婚約破棄された令嬢、気づけば宰相副官の最愛でした

藤原遊

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第三章 陰謀の影と再会

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王宮の政務広間に重苦しい空気が漂っていた。
宰相ヴォルフガングをはじめ重臣や文官が列席する中、一人の伝令官が封蝋を割り、隣国リュクサリアから届いた正式な通達を読み上げていた。

「使節団の団長は……リュクサリア王国第一王子、ラファエル殿下」

その名が響いた瞬間、広間はざわめきに包まれた。
一斉に顔を見合わせる重臣たち。
低く漏れる息。
空気が急速に熱を帯びていくのが分かった。

「王子自らとは……」
「若いとはいえ、彼が表に出るということは……」
「単なる儀礼訪問では済まぬということだ」

ざわめきは次第に膨れ上がり、誰もが言葉の裏にある意図を探ろうとしていた。

セラフィーナの心臓は痛いほど打ちつけていた。
胸の奥で眠っていた記憶が無理やり呼び起こされる。
優しい声を信じて未来を夢見た日々。
そして、冷たく婚約破棄を告げられ、嘲りの視線に晒されたあの日。
あの名を耳にするだけで、血が凍るような痛みが胸を走った。

震える指先を机の下で握りしめ、表情だけは変えまいと必死に堪える。
ここで顔を歪めれば、弱さをさらすことになる。

だが、報告はそれで終わりではなかった。

「さらに……王子は、新たな婚約者を伴うとのこと。ベルナール公爵令嬢リュシアンナ殿」

次の瞬間、広間は爆ぜるようなざわめきに包まれた。

「なんと……!」
「ベルナール家が……リュクサリアと……」
「つまり伝統派は、隣国の王家と婚姻で結びついたということか」

声が飛び交い、政務の場とは思えぬほど空気が荒れた。
伝統派の重臣たちは互いに目配せを交わし、得意げに口元を歪める。
新興派の者たちは青ざめ、沈黙を余儀なくされていた。

セラフィーナの耳に、周囲の囁きが突き刺さる。

「リュシアンナ嬢こそ、王子妃にふさわしいお方だ」
「最初からあの新興の娘など選ぶべきではなかったのだ」

悔しさで唇を噛む。
だが、怒りよりも先に胸を襲ったのは、圧倒的な無力感だった。
かつて未来を誓った王子が、今は自分を貶めた令嬢を隣に伴って現れる。
その現実は、冷酷な運命の嘲笑のように思えた。

――私を切り捨てただけではなかった。
――今度は、最大の敵と結びついたのだ。

拳を握る。爪が掌に食い込み、痛みで意識を繋ぎとめる。
俯けば敗北。
表情を崩せば「未練」と「弱さ」を暴かれる。

必死に呼吸を整えたとき、横に控えるクリストファーの姿が視界に入った。
彼はいつもと変わらぬ穏やかな笑みを浮かべていた。
ざわめく周囲に動じる様子もなく、青い瞳は冷静な光を湛えている。

公平で、有能で、誰に対しても同じ態度を貫く人。
濡れ衣を着せられたときも、感情に流されず事実を突きつけてくれた。
その姿が、今も揺るがずそこにある。

セラフィーナの胸に、わずかな安堵が灯った。
――この人のように揺るがぬ者がいる。
――だから私も、補佐官としてここに立ち続けられる。

恋情ではない。憧れでもない。
ただ、この場で唯一信じられる支柱。
嵐の前で崩れそうになる心を支えるのは、彼の変わらぬ姿勢だった。

広間にまだざわめきは渦巻いていた。
だがセラフィーナは視線を前に据え、深く息を整えた。
使節団の来訪は、過去と現在を衝突させる嵐の幕開け。
それでも、彼女は補佐官として立ち続ける覚悟を固めつつあった。
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