妹を救うためにヒロインを口説いたら、王子に求愛されました。

藤原遊

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第5章 王子の観察眼

5-2

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昼下がりの学園図書室は、静寂そのものだった。
木の香りと紙の匂いが混じり合い、時折、窓の外の鳥の声だけが響く。

シリウスは、書架の影からそっと覗いた。
そこには、読みかけの歴史書を前に、真剣な表情でノートを取る男――アラン・リステアの姿があった。

(……また、彼か。)

偶然が多すぎる気もする。
だが、彼のような学生がこの時間に図書室にいるのは自然なことだ。

控えめな光が白金の髪に反射し、淡い青の瞳を照らしていた。
指先は几帳面に本の端を押さえ、筆先は正確に紙を滑る。
すべてが整っていて、それでいて不器用だ。

その姿を見ていると、不思議と時間を忘れる。

やがて、アランが顔を上げた。
「あ、殿下……」
「邪魔だったか?」
「い、いえ! まったく! どうぞ……」

慌てて立ち上がる彼に、思わず口元が緩んだ。
「君はいつも律儀だな。」
「それしか取り柄がありませんので。」

席を譲ろうとしたアランの向かいに、あえて腰を下ろす。
驚いたように瞬きをして、それから落ち着かない手つきで本を閉じた。

「何を読んでいた?」
「王国史です。封建制の成立期を……」
「ふむ。なかなか地味な分野だ。」
「でも、面白いですよ。貴族制度って、案外“人の不安”から作られてるんです。」

「不安、か?」

「ええ。“誰かに守られたい”って気持ちが、身分制度を強くした。
 力のある者が秩序を作ることで、弱い人が安心できるようになったんです。」

淡々と語る声に、妙な説得力があった。
理屈を並べているのに、どこか優しさが滲む。

「……だが、その結果、支配と格差も生まれた。」
「そうですね。でも、それも“守る側の不安”から来ると思います。」
「守る側の、不安?」
「責任を失いたくない。信頼を裏切りたくない。
 そういう恐れが、立場を縛っていくんです。」

一瞬、言葉を失った。

この年でそこまで考えているとは思わなかった。
しかも、それを理屈ではなく“感情として”理解している。

「君は……面白い考え方をするな。」
「は、はい?」
「君ほど真摯に話す者は珍しい。」

アランが目を瞬いた。
そして、照れくさそうに微笑む。

「真摯というか、考えすぎなんです。
 社会人だった頃――いえ、いえ、その、まあ……前世の……」

口を滑らせたことに気づいたのか、慌てて咳払いをする。
その仕草があまりに不器用で、思わず笑いそうになった。

(やはり彼は嘘をつくのが下手だ。)

シリウスは静かにページをめくる。
その音だけが、二人の間を満たす。

外では風が吹き、木漏れ日が窓辺を揺らす。
アランの影が机に落ち、その指先が時折、光に触れる。

そのわずかな動作すら、美しいと思ってしまう自分に気づき――
シリウスは小さく息をついた。

「殿下?」
「……いや。続きを聞かせてくれ。」

「はい。」

再び始まる理屈の応酬。
だが不思議と、退屈ではなかった。

むしろ、心が静かに満たされていく。
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