病弱を装う王女ですが、弟の未来のためならどんな手でも使います【完結】

藤原遊

文字の大きさ
5 / 69

4

しおりを挟む
「ずいぶん静かな離れね。病弱姫らしさは満点だけれど」

深紅のドレスをまとった女が、遠慮もなく扉を開けて入ってくる。
宰相家の長女にして、次期当主――カミラ・ローゼンハイト。
彼女は軽やかに室内へと進み、ソファに腰を下ろした。

「一応は歓迎の言葉を待っていたのだけれど?」

リリーナは笑みを浮かべて、向かいの席に座る。
二人きりで会うのは数ヶ月ぶりだ。けれどその間も、書簡のやり取りは続いていた。

「忙しいのに時間を取らせてしまってごめんなさい。……お茶でよければ」

「いいわよ。聖女が淹れた茶なら、毒入りでもありがたくいただくわ」

「それは困るわね。あなたの代わりは、そう簡単には見つからないもの」

毒にも薬にもなるような言葉を交わしながらも、互いの目は笑っていなかった。

「……本題に入るわね」
カミラは湯気の立つカップに目を落とす。
「王宮内部の情勢。上位貴族たちはいまだ様子見の姿勢よ。
誰が次の王になるか、誰に賭けるべきか――判断材料が足りない」

「当然でしょうね。ユリアンはまだ八歳、明確な主張も動きもない。
彼に“可能性”はあっても、“票”はまだ遠い」

「だからこそ、今のうちに手を打つ必要がある。
特に低位貴族と商人。彼らは数で下院の票を持つ。
彼らを味方につけるなら、“聖女の微笑み”が最も効果的よ」

「そのための慈善活動よ。……問題でもある?」

「あるわ」
カミラは明確に眉を寄せた。
「白魔法の過剰行使。あなた、自分が死んでも構わないって顔してるもの」

「……そこまで無茶はしていないつもりだけれど?」

「じゃあ、血を吐くまで魔力を使うのは何?」

鋭い指摘に、リリーナは返す言葉を一瞬失った。
けれど、その目に揺れはない。

「私が死ねば弟は守れないわ。だから死ぬわけにはいかないの。
ただ、生きているだけでは意味がない。彼が生き残る“盤面”を作らなければ」

「相変わらずの愛の重さね。……いいでしょう、付き合ってあげる」

カミラは茶を一口啜り、書簡の束を机に置いた。

「この中に、王宮内の動きと、各貴族家の意向をまとめてあるわ。
あと、低位貴族の有力家系で、経済面に強い家の一覧も」

「さすがカミラ。……助かるわ」

「感謝はいらない。宰相家としても、事前に“地雷”を把握しておきたいだけよ」

リリーナは心の中でその言葉に頷く。
カミラは、元々の物語では「私を遠くへ嫁がせ、弟を戦地へ送る派閥」にいた。
今でこそ“友人”ではあるけれど、完全に信じるわけにはいかない。
彼女は国の論理で動く人間だ。私情では動かない。

「それと――この前提を忘れないで。
あなたの存在は、王家の“象徴”としてあまりに便利。
でも、崩れて壊れてしまったら、計画そのものが潰えるわ。
……死なない程度に頑張りなさいよ、姫様」

リリーナは、やや苦笑気味に頷いた。

「わかってるわ。あなたにも、私にも替えは効かないもの」

「それを忘れなければいいのよ」

そう言い残し、カミラは立ち上がった。
背中は隙のない戦略家そのもの――けれど、ほんの少しだけ、足取りが緩んだ気がした。

扉が閉まり、部屋に静寂が戻る。

リリーナは深く息を吐き、帳面を開く。

(ユリアンの未来を守る。それは、あの物語を知る私だけに許された使命)
(今はまだ、その名が議会にすら届かない少年だけれど――)

「大丈夫。あなたが“王”になるまで、私は何度でも血を流すわ。
あなたの未来を、この手で織り直してあげる」

そっと胸元の魔石の型と似た試作品に触れる。
あの子が生まれて最初に笑いかけてくれた、あの冬の日を思いながら。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

喚ばれてないのに異世界召喚されました~不器用な魔王と身代わり少女~

浅海 景
恋愛
一冊の本をきっかけに異世界へと転移してしまった佑那。本来召喚されて現れるはずの救世主だが、誰からも喚ばれていない佑那は賓客として王宮に留まることになった。異世界に慣れてきたある日、魔王が現れ佑那は攫われてしまう。王女の代わりに攫われたと思い込んだ佑那は恩を返すため、身代わりとして振舞おうとする。不器用な魔王と臆病な少女がすれ違いながらも心を通わせていく物語。

ざまぁに失敗したけど辺境伯に溺愛されています

木漏れ日
恋愛
天才魔術師セディが自分の番である『異界渡りの姫』を召喚したとき、16歳の少女奈緒はそれに巻き込まれて、壁外という身分を持たない人々が住む場所に落ちました。 少女は自分を異世界トリップに巻き込んだ『異界渡り姫』に復讐しようとして失敗。なぜかロビン辺境伯は少女も『異界渡りの姫』だと言って溺愛するのですが…… 陰陽の姫シリーズ『図書館の幽霊って私のことですか?』と連動しています。 どちらからお読み頂いても話は通じます。

呪われ公爵様は偏執的に花嫁を溺愛する

香月文香
恋愛
月の明るすぎる夜、公爵令嬢のイリーシャは、双子の弟が殺される場面に遭遇する。弟を殺めたのは、義理の兄である「呪われた子」のユージンだった。恐怖に震えながら理由を問うイリーシャに、彼は甘く笑いながら告げる。 「きみを愛しているからだよ」 イリーシャは弟の地位を奪い公爵家当主となったユージンと結婚することに。 ユージンは重すぎる愛でもってイリーシャを溺愛するが、彼女は彼を許せなくて——。 ヤンデレに執着された発狂寸前ヒロインによる愛と憎悪の反復横跳び。 ※他サイト(小説家になろう・魔法のiらんど)にも掲載しています

バイトの時間なのでお先に失礼します!~普通科と特進科の相互理解~

スズキアカネ
恋愛
バイト三昧の変わり者な普通科の彼女と、美形・高身長・秀才の三拍子揃った特進科の彼。 何もかもが違う、相容れないはずの彼らの学園生活をハチャメチャに描いた和風青春現代ラブコメ。 ◇◆◇ 作品の転載転用は禁止です。著作権は放棄しておりません。 DO NOT REPOST.

差し出された毒杯

しろねこ。
恋愛
深い森の中。 一人のお姫様が王妃より毒杯を授けられる。 「あなたのその表情が見たかった」 毒を飲んだことにより、少女の顔は苦悶に満ちた表情となる。 王妃は少女の美しさが妬ましかった。 そこで命を落としたとされる少女を助けるは一人の王子。 スラリとした体型の美しい王子、ではなく、体格の良い少し脳筋気味な王子。 お供をするは、吊り目で小柄な見た目も中身も猫のように気まぐれな従者。 か○みよ、○がみ…ではないけれど、毒と美しさに翻弄される女性と立ち向かうお姫様なお話。 ハピエン大好き、自己満、ご都合主義な作者による作品です。 同名キャラで複数の作品を書いています。 立場やシチュエーションがちょっと違ったり、サブキャラがメインとなるストーリーをなどを書いています。 ところどころリンクもしています。 ※小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿しています!

王弟が愛した娘 —音に響く運命—

Aster22
恋愛
弟を探す旅の途中、身分を隠して村で薬師として生きていたセラは、 ハープの音に宿る才を、名も知らぬ貴族の青年――王弟レオに見初められる。 互いの立場を知らぬまま距離を縮めていく二人。 だが、ある事件をきっかけに、セラは彼の屋敷で侍女として働くことになり、 知らず知らずのうちに国を巻き込む陰謀へと引き寄せられていく。 人の生まれは変えられない。 それでも、何を望み、何を選ぶのかは、自分で決められる。 セラが守ろうとするものは、弟か、才か、それとも―― キャラ設定・世界観などはこちら       ↓ https://kakuyomu.jp/my/news/822139840619212578

引きこもり少女、御子になる~お世話係は過保護な王子様~

浅海 景
恋愛
オッドアイで生まれた透花は家族から厄介者扱いをされて引きこもりの生活を送っていた。ある日、双子の姉に突き飛ばされて頭を強打するが、目を覚ましたのは見覚えのない場所だった。ハウゼンヒルト神聖国の王子であるフィルから、世界を救う御子(みこ)だと告げられた透花は自分には無理だと否定するが、御子であるかどうかを判断するために教育を受けることに。 御子至上主義なフィルは透花を大切にしてくれるが、自分が御子だと信じていない透花はフィルの優しさは一時的なものだと自分に言い聞かせる。 「きっといつかはこの人もまた自分に嫌悪し離れていくのだから」 自己肯定感ゼロの少女が過保護な王子や人との関わりによって、徐々に自分を取り戻す物語。

男装獣師と妖獣ノエル 2~このたび第三騎士団の専属獣師になりました~

百門一新
恋愛
男装の獣師ラビィは『黒大狼のノエル』と暮らしている。彼は、普通の人間には見えない『妖獣』というモノだった。動物と話せる能力を持っている彼女は、幼馴染で副隊長セドリックの兄、総隊長のせいで第三騎士団の専属獣師になることに…!? 「ノエルが他の人にも見えるようになる……?」 総隊長の話を聞いて行動を開始したところ、新たな妖獣との出会いも! そろそろ我慢もぷっつんしそうな幼馴染の副隊長と、じゃじゃ馬でやんちゃすぎるチビ獣師のラブ。 ※「小説家になろう」「ベリーズカフェ」「ノベマ」「カクヨム」にも掲載しています。

処理中です...