとも、このまま進むか。
国は、もう一度だけ選択を誤る。
結界の補強に使う魔力量が、明らかに増えている。魔力供給の調整が追いつかず、都市全体で不安定な時間帯が生まれ始めた。個別に見れば小さな問題だが、同時に起きる頻度が増えている。
「……さすがに、おかしい」
管理棟で最も経験の長い魔術師が、そう呟いた。彼は記録棚の前に立ち、過去数年分の数値を机に並べる。結界核の反応、魔力導管の流量、補強魔法の使用履歴。それらを一つずつ照らし合わせ、しばらく黙り込んだ。
「流れが、違う」
結界核は正常で、導管にも破損はない。それでも数値は戻らない。単発の異常ではなく、魔力そのものの巡り方が変質している。
「こんな状態、以前はなかったはずだ」
誰かがそう言い、別の魔術師が恐る恐る口を開く。
「……前の管理担当は、何をしていたんだ?」
その一言をきっかけに、記録は改めて精査された。
魔力循環の調整。結界の負荷分散。事故として表に出る前の、微細な歪みの処理。派手な魔法は一切使われていない。それなのに、“起きなかった問題”の数が異様に多い。
「これ……全部、一人で?」
声が落ちた。
魔法を撃たなかった理由が、ようやく形になる。問題が起きる前に、流れを整えていたのだ。触らず、足さず、逃がす。数値だけでは判断できない微妙な調整を、日常的に行っていた。
「代わりはいない、ということか」
その結論に至った瞬間、室内の空気が重く沈んだ。
「呼び戻すべきだ」
そう言った者はいた。だが、すぐに別の声が重なる。
「追放したのは、こちらだ」
「今さら、何と言う?」
「責任問題になる」
誰も、その言葉を否定しなかった。判断を誤ったことは分かっている。だが、それを公に認めることは、別の問題だった。
結界の歪みは、その間にも広がっていく。補強魔法で抑え込むほど、別の区画に負荷が集中する。魔力は行き場を失い、都市全体が不安定になりつつあった。
「……限界が近い」
そう告げた魔術師の声には、はっきりとした恐怖が混じっていた。
その頃、私はすでに別の国の研究区画にいた。ここでも、魔法は使わない。ただ流れを見て、必要なら整える。それだけで、結界は安定している。
「助かります」
そう言われることはあっても、派手な称賛はない。だが、それでいい。
魔法を使わなかったのではない。使わずに済むようにしていただけだ。その違いを理解する場所に来ただけの話だ。
一方、フローリア王国では、最後の判断が迫っていた。呼び戻すか。それとも、このまま進むか。
国は、もう一度だけ選択を誤る。
46
あなたにおすすめの小説
婚約破棄を伝えられて居るのは帝国の皇女様ですが…国は大丈夫でしょうか【完結】
繭
恋愛
卒業式の最中、王子が隣国皇帝陛下の娘で有る皇女に婚約破棄を突き付けると言う、前代未聞の所業が行われ阿鼻叫喚の事態に陥り、卒業式どころでは無くなる事から物語は始まる。
果たして王子の国は無事に国を維持できるのか?
愛に代えて鮮やかな花を
ono
恋愛
公爵令嬢エリシア・グローヴナーは、舞踏会の場で王太子アリステアより婚約破棄を言い渡される。
彼の隣には無垢な平民の娘、エヴァンジェリンがいた。
王太子の真実の愛を前にしてエリシアの苦い復讐が叶うまで。
※ハッピーエンドですが、スカッとはしません。
公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌
招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」
毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。
彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。
そして…。
婚約破棄された聖女は、愛する恋人との思い出を消すことにした。
石河 翠
恋愛
婚約者である王太子に興味がないと評判の聖女ダナは、冷たい女との結婚は無理だと婚約破棄されてしまう。国外追放となった彼女を助けたのは、美貌の魔術師サリバンだった。
やがて恋人同士になった二人。ある夜、改まったサリバンに呼び出され求婚かと期待したが、彼はダナに自分の願いを叶えてほしいと言ってきた。彼は、ダナが大事な思い出と引き換えに願いを叶えることができる聖女だと知っていたのだ。
失望したダナは思い出を捨てるためにサリバンの願いを叶えることにする。ところがサリバンの願いの内容を知った彼女は彼を幸せにするため賭けに出る。
愛するひとの幸せを願ったヒロインと、世界の平和を願ったヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACより、チョコラテさまの作品(写真のID:4463267)をお借りしています。
冤罪で婚約破棄したくせに……今さらもう遅いです。
水垣するめ
恋愛
主人公サラ・ゴーマン公爵令嬢は第一王子のマイケル・フェネルと婚約していた。
しかしある日突然、サラはマイケルから婚約破棄される。
マイケルの隣には男爵家のララがくっついていて、「サラに脅された!」とマイケルに訴えていた。
当然冤罪だった。
以前ララに対して「あまり婚約しているマイケルに近づくのはやめたほうがいい」と忠告したのを、ララは「脅された!」と改変していた。
証拠は無い。
しかしマイケルはララの言葉を信じた。
マイケルは学園でサラを罪人として晒しあげる。
そしてサラの言い分を聞かずに一方的に婚約破棄を宣言した。
もちろん、ララの言い分は全て嘘だったため、後に冤罪が発覚することになりマイケルは周囲から非難される……。
婚約破棄されたので、もう誰の役にも立たないことにしました 〜静かな公爵家で、何もしない私の本当の人生が始まります〜
ふわふわ
恋愛
王太子の婚約者として、
完璧であることを求められ続けてきた令嬢エリシア。
だがある日、彼女は一方的に婚約を破棄される。
理由は簡単だった。
「君は役に立ちすぎた」から。
すべてを失ったはずの彼女が身を寄せたのは、
“静かな公爵”と呼ばれるアルトゥール・クロイツの屋敷。
そこで待っていたのは――
期待も、役割も、努力の強要もない日々だった。
前に出なくていい。
誰かのために壊れなくていい。
何もしなくても、ここにいていい。
「第二の人生……いえ、これからが本当の人生です」
婚約破棄ざまぁのその先で描かれる、
何者にもならなくていいヒロインの再生と、
放っておく優しさに満ちた静かな溺愛。
これは、
“役に立たなくなった”令嬢が、
ようやく自分として生き始める物語。
わたくしを追い出した王太子殿下が、一年後に謝罪に来ました
柚木ゆず
ファンタジー
より優秀な力を持つ聖女が現れたことによってお払い箱と言われ、その結果すべてを失ってしまった元聖女アンブル。そんな彼女は古い友人である男爵令息ドファールに救われ隣国で幸せに暮らしていたのですが、ある日突然祖国の王太子ザルースが――アンブルを邪険にした人間のひとりが、アンブルの目の前に現れたのでした。
「アンブル、あの時は本当にすまなかった。謝罪とお詫びをさせて欲しいんだ」
現在体調の影響でしっかりとしたお礼(お返事)ができないため、最新の投稿作以外の感想欄を一時的に閉じさせていただいております。
真実の愛のおつりたち
毒島醜女
ファンタジー
ある公国。
不幸な身の上の平民女に恋をした公子は彼女を虐げた公爵令嬢を婚約破棄する。
その騒動は大きな波を起こし、大勢の人間を巻き込んでいった。
真実の愛に踊らされるのは当人だけではない。
そんな群像劇。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる