婚約破棄された令嬢、気づけば宰相副官の最愛でした

藤原遊

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第二章 副官の補佐官

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補佐部署の一角、窓から射し込む朝の光が机上の羊皮紙を照らしていた。
文官たちが慌ただしく動き回り、次々と外交の書簡が運び込まれる。
セラフィーナの机にも、一通の依頼が置かれた。

「本日中に返答文を起草してほしい。宰相の印が必要になるが、草稿は君に任せる」

伝えたのはクリストファーだった。
彼はいつも通り穏やかな笑みを浮かべていたが、視線には試すような光が宿っていた。

「……私が、一人で?」

「ええ。できるはずです」

軽やかに告げられた言葉に、セラフィーナの胸は高鳴った。
初めて与えられた独力での任務。
失敗すれば、自分の立場は失われるかもしれない。

深呼吸をして、羽根ペンを取った。

文は、隣国からの通商条件に関する問い合わせへの返答だった。
表向きは協力を求める書き方だが、実際には我が国の譲歩を引き出そうとする意図がある。
その裏を見抜きつつ、波風を立てずに返答する必要があった。

セラフィーナは文面を何度も読み返し、言葉を選んだ。
強すぎれば挑発となり、弱すぎれば国の立場を損なう。
外交の文章は常に綱渡りだ。

「……“我が国は貴国の誠意を重んじ、協力の意を示す”」

声に出しながらペンを走らせる。
その後に続けるのは、相手の要求をやんわりと否定する言葉。
遠回しに、しかし確実に不当な条件を退ける一文を慎重に織り込んでいく。

時間が経つにつれ、緊張は研ぎ澄まされた集中へと変わった。
書き上げた文を読み直し、修正を重ね、最後に深く息を吐いた。

「……できた」

机の上には、初めて自らの力だけで仕上げた外交文書があった。
手は震えていたが、文字は力強く整っていた。

やがてクリストファーが戻ってきて、書面を手に取る。
彼は一読し、わずかに目を細めた。

「よくできています。表現は丁寧で、しかし譲歩は一切していない。
初めてでこれだけ整った返答を書ける者はそう多くはありません」

外交官の仮面のような笑顔。
けれどその奥に、確かな評価の色が滲んでいるのをセラフィーナは見た。

胸の奥に小さな炎が灯る。
婚約破棄の嘲笑に晒されていた自分が、ここで国を支える文を生み出したのだ。

「……ありがとうございます」

深く頭を下げるセラフィーナの耳に、紙を閉じる音が重く響いた。
初めての文書。
それは小さな一歩でありながら、彼女にとって確かな功績となった。
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