婚約破棄された令嬢、気づけば宰相副官の最愛でした

藤原遊

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第一章 婚約破棄と新たな決意

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宮廷の文官を選抜する試験は、一年に一度だけ行われる。
場所は王宮の一角にある古代様式の試験殿。
厚い石壁に囲まれた広間には、重たい静けさが満ちていた。
天井は高く、歴代の宰相の肖像画が並び、学問と政治の権威が否応なく受験者を圧している。

入口に設けられた検問では、身分と名前が記録される。
セラフィーナの名が読み上げられると、監督官の眉がわずかに動いた。
同時に周囲から囁きが漏れる。

「……あれが、あの婚約破棄の令嬢か」
「王子に見捨てられて、まだ宮廷を目指すのか」
「新興の娘は身の程を知らぬ」

冷笑と嘲り。
視線は氷のように冷たく、彼女を突き刺した。

セラフィーナはわずかに息を整え、まっすぐ前を向いた。
背筋を伸ばし、一歩を踏み出す。
胸の奥は強く脈打っていたが、表情に揺らぎは見せなかった。

広間に入ると、長机が整然と並び、受験者が着席していく。
机の上には白紙の羊皮紙と羽根ペン、インク壺。
試験開始を告げる鐘が鳴り、重たい扉が閉ざされた。

課題は厳しかった。
古代語で記された外交条約の翻訳、他国の風習を踏まえた儀礼の解釈、国内法規を題材とした論文。
どれもが高度な知識を要し、並の令息・令嬢では到底解けぬ内容だった。

セラフィーナは深く息を吸い、ペンを取った。
手は冷えていたが、紙に触れると不思議と心は静まった。
これまで積み重ねてきた学びが、確かな支えとなっていた。

羽根ペンが走る。
文字を選び、文を組み立て、慎重に翻訳を紡いでいく。
語彙を探るたびに、幼き日の記憶がよみがえった。
父に連れられ、外国の学者と交わした会話。
母と共に夜遅くまで灯りの下で学んだ古語。
その全てが、今この場で血肉となっている。

周囲からは筆の音が途切れる気配が伝わる。
うめき声、紙を握る音。
多くが課題に立ち尽くし、途方に暮れているのだと分かった。
それでもセラフィーナは迷わなかった。
書くほどに心は澄み、紙の上の文字が未来への道に変わっていくようだった。

試験終了を告げる鐘が鳴る。
答案が回収されると同時に、再び囁き声が広がった。

「結果は見えている」
「王族に見捨てられた女が受かるはずもない」

セラフィーナは一言も発さず、ただ静かに退出した。

数日後、結果が掲示された。
人々の群れの中、彼女は自分の名を探す。
冷たい視線と囁きが背後から押し寄せる。

そして――そこにあった。

「……合格」

声にならぬ言葉が唇から零れた。
視界が揺れ、胸に熱がこみ上げる。
侮蔑も陰口も消えはしない。
だが事実として、彼女は合格を勝ち取った。

セラフィーナはまっすぐ掲示板を見据えた。

「私はここから始める」

小さく、しかし揺るぎない声で言った。
その決意を覆す者は、もはや誰もいなかった。
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