病弱を装う王女ですが、弟の未来のためならどんな手でも使います【完結】

藤原遊

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氷塵のような雪が高窓を曇らせ、王宮の大舞踏会は青白い光に沈んでいた。
今日はユリアン十八歳の誕生祝い。
秋の喧嘩以来まともに言葉を交わせていなかった姉に、今夜こそ詫びと感謝を伝えよう――
胸の奥で用意した言葉を、ユリアンは何度も繰り返していた。

リリーナは雪よりも白いドレスに身を包み、客人のあいだで静かに微笑んでいた。
胸元で揺れるのは、かつてユリアンが幼い手で作ったアクアマリンの護り石。
長年の白魔法の反動で細かい罅が入り、もはや光を吸うだけの冷たい鉱石に見えるそれでも、彼女は決して外さなかった。

楽団が高らかに音を跳ね上げた瞬間、空気の底がきしんだ。
テラスの暗がりから紛れ込んだ影が、音もなく舞踏の輪に溶け込み、
黒い短剣を絹より速く振り抜いた。

狙いはユリアンの心臓。
ほとんど反射の間合いで、リリーナが弟の前へ滑り込む。
純白のドレスが翻り、刃は彼女の胸郭を深く抉った。

刃が骨に触れた瞬間――
アクアマリンが鈴のような音を立て、蒼い光を散らして割れた。
亀裂は一気に星屑へ砕け、石の欠片が血の雫とともに舞い落ちる。
青い護りは、十数年守り続けた弟を最後に庇い、粉塵に帰した。

「――姉上!?」

ユリアンの叫びが凍る。
リリーナの白い胸布に朱が滲み、花弁がめくれるように広がる。
彼を庇う姿勢のまま彼女の身体は崩れ落ち、
抱き止めた腕に軽すぎる重さと、熱い血潮が一気に溢れた。

「怪我……ない……?」

掠れた囁き。
目を開き続けるだけで精いっぱいの顔が、それでも弟を確かめるように微笑む。
ユリアンは震える指でその頬を支え、目に映る紅だけを否定するように首を振った。

「どうして……どうして迷いもなく……!」

問いは嗚咽に濁る。
返事の代わりに、リリーナの唇がかすかに動く。

愛している――と言うより早く、血が泡になって途切れた。
床に散った砕けたアクアマリンが、ライトに照らされて淡く瞬く。
幼いころから自分を守ってくれた姉の庇護が、音を立てて砕けたようだった。
同時に、ユリアンの中で“可愛い弟”としての理性が、ガラス細工のようにひび割れていく。

騎士たちの怒声と悲鳴、魔法詠唱の響き。
世界は騒然と渦巻くのに、ユリアンの耳には遠雷の残響しか届かなかった。
胸元に散った蒼と朱が指先を冷たく染める。

(僕を――迷わず庇った。リリーナは、僕を――)

震える唇が血を吸い、誓いの形に結ばれる。
抱きとめた白い肩が重さを失うたび、心臓の奥で静かな破裂音が木霊した。

もう二度と、姉を泣かせる者を許さない。
もう誰にも、姉を盾にさせない。
そのためなら、弟という名も、王座という檻も、すべて飲み込んでみせる。

雪が綿毛のように舞い落ち、血を吸って薄桃色に融けた。
砕けた護り石の破片が月灯にきらめき、
青年の瞳に蒼黒い火を宿す。

白いドレスは紅に染まり、舞踏会の光は凍り付く。
音楽は途絶え、冬の王宮に甘い鉄の匂いが広がった。
その夜、守られる少年は死に、
姉を護る、冷たい王の影が生まれ落ちた。
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