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第二章 副官の補佐官
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執務室の空気は張りつめていた。
机の上に広げられた訳文には、原文には存在しない一文が加えられている。
それは「相手国への一方的な譲歩」を意味する危険な条項であり、もしそのまま通れば国益を大きく損なうものだった。
「条約文を改ざんするなど前代未聞だ!」
「これは国家への裏切りに等しい!」
文官たちの声が重苦しい部屋に響く。
視線は一斉にセラフィーナに向けられた。
彼女の手が関わった文書、彼女の筆跡に似せられた文字。
すべてが彼女を犯人に仕立て上げようとしていた。
「ち、違います……私は決して」
声を振り絞るが、空気は冷ややかだった。
彼女が否定すればするほど、誰もが「言い訳だ」と決めつけるように眉をひそめる。
胸が締めつけられ、呼吸が浅くなる。
その時だった。
「失礼ですが」
穏やかな声が空気を切り裂いた。
セラフィーナの隣に立つクリストファーが、一歩前へ出る。
その口元には変わらぬ柔らかな笑みが浮かんでいた。
場の重苦しさを和らげるようでいて、その微笑には一片の動揺もなかった。
「この件について、確認すべきことがございます」
彼は机上の文書を一枚手に取り、視線を走らせた。
そして原文の報告書を傍らに並べ、冷静に指し示す。
「ご覧ください。セラフィーナ嬢は翻訳の際、必ず注釈を記しています。
言い回しの由来や文化的背景を、余白に小さな記号と共に残す――これが彼女の作業の特徴です」
文官たちは顔を寄せて確認する。
確かにすべての段落に細かな注記が書かれている。
原文と訳文を照合し、解釈を補足する彼女の几帳面な癖が見て取れた。
「ですが、この“問題の一文”だけには、その注が存在しない。
彼女自身の筆跡を巧みに模した者が、後から差し込んだのでしょう」
ざわめきが広がる。
彼の言葉は淡々としていた。
非難も怒りもなく、ただ事実を並べているに過ぎない。
さらにクリストファーは紙の端を軽く撫でた。
「加えて、この一枚の羊皮紙は材質が違います。
王宮の標準品よりも粗く、外から持ち込まれたものでしょう。
翻訳作業中の彼女の机に、これだけ異質な紙が混じるはずがありません」
その場の文官たちは息を呑んだ。
一部の者が紙を手に取り、光に透かして見比べる。
たしかに厚みも色合いも違っていた。
「な……! では、本当に仕組まれたものだというのか」
「彼女は潔白……?」
困惑の声が飛び交う中、クリストファーは変わらぬ微笑を浮かべ続けた。
「事実は証拠が示しています。
セラフィーナ嬢が改ざんを行った形跡は一切ありません」
声は穏やかで静かだった。
しかし、その言葉には揺るぎない重みがあった。
疑念に満ちていた空気が、次第に揺らぎ始める。
冷たい非難は収まり、文官たちは互いに視線を交わしながら沈黙していった。
セラフィーナはその場に立ち尽くしていた。
胸の奥が熱くなり、目頭がかすかに震える。
彼の言葉は慰めではなかった。
庇うでも同情するでもなく、ただ証拠を淡々と積み上げただけ。
それでも、その冷静な声が、確かに彼女を救っていた。
クリストファーは最後まで柔らかな笑みを崩さなかった。
その笑みの下で、何を思っているのか――誰にも分からなかった。
机の上に広げられた訳文には、原文には存在しない一文が加えられている。
それは「相手国への一方的な譲歩」を意味する危険な条項であり、もしそのまま通れば国益を大きく損なうものだった。
「条約文を改ざんするなど前代未聞だ!」
「これは国家への裏切りに等しい!」
文官たちの声が重苦しい部屋に響く。
視線は一斉にセラフィーナに向けられた。
彼女の手が関わった文書、彼女の筆跡に似せられた文字。
すべてが彼女を犯人に仕立て上げようとしていた。
「ち、違います……私は決して」
声を振り絞るが、空気は冷ややかだった。
彼女が否定すればするほど、誰もが「言い訳だ」と決めつけるように眉をひそめる。
胸が締めつけられ、呼吸が浅くなる。
その時だった。
「失礼ですが」
穏やかな声が空気を切り裂いた。
セラフィーナの隣に立つクリストファーが、一歩前へ出る。
その口元には変わらぬ柔らかな笑みが浮かんでいた。
場の重苦しさを和らげるようでいて、その微笑には一片の動揺もなかった。
「この件について、確認すべきことがございます」
彼は机上の文書を一枚手に取り、視線を走らせた。
そして原文の報告書を傍らに並べ、冷静に指し示す。
「ご覧ください。セラフィーナ嬢は翻訳の際、必ず注釈を記しています。
言い回しの由来や文化的背景を、余白に小さな記号と共に残す――これが彼女の作業の特徴です」
文官たちは顔を寄せて確認する。
確かにすべての段落に細かな注記が書かれている。
原文と訳文を照合し、解釈を補足する彼女の几帳面な癖が見て取れた。
「ですが、この“問題の一文”だけには、その注が存在しない。
彼女自身の筆跡を巧みに模した者が、後から差し込んだのでしょう」
ざわめきが広がる。
彼の言葉は淡々としていた。
非難も怒りもなく、ただ事実を並べているに過ぎない。
さらにクリストファーは紙の端を軽く撫でた。
「加えて、この一枚の羊皮紙は材質が違います。
王宮の標準品よりも粗く、外から持ち込まれたものでしょう。
翻訳作業中の彼女の机に、これだけ異質な紙が混じるはずがありません」
その場の文官たちは息を呑んだ。
一部の者が紙を手に取り、光に透かして見比べる。
たしかに厚みも色合いも違っていた。
「な……! では、本当に仕組まれたものだというのか」
「彼女は潔白……?」
困惑の声が飛び交う中、クリストファーは変わらぬ微笑を浮かべ続けた。
「事実は証拠が示しています。
セラフィーナ嬢が改ざんを行った形跡は一切ありません」
声は穏やかで静かだった。
しかし、その言葉には揺るぎない重みがあった。
疑念に満ちていた空気が、次第に揺らぎ始める。
冷たい非難は収まり、文官たちは互いに視線を交わしながら沈黙していった。
セラフィーナはその場に立ち尽くしていた。
胸の奥が熱くなり、目頭がかすかに震える。
彼の言葉は慰めではなかった。
庇うでも同情するでもなく、ただ証拠を淡々と積み上げただけ。
それでも、その冷静な声が、確かに彼女を救っていた。
クリストファーは最後まで柔らかな笑みを崩さなかった。
その笑みの下で、何を思っているのか――誰にも分からなかった。
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