妹を救うためにヒロインを口説いたら、王子に求愛されました。

藤原遊

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第29章 秘密の回廊

29-1

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夜会が終わった王宮は、昼の喧騒が嘘のように静まり返っていた。

長い石造りの回廊に、
かすかな足音だけが響く。
装飾のランプが等間隔で灯り、
光と影が規則正しく床に並んでいた。

――少し、歩きたい。

アランは護衛を下がらせ、
公爵として許された範囲の回廊をひとりで歩いていた。

夜会の熱気がまだ肌に残っている。
だけど、胸の奥にあるのは熱ではなく、
どうしようもない静けさだった。

「……はあ」

ため息をついたわけではない。
そこにこもるのは疲労でも寂しさでもない。
ただ――何かを確かめたい気持ち。

誰もいない回廊の空気は透明で、
王宮の石壁すら冷たく心地よい。

アランは足を止め、
窓の外、夜の庭を見下ろす。

月が淡く照り返し、
噴水の光が揺れていた。

(……来るわけない、か)

そう思った瞬間だった。

反対側の曲がり角で、
はっきりと足音が鳴った。

護衛のものではない。
もっと軽く、しかし確かな足取り。

アランは振り向いて――
息を飲んだ。

青黒い髪が、月明かりを受けて揺れる。

金の瞳がこちらを捉えた。

王の装束のまま、
だが護衛は一歩も連れていない。

あまりに不自然で、
あまりに自然な姿。

その男はゆっくりと歩み寄り、
距離が十歩ほどになったとき、
静かに口を開いた。

「……やはり、君はここにいたか。」

その声は、王としての威厳を帯びたものではなかった。
かつてアランだけが知っていた、
柔らかく、少しだけ落ち着きなく揺れる声。

公爵として礼を取るべきだと頭では分かっている。
だが、身体が動かない。

アランはただ、
胸の奥で跳ねた心臓の音を
必死に押し殺すことしか出来なかった。

「……陛下」

声が震えた。

王はふっと微笑む。
許された人間にだけ見せる、
あの静かな微笑みだ。

「探した。
 君が……きっとここにいる気がした。」

「どうして……」

問いの続きを言えなかった。

どうして来たのか。
どうして護衛を連れずに。
どうして王であるあなたが、
公爵一人のために足を運ぶのか。

全部聞けたはずなのに、
全部喉でつかえて出てこない。

シリウスは歩み寄って、
アランと同じ窓の前で立ち止まった。

「夜が……静かすぎてね」

その横顔は、
王ではなく――
ただの“シリウス”だった。

アランの胸がまた跳ねる。

(……やめろよ。
 そんな顔で来るな……)

もう二度と、
こんな再会が許されるはずがないのに。

けれど、王は柔らかい声で言った。

「君のいる場所は……やはり落ち着く。」

アランの返事は、
唇の奥で消えた。

その沈黙こそが、
二人の関係の答えだった。
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