婚約破棄された令嬢、気づけば宰相副官の最愛でした

藤原遊

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第二章 副官の補佐官

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執務室にはまだざわめきが残っていた。
セラフィーナが仕上げた返答文が隣国に通じ、我が国の立場を守ったという報せは瞬く間に広がり、同僚の文官たちは驚きと皮肉を交えて囁き合っている。

「まさか新人が」
「初任で結果を残すなんて」
「……とはいえ、新興だからな。たまたま運が良かっただけだろう」

賛辞の裏に必ず揶揄が潜む。
羨望と疑念が入り混じった空気が、部屋全体を重く覆っていた。

机に戻ったセラフィーナは、背に突き刺さる視線を意識しながらも、黙々と羽根ペンを動かしていた。
指先はかすかに震えていたが、その瞳は強い光を宿している。
怯えよりも決意が勝っていた。

クリストファーは斜めの席から、その姿を静かに眺めていた。
口元にはいつもの穏やかな笑みを浮かべている。
周囲から見れば、後輩を優しく見守る副官の顔。
柔らかい光を帯びた表情は、場の空気を和らげさえしていた。

だが、その奥にあるものを知る者は誰もいない。

――危うい。

彼の胸中に冷ややかな思考が広がる。
彼女は功績を挙げた。
それは確かな実力であり、偶然ではなかった。

だが同時に、目立ちすぎた。

宮廷は功績を素直に喜ぶ場ではない。
新興の娘が頭角を現せば、古い家々の矛先は必ずそこに向かう。
王子に見捨てられた令嬢が再び舞台に立つなど、伝統派にとっては許しがたい屈辱だ。

セラフィーナは毅然としていた。
揶揄に晒されても俯かず、羽根ペンを走らせ続ける。
その姿勢は称賛に値する。

だが、それはあまりに無防備でもあった。
宮廷という荒波の中で、正面から立ち向かえば、折れるのは時間の問題。
しなやかに受け流す術を持たぬ者は、標的にされる。

笑みを保ちながら、クリストファーは胸中に言葉を押し込めた。

――よくやった、セラフィーナ。
――だが君は狙われる。
――このままでは、あまりにも危うい。

誰もが彼を穏やかな副官と見ていた。
だが、その表情の裏で冷徹な思考を巡らせていたことを知る者は、誰一人いなかった。
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