妹を救うためにヒロインを口説いたら、王子に求愛されました。

藤原遊

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第2章 勘違いのはじまり

2-5

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雨が止んだ頃、空は淡い灰色に変わっていた。
濡れた草の匂いが強くて、息を吸うたびに冷たい水の香りがした。

「……行こうか。」

殿下が先に立ち上がる。
外套の裾から滴が落ちる。
あの完璧主義の王太子が、髪を濡らしたままというのが妙に現実的で――
胸の奥がざわついた。

「はい。……その、さっきはありがとうございました。」

「礼は要らない。……雨宿りの相手としては、悪くなかった。」

「い、今のって褒め言葉ですか!?」

「そう受け取って構わない。」

(構わないって、どっちだよ!?)

心の中でツッコミを入れつつ、並んで学園へ戻る。
道のぬかるみを避けながら歩いていると、
時折、彼の金の瞳が横目でこちらを見ている気がした。

――気のせいだよな?
雨の後だから、光が反射してるだけだよな?

やがて、校舎の前に着くと、リリィとフローラが待っていた。
二人とも傘を手にして、完璧な淑女の立ち姿だ。

「お兄様、ご無事で何よりですわ。」
「アラン様……お怪我はありませんか?」

「うん、ちょっと濡れただけだよ。馬屋で殿下と雨宿りして――」

その瞬間。
二人のまつげが、ぴくりと動いた。
同時に、視線が交差。

(え、なんで今、変な間あった?)

リリィはすぐに微笑んだ。
「まあ……殿下と二人きりで雨宿りを? それは、貴重なご体験ですわね。」

「い、いや、あれは偶然で! 本当に! 天気のいたずらで!」

「ふふ。偶然……ですのね。」

(待て、なんで目がキラキラしてる!?)

一方、フローラはほんのり頬を染めていた。
「アラン様……すごく、楽しそうです。」

「え? いや、別に……楽しかったというか、その、普通の雨宿りで――」

「でも、殿下とそんなに自然にお話できるなんて……素敵です。」

(ちがう、それ違う方向に解釈してる!)

近衛たちがちらちらとこちらを見る。
「殿下がリステア様を庇っていたらしい」とか、「雨の中、手が触れた」とか、
根拠ゼロの噂が、もう飛び交い始めている。

(やばい。完全に“新ルート開放”扱いだ。)

「お兄様?」

リリィがそっと紅茶色の瞳を細めた。
その笑顔は完璧、けれどどこか含みがある。

「殿下は……優しいお方ですものね。」

「う、うん……まあ、そう……かな?」

「ええ。とても……お似合いだと思いますわ。」

「ちょっ!? どの文脈で今の発言が出たの!?」

「兄妹として、ですわ。もちろん。」

(いや、絶対“もちろん”の言い方が嘘だった!!)

リリィは微笑みながら、軽やかにスカートを翻した。
その背中から、ふわっと香る薔薇の匂い。
完璧令嬢の仮面の下で、彼女は確実に何かを確信している。

――お兄様と殿下、距離が近い。
――目線の高さが揃っていて、美しい。
――これは……尊い。

(リリィ、心の声が漏れてるぞ!!)

俺は頭を抱えながら、そっとため息をついた。
本気で妹の未来を守ろうとしてるだけなのに、
どうして俺のほうが人生の破滅ルートを突き進んでるんだ。

空はすっかり晴れて、虹がかかっていた。
だが俺には、それが“フラグの虹”にしか見えなかった。
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