病弱を装う王女ですが、弟の未来のためならどんな手でも使います【完結】

藤原遊

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後日談 離宮の主

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 ――夜の余韻は、まだ室内の空気を甘く霞ませていた。
 白いシーツには淡い皺が残り、散った金髪がそこに光を編み込んでいる。
 ユリアンは窓辺に外套を掛け直し、静かに出入口へ向かった。すぐ外で控える護衛に短く指示を伝え、扉が閉まる。

 残されたリリーナは、薄手のローブに袖を通しながら椅子に腰を落とした。
 肌にはまだ彼の指先の熱が宿り、首筋には淡い紅が咲く。
 だが瞳は冴え、琥珀の奥に冷たい光を返している。

 ノックの後、影がひとつ滑り込む。
 エドガー。黒衣の裾を払ってひざまずいた。

「姫様、お呼びにより」

 リリーナは頷き、テーブルに置かれた封蝋付きの小包を示す。

「今夜中に王都へ。――宰相家経由の資金を『学修院基金』へ二割上積み。
 名目は新学期の寮改修。裏帳簿は例の符牒で」

「承知しました」

「それから、白魔法師をもう一人、離宮へ。腕より口の堅さを重視して」

「適任を手配いたします」

 細い声で指示を重ねる間、彼女の指は首元のアクアマリンを弄んでいた。
 砕けた旧石の破片が封じられたそれは、まるで脈を打つように青く瞬く。

「……最後に、噂を抑えて。
 “王太子が姉を独占している”というくだらない憶測が宮廷で芽を出す前に、
 兄上との“公的な病後見舞い”の話を流して火消しを」

 エドガーは目を伏せ、かすかに笑みを漏らした。

「“病後見舞い”というより“病後閉じ込め”かもしれませんが」

「ふふ……表向きは綺麗なほうがいいでしょう?
 ユリアンが王となる未来のために、私たちは綺麗な鏡を用意しなければ」

 立ち上がる。
 ローブの裾が床を滑り、灯火が裏に縫い込まれた傷跡をわずかに照らす。
 だが彼女は気に留める素振りを見せない。――それすら、彼女の“権威”へと昇華し始めている。

「姫様も、お身体を労わりください。……王太子殿下が“無事”を最優先に望んでおられます」

「無事、ね」

 リリーナは微笑んだ。
 窓の外、星が軋む夜。
 彼女の背には甘い檻の影、瞳の奥には冷い刃。

「――愛される限り、私は彼の檻の鳥でいましょう。
 でも、鍵を持つのは常に私。忘れないで、エドガー」

「かしこまりました」

 黒衣は床に消え、扉が音もなく閉じた。

 リリーナは静かに息を吐く。
 風がカーテンを揺らし、淡い月光が床に薔薇の影を落とした。
 胸に宿る青の灯が、夜ごと深く――甘く燃え続けている。
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