23 / 50
第三章 陰謀の影と再会
23
しおりを挟む
正午の鐘が王都に響き渡った。
王宮の謁見の間は、すでに張り詰めた空気に満ちていた。
天井は高く、幾重ものアーチが織り成す影の中に巨大なシャンデリアが燦然と輝いている。
床に敷かれた赤い絨毯は玉座へとまっすぐ延び、その両脇には重臣や文官が整然と並び立っていた。
息を潜めたその姿は、嵐の前を待つ兵のように硬直している。
やがて、分厚い扉が重々しく開かれた。
荘厳な足音が石床に響き渡る。
入場してきたのはリュクサリアの使節団。
深い色のマントを纏った随員たちの中央に立つ青年の姿に、視線が一斉に吸い寄せられた。
ラファエル・リュクサリア王子。
陽光を閉じ込めたような金髪が肩に流れ、整った横顔は一瞬で場を支配する。
青い瞳は毅然として澄み、歩みは堂々と揺らぎがない。
深紅のマントを翻す姿は、まさに「王族の象徴」と呼ぶにふさわしかった。
その姿に、伝統派の重臣たちは誇らしげに頷き合い、一方で新興派の面々は唇を固く結んだ。
しかし――彼の視線が宰相の列に控える一人の令嬢を捉えた瞬間、その青い瞳に微かな揺らぎが走った。
(……セラフィーナ)
胸の奥で忘れ得ぬ名を呼ぶ。
心臓が強く打ち、足取りが一瞬重くなる。
そこに立っていたのは、かつて自らが未来を誓わせ、一方的に切り捨てた令嬢だった。
以前の彼女は、従順で、ただ寄り添うだけの存在に見えていた。
だが今、彼女の瞳は鋭く澄み、背筋はまっすぐに伸びていた。
書簡を抱き、宰相の傍らで補佐官として控えるその姿は、過去の「婚約者」の面影を覆い隠すほどに凛としていた。
胸に痛みが走る。
――あの日の決断は、果たして正しかったのか。
国と王家の利益のため、政略としては理にかなっていた。
だが、その理屈が今、音を立てて崩れていく。
彼女はもう、自分にすがる弱き令嬢ではない。
一人で立ち、職務を背負う存在へと変わっていた。
「殿下、こちらへ」
従者の声に促され、ラファエルは表情を引き締めた。
隣には、豪奢な衣装を纏ったリュシアンナが寄り添っている。
扇を軽やかに傾け、微笑みを浮かべるその姿は、ベルナール公爵家とリュクサリア王家の結びつきを示す象徴だった。
――ここで感情を揺らがせるわけにはいかない。
自分はリュクサリアの王子であり、彼女の婚約者なのだ。
一瞬の表情の変化が、国の均衡を乱すことすらあり得る。
ラファエルは微笑を整え、堂々と声を張った。
「久方ぶりに、こうして貴国と対話の場を持てることを光栄に思う」
その言葉を、セラフィーナが即座に訳す。
声はよどみなく、抑揚は冷静で、感情を一切挟まない。
その毅然とした声音が広間に響いた瞬間、ラファエルの胸は締めつけられた。
(……なぜ、彼女を手放してしまったのか)
後悔が静かに芽を出す。
一方的に切り捨てたのは自分。
だが、彼女はその屈辱を越えて、今こうして立っている。
それも、王国のために役務を果たす者として。
ラファエルは胸の奥に押し込めていた疑念を抑え込む。
顔に浮かぶのはあくまでも王子としての笑み。
仮面のようなその表情を崩すことはできなかった。
セラフィーナもまた、視線を逸らさず、職務に徹していた。
目の前にいるのがかつての婚約者であろうとも、今の彼女に許されるのはただ一つ。
補佐官としての役割を全うすることだけ。
広間の空気は濃密に張りつめ、誰もが息を潜めて見守っていた。
ラファエルの胸に芽生えた後悔と、セラフィーナの毅然とした姿。
二人の再会は、言葉を超えた衝撃として、その場に刻まれていった。
王宮の謁見の間は、すでに張り詰めた空気に満ちていた。
天井は高く、幾重ものアーチが織り成す影の中に巨大なシャンデリアが燦然と輝いている。
床に敷かれた赤い絨毯は玉座へとまっすぐ延び、その両脇には重臣や文官が整然と並び立っていた。
息を潜めたその姿は、嵐の前を待つ兵のように硬直している。
やがて、分厚い扉が重々しく開かれた。
荘厳な足音が石床に響き渡る。
入場してきたのはリュクサリアの使節団。
深い色のマントを纏った随員たちの中央に立つ青年の姿に、視線が一斉に吸い寄せられた。
ラファエル・リュクサリア王子。
陽光を閉じ込めたような金髪が肩に流れ、整った横顔は一瞬で場を支配する。
青い瞳は毅然として澄み、歩みは堂々と揺らぎがない。
深紅のマントを翻す姿は、まさに「王族の象徴」と呼ぶにふさわしかった。
その姿に、伝統派の重臣たちは誇らしげに頷き合い、一方で新興派の面々は唇を固く結んだ。
しかし――彼の視線が宰相の列に控える一人の令嬢を捉えた瞬間、その青い瞳に微かな揺らぎが走った。
(……セラフィーナ)
胸の奥で忘れ得ぬ名を呼ぶ。
心臓が強く打ち、足取りが一瞬重くなる。
そこに立っていたのは、かつて自らが未来を誓わせ、一方的に切り捨てた令嬢だった。
以前の彼女は、従順で、ただ寄り添うだけの存在に見えていた。
だが今、彼女の瞳は鋭く澄み、背筋はまっすぐに伸びていた。
書簡を抱き、宰相の傍らで補佐官として控えるその姿は、過去の「婚約者」の面影を覆い隠すほどに凛としていた。
胸に痛みが走る。
――あの日の決断は、果たして正しかったのか。
国と王家の利益のため、政略としては理にかなっていた。
だが、その理屈が今、音を立てて崩れていく。
彼女はもう、自分にすがる弱き令嬢ではない。
一人で立ち、職務を背負う存在へと変わっていた。
「殿下、こちらへ」
従者の声に促され、ラファエルは表情を引き締めた。
隣には、豪奢な衣装を纏ったリュシアンナが寄り添っている。
扇を軽やかに傾け、微笑みを浮かべるその姿は、ベルナール公爵家とリュクサリア王家の結びつきを示す象徴だった。
――ここで感情を揺らがせるわけにはいかない。
自分はリュクサリアの王子であり、彼女の婚約者なのだ。
一瞬の表情の変化が、国の均衡を乱すことすらあり得る。
ラファエルは微笑を整え、堂々と声を張った。
「久方ぶりに、こうして貴国と対話の場を持てることを光栄に思う」
その言葉を、セラフィーナが即座に訳す。
声はよどみなく、抑揚は冷静で、感情を一切挟まない。
その毅然とした声音が広間に響いた瞬間、ラファエルの胸は締めつけられた。
(……なぜ、彼女を手放してしまったのか)
後悔が静かに芽を出す。
一方的に切り捨てたのは自分。
だが、彼女はその屈辱を越えて、今こうして立っている。
それも、王国のために役務を果たす者として。
ラファエルは胸の奥に押し込めていた疑念を抑え込む。
顔に浮かぶのはあくまでも王子としての笑み。
仮面のようなその表情を崩すことはできなかった。
セラフィーナもまた、視線を逸らさず、職務に徹していた。
目の前にいるのがかつての婚約者であろうとも、今の彼女に許されるのはただ一つ。
補佐官としての役割を全うすることだけ。
広間の空気は濃密に張りつめ、誰もが息を潜めて見守っていた。
ラファエルの胸に芽生えた後悔と、セラフィーナの毅然とした姿。
二人の再会は、言葉を超えた衝撃として、その場に刻まれていった。
35
あなたにおすすめの小説
イリス、今度はあなたの味方
さくたろう
恋愛
20歳で死んでしまったとある彼女は、前世でどハマりした小説、「ローザリアの聖女」の登場人物に生まれ変わってしまっていた。それもなんと、偽の聖女として処刑される予定の不遇令嬢イリスとして。
今度こそ長生きしたいイリスは、ラスボス予定の血の繋がらない兄ディミトリオスと死ぬ運命の両親を守るため、偽の聖女となって処刑される未来を防ぐべく奮闘する。
※小説家になろう様にも掲載しています。
婚約破棄? 国外追放?…ええ、全部知ってました。地球の記憶で。でも、元婚約者(あなた)との恋の結末だけは、私の知らない物語でした。
aozora
恋愛
クライフォルト公爵家の令嬢エリアーナは、なぜか「地球」と呼ばれる星の記憶を持っていた。そこでは「婚約破棄モノ」の物語が流行しており、自らの婚約者である第一王子アリステアに大勢の前で婚約破棄を告げられた時も、エリアーナは「ああ、これか」と奇妙な冷静さで受け止めていた。しかし、彼女に下された罰は予想を遥かに超え、この世界での記憶、そして心の支えであった「地球」の恋人の思い出までも根こそぎ奪う「忘却の罰」だった……
婚約破棄を突き付けてきた貴方なんか助けたくないのですが
夢呼
恋愛
エリーゼ・ミレー侯爵令嬢はこの国の第三王子レオナルドと婚約関係にあったが、当の二人は犬猿の仲。
ある日、とうとうエリーゼはレオナルドから婚約破棄を突き付けられる。
「婚約破棄上等!」
エリーゼは喜んで受け入れるが、その翌日、レオナルドは行方をくらました!
殿下は一体どこに?!
・・・どういうわけか、レオナルドはエリーゼのもとにいた。なぜか二歳児の姿で。
王宮の権力争いに巻き込まれ、謎の薬を飲まされてしまい、幼児になってしまったレオナルドを、既に他人になったはずのエリーゼが保護する羽目になってしまった。
殿下、どうして私があなたなんか助けなきゃいけないんですか?
本当に迷惑なんですけど。
拗らせ王子と毒舌令嬢のお話です。
※世界観は非常×2にゆるいです。
文字数が多くなりましたので、短編から長編へ変更しました。申し訳ありません。
カクヨム様にも投稿しております。
レオナルド目線の回は*を付けました。
王子の転落 ~僕が婚約破棄した公爵令嬢は優秀で人望もあった~
今川幸乃
恋愛
ベルガルド王国の王子カールにはアシュリーという婚約者がいた。
しかしカールは自分より有能で周囲の評判もよく、常に自分の先回りをして世話をしてくるアシュリーのことを嫉妬していた。
そんな時、カールはカミラという伯爵令嬢と出会う。
彼女と過ごす時間はアシュリーと一緒の時間と違って楽しく、気楽だった。
こんな日々が続けばいいのに、と思ったカールはアシュリーとの婚約破棄を宣言する。
しかしアシュリーはカールが思っていた以上に優秀で、家臣や貴族たちの人望も高かった。
そのため、婚約破棄後にカールは思った以上の非難にさらされることになる。
※王子視点多めの予定
婚約破棄された枯葉令嬢は、車椅子王子に溺愛される
夏生 羽都
恋愛
地味な伯爵令嬢のフィリアには美しい婚約者がいる。
第三王子のランドルフがフィリアの婚約者なのだが、ランドルフは髪と瞳が茶色のフィリアに不満を持っている。
婚約者同士の交流のために設けられたお茶会で、いつもランドルフはフィリアへの不満を罵詈雑言として浴びせている。
伯爵家が裕福だったので、王家から願われた婚約だっだのだが、フィリアの容姿が気に入らないランドルフは、隣に美しい公爵令嬢を侍らせながら言い放つのだった。
「フィリア・ポナー、貴様との汚らわしい婚約は真実の愛に敗れたのだ!今日ここで婚約を破棄する!」
ランドルフとの婚約期間中にすっかり自信を無くしてしまったフィリア。
しかし、すぐにランドルフの異母兄である第二王子と新たな婚約が結ばれる。
初めての顔合せに行くと、彼は車椅子に座っていた。
※完結まで予約投稿済みです
婚約破棄された伯爵令嬢ですが、辺境で有能すぎて若き領主に求婚されました
おりあ
恋愛
アーデルベルト伯爵家の令嬢セリナは、王太子レオニスの婚約者として静かに、慎ましく、その務めを果たそうとしていた。
だが、感情を上手に伝えられない性格は誤解を生み、社交界で人気の令嬢リーナに心を奪われた王太子は、ある日一方的に婚約を破棄する。
失意のなかでも感情をあらわにすることなく、セリナは婚約を受け入れ、王都を離れ故郷へ戻る。そこで彼女は、自身の分析力や実務能力を買われ、辺境の行政視察に加わる機会を得る。
赴任先の北方の地で、若き領主アレイスターと出会ったセリナ。言葉で丁寧に思いを伝え、誠実に接する彼に少しずつ心を開いていく。
そして静かに、しかし確かに才能を発揮するセリナの姿は、やがて辺境を支える柱となっていく。
一方、王太子レオニスとリーナの婚約生活には次第に綻びが生じ、セリナの名は再び王都でも囁かれるようになる。
静かで無表情だと思われた令嬢は、実は誰よりも他者に寄り添う力を持っていた。
これは、「声なき優しさ」が、真に理解され、尊ばれていく物語。
(完結)お荷物聖女と言われ追放されましたが、真のお荷物は追放した王太子達だったようです
しまうま弁当
恋愛
伯爵令嬢のアニア・パルシスは婚約者であるバイル王太子に突然婚約破棄を宣言されてしまうのでした。
さらにはアニアの心の拠り所である、聖女の地位まで奪われてしまうのでした。
訳が分からないアニアはバイルに婚約破棄の理由を尋ねましたが、ひどい言葉を浴びせつけられるのでした。
「アニア!お前が聖女だから仕方なく婚約してただけだ。そうでなけりゃ誰がお前みたいな年増女と婚約なんかするか!!」と。
アニアの弁明を一切聞かずに、バイル王太子はアニアをお荷物聖女と決めつけて婚約破棄と追放をさっさと決めてしまうのでした。
挙句の果てにリゼラとのイチャイチャぶりをアニアに見せつけるのでした。
アニアは妹のリゼラに助けを求めましたが、リゼラからはとんでもない言葉が返ってきたのでした。
リゼラこそがアニアの追放を企てた首謀者だったのでした。
アニアはリゼラの自分への悪意を目の当たりにして愕然しますが、リゼラは大喜びでアニアの追放を見送るのでした。
信じていた人達に裏切られたアニアは、絶望して当てもなく宿屋生活を始めるのでした。
そんな時運命を変える人物に再会するのでした。
それはかつて同じクラスで一緒に学んでいた学友のクライン・ユーゲントでした。
一方のバイル王太子達はアニアの追放を喜んでいましたが、すぐにアニアがどれほどの貢献をしていたかを目の当たりにして自分達こそがお荷物であることを思い知らされるのでした。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
全25話執筆済み 完結しました
実家を追い出され、薬草売りをして糊口をしのいでいた私は、薬草摘みが趣味の公爵様に見初められ、毎日二人でハーブティーを楽しんでいます
さら
恋愛
実家を追い出され、わずかな薬草を売って糊口をしのいでいた私。
生きるだけで精一杯だったはずが――ある日、薬草摘みが趣味という変わり者の公爵様に出会ってしまいました。
「君の草は、人を救う力を持っている」
そう言って見初められた私は、公爵様の屋敷で毎日一緒に薬草を摘み、ハーブティーを淹れる日々を送ることに。
不思議と気持ちが通じ合い、いつしか心も温められていく……。
華やかな社交界も、危険な戦いもないけれど、
薬草の香りに包まれて、ゆるやかに育まれるふたりの時間。
町の人々や子どもたちとの出会いを重ね、気づけば「薬草師リオナ」の名は、遠い土地へと広がっていき――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる