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春が来た。
雪解け水が石畳を濡らし、庭の木々には新芽が顔を覗かせている。
王都にはようやく穏やかな陽光が差し込み、民の装いにも明るい色が戻りつつあった。
リリーナは冬のあいだに進めていた改革案――
教育支援と庶民層の雇用創出につながる新たな奨学金制度の拡充を、宰相家のカミラと共に進めていた。
「上級貴族は警戒しているわ。あなたが“弱っている姫”を演じながら、実質的に庶民や文官をまとめているのだから」
カミラが肩をすくめながら報告書を机に置いた。
その手にはいつもの通り、流行の茶菓子――今日は蜜柑のジャムを詰めた焼き菓子だ。
「それでいいの。彼らが焦るほど、こちらが主導権を握りやすくなる。反発を煽って、次の駒を引きずり出さないと」
窓の外を見やりながら、リリーナは柔らかく笑う。
その表情は、誰が見ても慈悲深い姫のものでありながら、カミラはわずかに眉を寄せた。
「……ほんと、怖い女ね。たまには本気で心配するわよ」
「その時は、あなたが止めてくれるでしょう?」
「それが怖いのよ」
軽口を交わしながら、二人は政の駒を一つ、また一つと進めていく。
一方、ユリアンは日々の鍛錬と政務見習いの合間を縫って、密かにリリーナの手助けをしていた。
表向きには知られていないが、リリーナの慈善活動には、彼が密かに動かした支援金も多く含まれていた。
けれど最近、彼の視線はどこか揺れていた。
姉を見るその眼差しが、少年から青年へと変化し始めている。
ある日の昼下がり、リリーナは温室で咲き始めた早咲きの薔薇に水をやっていた。
背後から控えめな足音がして、彼女は振り返る。
「ユリアン……お疲れさま。もうすぐ剣の試合があるんでしょう?」
「はい、でも……少しだけ、姉上と話したくて」
その言葉に、リリーナは小さく微笑む。
「何か悩みごと?」
「……いえ、ただ、こうしていると、落ち着くんです。昔と変わらない匂いがする」
ユリアンは、そう言って近くの椅子に腰を下ろす。
どこか落ち着かない様子で、姉の指先――薔薇の棘に触れぬよう慎重に動かす手を見つめていた。
「姉上……僕は、あなたの役に立てていますか?」
その問いに、リリーナは手を止めた。
「もちろん。あなたは私の誇りよ。きっとこの国の未来を支えていくわ」
「……でも、僕が欲しいのは、そういう言葉じゃないのかもしれない」
リリーナが顔を上げた瞬間、ユリアンの視線が交錯する。
その瞳には、もう少年の色はなかった。
「ユリアン……?」
「……ごめんなさい、何でもありません。僕、稽古に戻りますね」
ユリアンは小さく礼をして、背を向けた。
だがその背には、強く、深い影が宿っていた。
リリーナは一人、薔薇を見つめる。
それはまるで、白く咲きながらも棘を隠し持つ花のように、静かに息づいていた。
春風は優しい。けれどその風は、遠からず嵐を呼ぶ。
雪解け水が石畳を濡らし、庭の木々には新芽が顔を覗かせている。
王都にはようやく穏やかな陽光が差し込み、民の装いにも明るい色が戻りつつあった。
リリーナは冬のあいだに進めていた改革案――
教育支援と庶民層の雇用創出につながる新たな奨学金制度の拡充を、宰相家のカミラと共に進めていた。
「上級貴族は警戒しているわ。あなたが“弱っている姫”を演じながら、実質的に庶民や文官をまとめているのだから」
カミラが肩をすくめながら報告書を机に置いた。
その手にはいつもの通り、流行の茶菓子――今日は蜜柑のジャムを詰めた焼き菓子だ。
「それでいいの。彼らが焦るほど、こちらが主導権を握りやすくなる。反発を煽って、次の駒を引きずり出さないと」
窓の外を見やりながら、リリーナは柔らかく笑う。
その表情は、誰が見ても慈悲深い姫のものでありながら、カミラはわずかに眉を寄せた。
「……ほんと、怖い女ね。たまには本気で心配するわよ」
「その時は、あなたが止めてくれるでしょう?」
「それが怖いのよ」
軽口を交わしながら、二人は政の駒を一つ、また一つと進めていく。
一方、ユリアンは日々の鍛錬と政務見習いの合間を縫って、密かにリリーナの手助けをしていた。
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けれど最近、彼の視線はどこか揺れていた。
姉を見るその眼差しが、少年から青年へと変化し始めている。
ある日の昼下がり、リリーナは温室で咲き始めた早咲きの薔薇に水をやっていた。
背後から控えめな足音がして、彼女は振り返る。
「ユリアン……お疲れさま。もうすぐ剣の試合があるんでしょう?」
「はい、でも……少しだけ、姉上と話したくて」
その言葉に、リリーナは小さく微笑む。
「何か悩みごと?」
「……いえ、ただ、こうしていると、落ち着くんです。昔と変わらない匂いがする」
ユリアンは、そう言って近くの椅子に腰を下ろす。
どこか落ち着かない様子で、姉の指先――薔薇の棘に触れぬよう慎重に動かす手を見つめていた。
「姉上……僕は、あなたの役に立てていますか?」
その問いに、リリーナは手を止めた。
「もちろん。あなたは私の誇りよ。きっとこの国の未来を支えていくわ」
「……でも、僕が欲しいのは、そういう言葉じゃないのかもしれない」
リリーナが顔を上げた瞬間、ユリアンの視線が交錯する。
その瞳には、もう少年の色はなかった。
「ユリアン……?」
「……ごめんなさい、何でもありません。僕、稽古に戻りますね」
ユリアンは小さく礼をして、背を向けた。
だがその背には、強く、深い影が宿っていた。
リリーナは一人、薔薇を見つめる。
それはまるで、白く咲きながらも棘を隠し持つ花のように、静かに息づいていた。
春風は優しい。けれどその風は、遠からず嵐を呼ぶ。
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